法案ができる段階だとすでにアウトか 活字文化
わたしは活字中毒だ。
身体の具合が悪くて、読書を禁止されたときは、
メンソレータムの缶の文字
を何度も読んだ。あとで知ったのだが
戦中、やはり活字中毒の日本兵が戦地で同じことをした
らしい。ことほどさように「活字中毒」は、度し難い病なのだが、最近は
そもそも活版じゃないし、写植だし
で、印刷が平板なものになっている。それでも
活字文化という言葉
は残っている。
で、本が売れない。新聞も部数を減らしている。
さあ!活字文化を守ろう!
と法案が出てきた。この手の
〜を守る法案
というのが出てくると
その事象はすでに終わってる、生き物ならば絶滅の危機にある
というのがわたしの感想だけどなあ。
活字文化振興法案、議連が了承…今国会に提出へ超党派の国会議員でつくる活字文化議員連盟(286人、代表幹事・河村建夫前文部科学相ら)は15日の総会で、活字・出版文化の振興を図る「文字・活字文化振興法案」を了承した。近く、国会に提出する方針だ。
「子供、大人の活字離れに対応する。さらに民主主義の根幹を支えている自由で活発な議論ができる環境づくりも広く含めた法案だ。国民運動にしていかなければならない」
総会で、河村氏は法案の意義をこう強調した。
活字議連は昨年4月に決めた活動計画で、法制定を目指すことを明記。今年3月末に法律の骨子案をまとめ、その後、作業部会で法案を作成した。すでに、自民、民主、公明の各党は法案に賛成することで党内手続きを終えた。共産、社民両党も賛成の方向で、近く党内手続きを終える見通しだ。
法案は12条で構成。文字・活字文化の振興を国や地方自治体の責務と定めたうえで、図書館の充実や学校教育での「言語力」の養成、出版活動への支援などを求めている。国民の関心と理解を深めるため、読書週間初日の10月27日を「文字・活字文化の日」としている。
言語力は、読む力、書く力など言語に関する能力全般を意味する造語で、日本の法律で初めて盛り込まれた。石井郁子衆院議員(共産)は15日の総会で、「新しいキーワードになる」と普及への意欲を示した。
法律が成立した後は、いかに実効性ある施策を展開していくかが課題となる。
総会では、池坊保子衆院議員(公明)が「素晴らしいものにできあがったが、きちんと運用されなければ意味がない」と指摘。議連事務局長の肥田美代子衆院議員(民主)も「これから(具体的な)施策に展開していくことについて、大きな仕事が待っている」と呼びかけた。(2005年6月16日1時33分 読売新聞)
こんな法律一つで、
活字文化の復興
がなされるとは思えない。てか、
すでに活字は神じゃない
ってことに、気がつかないから、国会なのか。
こうやってblogを書いていると
活字/印刷物(紙媒体)は情報伝達ツールの一形態に過ぎない
のは、当然だと思うのだが、世の中には
活字絶対主義
の人たち(主に中高年)がいるからなあ。
活字になる
というのに、もの凄い価値観を持っている人たちだ。もちろん、その
「活字になる」価値観を商売に使う
ヒトもいるわけで、その一つが
blogを印刷して、本にしましょうサービス
だ。そんなことしなくたって自分で出来ちゃう同人誌なヒトもいるし、ただ印刷・製本したいだけなら、いろんなノウハウはネット上に落ちている。
正式な出版社から、原稿料を貰い、印税がつく出版をする
というのなら、話はかなりハードルが高くなるのだけれども。
わたしも原稿料はもらったことはあるが、印税はまだ支払われたことがない。増刷がかからない、売れない専門書しか書かないからだが。
テレビに出てみたい
というのは、中学生の時に実現したし
書いたモノを活字にしたい
ラジオに出たい
というのは小学生の時に実現したし
あとは映画のエンドロールに名前が出る仕事がしたい
と思ってるのだが、家人は、
最初についた仕事がアニメ関係
だったので、25歳より前に
全国封切りされた映画のエンドロールに名前が出た
人間だ。テレビ番組も担当してたから、担当した回のエンドロールには名前が出ているし、その番組はLDにもDVDにもなっていて、今でも再放送されている。家人は、その後出版社に移ったので、書いたモノは所謂「活字」になっていて、
どうして世の中のヒトは、「活字になること」がすごく特権的だと思いこんでるか不思議
と常々言っている。
活字文化
とは、
書き手が特権的である
という出版制度に裏打ちされているだけだから、今のように
誰でも、どこででも、自分の文章を世界に向けてネット上で発信できる時代
においては、すでに、時代遅れになりつつある。
| 固定リンク
この記事へのコメントは終了しました。
コメント