« 在中国の日本人駐在員、HIVに感染して帰国 妊娠中の妻にクラミジアをうつす夫もいる駐在員の風俗遊び | トップページ | 郵政民営化法案参院で否決 賛成108反対125の大差 即日小泉首相は衆院解散 »

2005-08-08

経験と字書 木簡釈読をめぐって

奈文研では
 木簡字典
http://jiten.nabunken.go.jp/
を公開している。これまで出土した木簡から代表的な文字をカラー・白黒・赤外線写真および採字ノートから集字したもので、所謂「現物通し」の字典だ。木簡が読めないときに参照する。
たとえば簡易検索
http://jiten.nabunken.go.jp/easyoutput/index.php

 升
と入れると、47例の「升」字が出てくる。庸米を記した木簡などで、よく出てくる字である「升」にも、字様に豊かなバリエーションがあることが分かる。
木簡字典が有効なのは
 あまり木簡が出ない現場
だ。発掘現場で出てくるものは、発掘担当者が専門とする時代のものとは限らない。なおかつ、古代が専門で木簡の釈読に習熟しているヒトは少ない。これまでは、
 木簡が出る→奈文研か歴博の専門家にお伺いを立てる
という流れが多かったけれども、近年多量に出土文字資料が発見されるようになっている。それだけでは処理しきれない。まずは、
 字典を公開して、現物を実見しなくても、木簡の字様を確認できるようにする
のが、このデータベースの目的だ。
 五体字類で釈読する
というのが、わたしの木簡釈読の最初だったので、画期的な字典だと思う。

もっとも、木簡釈読は、字典があれば解決するわけではない。
木簡に書かれている文字は、一連の意味を持つ文字列なのであり、一字一字を活字で印字しているわけではない。つまり、文字を読むことも大事なのだが、文字列として解釈する場合は、必ずしも
 はっきり文字が見えている
のが要件とはならない。文字の一部が見えているだけでも、前後の文字列との関わりから、それがどんな字か類推できる。釈読で
 □(○カ)
と書かれているのは、そうした文字だ。たとえば
 庸□五升
と読めれば、
 □=米
という風にだ。

もう一つ、
 時代と手
という問題がある。わたしの読んでいた木簡は主に奈良時代のものだ。平城京から出てくる木簡で点数が多いのは
 荷札
である。日本中から税として収められる穀物や食品などに付いていた木簡だ。
荷札は地方によって書体が違うので、読みやすい木簡もあれば、読みにくい木簡もある。この「手」の違いがさらに顕著なのが、最近出土点数が多い
 飛鳥・藤原時代の木簡
だ。奈良時代の木簡とはかなり書体が違い、大変読みにくい。
以前、徳島の観音寺遺跡木簡を読んだことがあるけれども、これも古い時代に属する木簡で、はなはだ読みにくかった。
これは字典では解決しない。

まずは、その時代の木簡を読むことの出来る人間の養成が必要だ。木簡は、そう簡単に読めるようにならない。最低でも三ヶ月以上は訓練が必要だろう。
今は、出土する木簡の数に比して、釈読のできる人材が少なすぎる。そのため、釈読が終わらない木簡がたくさん積み残されてしまっている。

木簡釈読の手順はこんな感じだ。
水につけてある木簡を取りだし、バットの上に置いて全体を眺める。外形の寸法を測り、大体の形を写す。そこから書かれてある文字を一字一字検討する。文字は、そのままで読めるならばかなりラッキーで、水につけたり、斜めにしてみたり、赤外線に当てたりして、墨の消えかかった文字を見極める。一字読むのに一時間も掛からないこともあるけれども、物によっては一週間以上掛かることもある。手に筆を持って、筆の動きを考えながら、墨の付き方をチェックして、文字として正しいかどうかを検証する。文字なのか、汚れなのか、わかりにくい場合もあるが、これは大抵は赤外線で判別できる。

次に問題になるのは
 釈読者の頭の中にある文字
である。釈読者がパターンマッチングするための基本辞書は、本人の頭の中にある。釈読者がどんな勉強をしていたかによって、その基本辞書は違ってくる。

たとえば、中国出典の詩文が書かれていた木簡がある。こうした木簡はたいてい
 習書木簡
に分類されている。何が書いてあるかわからないものを入れるごみ箱分類の一つだ。もちろん、本当に
 大大大大大
などと、お習字している木簡もあるのだが、そうとは限らない。意味のある文字列が記されている場合が往々にしてある。そうなると、今度は中国の文献に対する知識が必要になる。
木簡で難しいのは
 書かれているのは文字であって活字ではない
ことだ。AにもBにもCにも読める文字というのは、実際に存在する。それがただ一つの読み方に決まるのは、文字列の性格を決定できるかどうかに掛かっている。もし、単なる習書木簡として片づけてしまうと、
 釈読者が一番都合のいい文字
で読んでしまう。だが、それに基づく典拠があるなら、少なくとも
 出典に合致した文字
でなくてはいけない。

木簡が漢字で書かれている以上、木簡の釈読担当者には、一人は中国学の専門家を入れておかなくてはならないと思う。荷札に書かれている地名や税・人名は、国史・考古の専門家が読むのがいいだろう。しかし、それ以外、たとえば、薬・植物・呪符・詩文などの分野は、間違いなく中国に典拠がある。数は少ないが、こうした木簡には、古代日本の文化・政治のありさまを映し出すものが含まれている。外交関係を反映するものもある。

出土文物の重要性が高まっている現在、国は、是非とも、出土文字資料の専門官を養成し、整理する必要があるだろう。
土の中で眠っていた文字たちは、当時の実像を静かに語ってくれる生き証人なのだ。

|

« 在中国の日本人駐在員、HIVに感染して帰国 妊娠中の妻にクラミジアをうつす夫もいる駐在員の風俗遊び | トップページ | 郵政民営化法案参院で否決 賛成108反対125の大差 即日小泉首相は衆院解散 »

コメント

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 経験と字書 木簡釈読をめぐって:

« 在中国の日本人駐在員、HIVに感染して帰国 妊娠中の妻にクラミジアをうつす夫もいる駐在員の風俗遊び | トップページ | 郵政民営化法案参院で否決 賛成108反対125の大差 即日小泉首相は衆院解散 »