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2005-09-23

ABUロボコン2005北京大会 9/23 総合10:05-11:25

気がついたら番組が始まっていた秋分の日。


ABUロボコン2005北京大会
 「熱闘!日本 初優勝への道」

後0・15〜1・45
9月23日(金)総合・前10・05〜11・25
(再)10月1日(土)デジタル衛星ハイビジョン・後4・30〜6・00

 アジア・太平洋地域の大学生がロボットづくりのアイデアと技術を競う「ABUロボコン」。1万人以上が参加したこのイベントの王者を決める大会が、8月27日、中国・北京で開催された。各国の将来をになうエンジニアを養成する目的ではじまったABUロボコンの今年の参加校は1,038校。その数は年々増え続けている。北京大会では、19の国と地域から厳しい予選を勝ち抜いた代表20チームが栄冠を目指して激突した。
 今回の競技テーマは「万里の長城を照らせ!」。手動ロボットと自動ロボットの連携でフィールドに作られた「万里の長城」に登り、9つのゴールにボールを入れその数を競う。一発逆転の可能性もあるスリリングな競技だ。
 日本からは国内代表選考会を勝ち抜いた東京大学が2年連続で出場。苦戦しながらも、インドネシア、中国などの強豪国を倒し、見事に悲願の初優勝を果たした。過去3回の大会で日本代表の最高成績はベスト4。今回はアジアのロボコン発祥国の意地をようやく示す大会となった。
 番組では、日本代表の東京大学チームの初優勝への過程を通して、独創的な技術で自分のアイデアを実現しようとする若者たちの情熱を描く。

[語り] 阿部 渉アナウンサー、柴田祐規子アナウンサー
[実況] 高山哲哉アナウンサー


大会結果はこちら。
http://www.official-robocon.com/jp/abu/abu2005/rusult.html
制作はNHKエンタープライズ。
日本はこれまで優勝したことなかったのね。
実況の高山アナは、高専ロボコンもずっと担当しているので、慣れたものだ。もっとも高専ロボコンの時は、邪魔なこともあるけど。

こうした
 学生のロボコン
は、いつも見入ってしまう。常駐しているBBSは高専出身者が多いので、高専ロボコンの時は、地区予選から大騒ぎである。

今回は
 香港を含む中国三チームが、相手のボールを吹き飛ばす扇風機を標準装備
していたので、これはMLででも相談してたのかしら。
北京科技大は、
 地の利を活かし、相手チームに合わせた防御ロボット多数準備
という手に出た。いや、もう、
 禁止されてなければ、できることは何でもやるな、中国人
というわけで、
 北京五輪の来るべき惨状
がうっすらと脳裏に浮かんだ。
泣けるのは
 バングラディシュのバングラデシュ工科大学(MECH. BUET)
で、アジアの世界最貧国10か国の一つからの出場なのだ。
現在の最貧国
当然、他国代表のように、十分な設備もなく、部品もない。たった三人でロボットを組み上げていた。で、今回
 特別賞松下電器産業(株)
を受賞した。もう一つ、アジア最貧国であるネパールからも出場していて、こちらは
 特別賞マブチモーター(株) ネパール トリブバン大学(ARNIKO)
を受賞している。ネパールは「毛派ゲリラ」というややこしい名前のゲリラのせいで、国情不安定だが、若者よ、頑張れ。
 ネパールチームレポート
http://www.official-robocon.com/jp/abu/news/abunews_74.html
バングラディシュチーム参加については、以下にチームからの一言がある。


バングラディシュ ロボコン出場へ
寄稿:ラーマン
バングラデシュ工科大学機械工学科
http://www.official-robocon.com/jp/abu/news/images/67/a_news67_05.jpg

ABUロボコンを知ったのは昨年9月のこと。BTV(バングラデシュ国営テレビ)が放送した海外ドキュメンタリーを見た友人のラシェッドから話を聞いたことがきっかけだ。それは、さまざまな国の学生が手製のロボットを操縦して得点を競い合う国際ロボットコンテスト「ABUロボコンソウル大会」の番組だった。

私たちが在籍しているバングラデシュ工科大学はバングラデシュの技術系大学の名門で私も友人も専攻は機械工学だ。私たちにも出場のチャンスはあるのだろうか。どんなロボットを作ればいいのか。参加条件は?すぐにインターネットで情報収集を始めた。今年出場が叶えば、後輩にも世界大会出場への道が開けるかもしれない。バングラデシュ工科大学の歴史的幕開けだ。

10月初旬、東京のロボコン事務局から大会に関する書類やCDロムが届いた。機械工学科に出場について相談をしたところ、1週間後に許可がおり、教官にはザハラル助教授が任命された。さっそくラシェッドともう一人の友人と私の3人でチームを結成した。しかし、超えなければならない最大の課題が残っていた。ABUロボコンには大学だけでは出場できない。放送局の協力が必要なのだ 。


バングラデシュ工科大学
http://www.official-robocon.com/jp/abu/news/images/67/a_news67_07.jpg

チームメンバー
http://www.official-robocon.com/jp/abu/news/images/67/a_news67_06.jpg

ロボコン事務局から紹介されたバングラデシュ国営放送のABU担当者アラム氏に何度も連絡をとったが、副局長という役職から忙しく、設定したミーティングはキャンセルと延期を繰り返し、なかなか本人と話をすることができなかった。BTVのレセプションで4時間待たされたこともあったが、BTVが参加フォームをABUに送ってくれなければ、 私たちのロボコン出場は実現しない。すでに12月中旬を過ぎ、締切りが迫っていた。でもここで諦めるわけにいかない。

結局12月末の締切りを過ぎてもBTVから連絡はなく、東京のロボコン事務局に掛け合って、締切りを1ヶ月延ばしてもらった。こうなったらBTVの親会社にあたる情報省に話をするしかない。わずかな希望にすがりながら2ヶ月かけてたどりついた情報省の名誉大臣は偶然にもBTVの局長で、事情を話すと私たちのABUロボコン出場を全力でサポートすると言ってくれたのだ。BTVは、これまでバングラデシュの学生たちがロボコンに興味があるとは知らず、参加を見送ってきたのだという。局長は、「昨年はバングラデシュの民放が制作した若者向け番組がエミー賞を受賞した。我々も今年から教育番組に力を入れようと思っている。」と話し、放送でもバングラデシュ工科大学のロボコン出場を盛り上げていくことを約束してくれた。

北京大会に向けて走り出した
http://www.official-robocon.com/jp/abu/news/images/67/a_news67_08.jpg

それからはすべてがうまく進んだ。さっそく翌週、私たちチームメンバーはBTVのスタジオに招かれ、初めての収録が行われた。担当は科学番組プロデューサーのバドルザーマン氏だ。「バングラデシュ工科大学、国際ロボットコンテストに初出場!」のニュースは、BTVチャンネル、衛星チャンネルを通じて2月7,8日にそれぞれ15分ずつ3度も繰り返し放送された。テレビに映る自分の姿を見るのは嬉しくも照れくさい。これから毎月一度、私たちのロボット製作の様子を伝える特別番組が放送される。今、製作している手動マシンは来月の放送に間に合うだろう。
来年にはBTV主導で国内大会を開くことも検討されており、今年の私たちのロボコン出場を通して、近い将来ABUロボコンがバングラデシュで広く知られることになるだろう。8月の大会を心待ちにしている。


出場にエントリーすることすら、なかなかままならなかった様子。
貧しい国のエリートである彼らが、こうした国際競技を通じて、さまざまな知り合いを獲得し、どんどん腕を磨いていって欲しいと思う。教育と技術が、すべての門を開く鍵であることは、今も変わらない。

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