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2006-05-29

盗作疑惑 芸術選奨受賞画家の行方

今朝から大騒ぎになってるのが
 今年度の芸術選奨受賞画家の受賞対象作品に「盗作」が含まれている可能性
というニュースだ。あちこちで、
 洋画家 和田義彦氏とアルベルト・スーギ氏の作品比較
がされてるのだが、どう見ても真っ黒に近い。
サンスポより。


洋画家・和田義彦氏、作品酷似で文化庁に調査うける


スギ氏「ノクターン1」(1998年)(上)と、和田氏「ナイトクラブ」(2000年)=両氏の作品集より
http://www.sanspo.com/shakai/top/sha200605/image/06052905tousakusugiKYD02249G060528T.jpg
http://www.sanspo.com/shakai/top/sha200605/image/06052905tousakuwadaKYD02249G060528T.jpg

今春の芸術選奨で文科大臣賞を受けた洋画家の和田義彦氏(66)が、主な受賞理由だった昨年の展覧会に、知人のイタリア人画家の絵と酷似した作品を多数出展したとして文化庁が調査していることが28日わかった。
「盗作された」とする伊画家に対し、和田氏は「似た作品」と認めながら「同じモチーフで制作したもので、盗作ではない」と主張している。
酷似が指摘される作品は、昨春から三重、東京、茨城を巡回した回顧展の作品のうち少なくとも7点で、昭和56年から平成16年の制作。いずれもローマ在住の画家アルベルト・スギ氏(77)の作品と構図などが酷似しており、回顧展以外にも同様の作品が複数ある。
芸術選奨を主管する文化庁に今月、「和田氏の作品は盗作」という匿名投書があり、同庁が両氏から事情を聴くなどしている。「双方の言い分を検討し、必要なら専門家の判断を求める」(芸術文化課)とし、仮に和田氏の盗作が判明すれば「授賞見直しを検討せざるを得ない」という。
和田氏は「スギ氏とは長年の友人。同じモチーフで制作することは伝えてあった」とし「比べて見れば、違う作品だとわかる」と話している。だがスギ氏は、文化庁の調査で初めて事実を知ったといい「明らかな盗作だ」としている。

昭和56年から平成16年というと、1981〜2004年になる。

ところで、昨年開かれ、今回の芸術選奨受賞理由となった
 和田義彦展
の解説に興味深い記述がある。読売新聞社が主催したこの展覧会
 http://info.yomiuri.co.jp/release/200507298018-1.htm
の図録に、三重県立美術館の毛利伊知郎学芸員が、解説を寄せている。注目箇所を赤で。


2005.4
ドラマとポエジーの世界
(略)

 このような時期の後に訪れるのが、1971年(昭和46)に始まるイタリア留学である。この留学がその後の和田義彦にとって決定的ともいえる大きな意味を持つことになるのはいうまでもない。ローマに着いた和田はローマ美術学校に入学するが、一年ほどで国立中央修復学校に転校、油彩画技法と修復技術を学び始める。和田によれば、小品や素描を除くとイタリア時代に自身の作品を制作することはほとんどなかったという。
 それは長い歴史を持つ油彩画技法によって自身の作品を創造していこうとするとき、その技法を徹底して修得することによって、いわば制作の基礎固めを行おうという画家の姿勢によるものと解してよいだろう。
 いうまでもなく、日本からヨーロッパに留学する画家たちが、油彩画発祥の地でどのような研究を行うかは一様でない。たとえ遠回りになっても、自己が取り上げる技法を自身の血肉とすべく修練を積もうとするその行動は極めて堅実というべきで、いかにも生真面目な画家の性格の現れといえるかもしれない。
 滞欧は5年半ほどに及んだが、その間に和田はローマを基点に古典絵画の研究を重ね、マドリッドにも足を伸ばしてプラド美術館でルーベンスやリベラ作品の模写を行っている。
 こうした技法研究と平行して、和田は多くの素描をローマで行っている。その一部は本展にも出品されているが、例えば《習作(女性像)》(no.2-3)などを見ると、その後の和田作品に登場する人物像の生の姿—骨太な人物像の骨格といったものが現れているように思われる。
 1977年(昭和52)秋に帰国した和田は翌年から国画会に復帰、ヨーロッパでの収穫を自己の作品に具現化することになる。そうした70年代末から80年代前半は、イタリア留学の体験と密接に結びついた作品によって自己のスタイルを確立した第一の高揚期といってよいだろうし、その後1990年代に至る和田作品に登場する各種モチーフをはじめ、和田芸術の基本構造が提示された時期ということもできるだろう。
(略)
 1991年(平成3)、50歳を越えた和田に新たな西洋体験が訪れることになる。この時期、和田は名古屋芸術大学に勤務していたが、その休暇中にパリ国立美術学校のピエール・キャロン教授に招かれて渡仏、画学生にまじってデッサンや制作を行い、以後しばしばパリを訪れるようになったという。また、1996年(平成8)からはベルギー出身でパリを拠点に制作活動をしている画家ジャン・ルスタンから招待されてヴェニスやアントワープ、パリに滞在するようになったという。
 パリを訪れるようになった1990年代以降、和田作品に変化が現れる。それは、ルネサンスやマニエリスム、バロック美術との関連を窺わせる舞台仕立てが影を潜め、カフェやクラブなどが場面設定として頻繁に登場するようになったこと、中間調の色彩でまとめられた作品、あるいは明度の高い色彩による作品が見られるようになったことなどである。
 この時期の作品にも複雑な感情を示し、他者と微妙な関係を結ぶ多くの人間が登場する。彼らは、作品の中で様々な人間ドラマを演じているのである。同時に、風景と単独の人物とを組み合わせた1990年代以降の作品は、美しい色彩効果とあいまって、独特の詩情を強く漂わせている。この展覧会の副題を「ドラマとポエジーの画家」と命名した所以である。
 そうした意味で、1990年代から2000年代初期を和田の第二期ととらえることができるだろう。そして、この時期の作品によって画家和田義彦のイメージは広く知られるようになったのである。では、パリを訪れるようになって、和田は西洋絵画や自らの制作についてどのような考えを抱くようになったのだろうか。
 フランス近代絵画に接することによって、イタリアルネサンス以降、近代に至る西洋絵画の展開を実感したことも大きな成果であったというが、一つのスタイルに固定することなく、常に変化し続けることの重要性をルスタンらから教えられ、常に新しい表現を求め続けることを和田は非常に重要なことと考えるようになったと画家自らしばしば語っている。
 また、色調の変化と関連づけて、イタリアやスペインの絵画は強い明暗法が大きな特徴であるが、フランス絵画の特質はむしろ強いコントラストを抑制して、中間色で作品をまとめることにあると認識するようになったという。
 パリ滞在にはイタリア留学時代に研究したことを再確認するという意義もあった。たとえば、古典絵画の模写や修復を通じて学んだ絵画技術の「技術」という言葉に含まれる精神性をも含んだ意味の深さと重要性を、和田はジャン・ルスタンらとの交流を通じて再認識したという。


サンスポの記事だと
 1986年あたりから、スーギ氏の作品の「模写」に近い「盗作」
を始めたようだが、それが顕著になるのは、1991年の渡仏以降であり、皮肉なことに

パリ滞在にはイタリア留学時代に研究したことを再確認するという意義

があったと和田氏自身認めている。これが
 スーギ氏の作品を写真に撮り、自分の作品に「投影」する
作業だったとしたら、そして、この「盗作」によって
 画家としての声価を高めた
のだとしたら、あまりにも罪深い話だと思う。
更に和田氏の経歴によれば、

和田義彦 非常勤講師

1987 イタリア作家スカルコ、ポントルモ、ファラーニと四人展(ホルニ画廊、ボローニャ


とあり、サンスポの記事が指摘する1986年の「盗作」は、この1987年のボローニャの四人展の準備期間に描かれたものという可能性がある。
「盗作」はインスピレーションを失った芸術家の常套手段だ。誰しも、いつまでも、同じように創作活動を続けられるわけではない。書けなくなった作家はいつの間にか消えていくが、描けなくなった大学の油絵の先生が、描けないまま許されるほど、絵の世界は甘くはない。恐らく、和田氏の芸術家としての転機は46歳頃に訪れたのだろう。日本人は
 年を取れば取るほど、ありがたい巨匠
だと思ってる節があるが、芸術家は死ぬまで成長し続けるワケではない。それが可能なのは、世界でもごく一握りの天才だけである。日本の洋画壇に現在そんな天才画家がいるのかどうか、寡聞にして知らない。

しかし、文化庁の芸術選奨選定って、誰が決めてるの? こんなタレコミがあるまで、盗作に気がつかなかったということは、
 これまでにも同様の例はあったかも知れないが、判明してない疑惑の受賞
が他にもあるかも知れない、ってことじゃん。日本のキュレーターの目は節穴ですか。
 

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コメント

初めまして。
こちらからリンク貼らせていただきましたが、TBがうまくできないのでこちらでお知らせさせていただきます。
よろしくお願いします。

投稿: ぐり | 2006-06-02 18:02

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耳の穴が猛烈にかゆい。 一昨年ぐりのうちの隣室に越してきた母子家庭、どーも最近息子(高2)の姿が見えない。 玄関先に出されてたサッカーボールやシューズや剣道具もない。歌も聞こえないし親子喧嘩の声もない。てゆーか会話がない。 どっかいったのかな?どこ行こーがどーでもいいですが、できればもう戻ってこないでほしい。うるさいから。ハンパなく。 24時間正時ごとに大音量でオルゴールが鳴っていた時計もなぜかここんとこ使ってないっぽい。 静かってすばらしーわー。 棕櫚の木?の花。 『Dark Matter... [続きを読む]

受信: 2006-06-02 17:55

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