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2006-07-14

和同開珎と「省文」

昨夜、大阪府立大の大形徹さんから電話を頂いた。その中で
 奈文研の松村恵司さんが「和同開珎」は「わどうかいちん」でいい、と発表したみたいだけど、中国学の立場から見ると、あの説は承伏しがたい
というお話をされていた。是非、公式な反論を、と促しておいた。大形さんは、ご専門の道教や身体論などの論文依頼が大量にあるので、日本古代史に関する論文をお書きになる時間があるかどうかが問題だけれども、口頭発表でいいから、一度、お伺いしたいものだ。

和同開珎の問題の一つは
 珎の文字が正文か省文か
というところにある。大形さんは
 寶の省文
と見ておられるし、わたしもそれでいいと思う。大形さんは、書についても造詣が深く、和同開珎の字体を、先行する中国の銭貨の字体や字配りと比較した上で、立論されている。

「省文」というのは、
 文字の一部を省略して、正しい文字に代える
ことを指す。銅鏡の銘文や、銭貨の文字などは
 鋳造する場合、複雑な文字はうまく鋳出すことができない
ので、
 略字を使う
ことがよくある。これはほぼ常識だ。

ところが、松村さんの説には
 省文という概念
そのものがない。出典とされるものも、以前「富本銭」の出典とされた『芸文類聚』もおかしかったし、今回は
 文字が一致しない出典

 和訓をもとに出典と見なしている
点で、中国学からみると危ない。意味を考えても、出典になるわけがないので、強弁に近いのだが、なぜか読売新聞がそれに乗っかってしまっている。
まあ、マスコミ考古学と言ってしまえば簡単なのだろうけれどもね。

最近、日本史や考古学で、中国文献を扱うことが容易になったせいか
 並行句(文字配りが一致するとおもわれる句)の安易な抽出
が行われることがあるのだが、
 並行句になるかどうかは、その句の正しい意味が読解できないとダメ
なのだ。当たり前だけど
 元の文章の意味が理解できてないのに、形が似ていれば「並行句」だと思うのはアウト
だ。中国語は一文字違えば大違いの言語なのだが、中国語に習熟してない場合
 字が似てれば、和訓が似てれば、並行句
だと思いこんでいる節がある。以前、国文学でこの手の
 比較文学
が流行してたけど、それが今度は国史・考古学に波及したようで、頭の痛い論文を散見する。
十年くらい前に、中国人留学生が日本で万葉集を研究するのが流行ったけど、「頭の痛い論文」のテイストはそれに近い。
はっきり言うけれども
 漢文は元は中国語
である。中国語のセンスなくして、
 訓読でなんでもOK
だと思ってるのならば、国文学者が嘲笑している、一部中国人の万葉集・日本書紀・古事記研究と変わらない。もうすこし、古代の「漢文」文献を読むときは
 「漢文」が外国語であることに留意
して読んでいただきたい。古代人は
 少なくとも、われわれよりは中国語に堪能だった
のである。だいたい、唐に留学したりしてるわけで、
 中国に留学した国史・日本考古学者の数
を考えただけでも、彼我の差は明らかだ。

続き。6/10付け読売の
和同開珎は「わどうかいちん」…奈文研室長が論文
という記事。現在は直接リンク切れなので、原文のみ引用。

和同開珎は「わどうかいちん」…奈文研室長が論文

 ◆200年続く「珍宝論争」決着?

 708年(和銅元年)に鋳造された銅銭「和同開珎」=写真=の読み方は「わどうかいちん」か、「わどうかいほう」か。江戸時代後半(19世紀前半)から二つの説が対立し、現在の高校の日本史教科書も両説を併記しているが、奈良文化財研究所の松村恵司室長が、「開珎」は中国の古典にある「闡坤珍(こんちん)(土中から珍しい宝物が現れた)」に由来する言葉で「かいちん」と読むとする見方を論文に発表した。「珍宝論争」と呼ばれて200年近く続く論争に決着をつける研究として注目されている。

 和同開珎は、1999年に奈良県明日香村の飛鳥池遺跡から「富本銭」が出土するまで、わが国最古の貨幣とされ、二つの読みは「珎」の字を「珍」の俗字とみるか、「寳(宝)」の画数を省略した字とみるかで論争が交わされ、手本となった中国・唐の「開元通宝」の銭文(文字)から「かいほう」の読み方が広く受け入れられた時期もある。

 富本銭の調査を担当した松村室長は「富本」の銭文が「富民の本、食貨に在り」という『芸文類聚』などの中国の古典に典拠していることを突きとめ、その後、和同開珎についても漢籍や研究を調べてきた。

 和同開珎と同時代の史料には「寳」を「珎」と略したり、「珎」を「ほう」と読んだりした例はなく、8世紀半ばの『東大寺献物帳』などでも珎と寳は明確に区別して使われており、省画説を否定した。

 続いて字句の意味や出典を検討。『詩緯』に万物の調和がとれた状態を指す字句として「和同」があり、開珎については、和銅への改元と和同開珎発行のきっかけとなった武蔵国秩父郡での「和銅(天然の銅)」産出が天子の徳の高さを示した瑞兆(ずいちょう)と受け止められていたことを挙げ、「坤珍を闡(ひら)く(地が祥瑞をもたらす)」という表現が『文選』にあると指摘した。

 これらのことから、開珎は、開元通宝と同じ『文選』などに出典を求めた可能性が高く、珎は珍の俗字で、「天皇の仁徳で万物の調和がとれ、それによって和銅という瑞宝が現れた」という意味をもつと結論づけた。

 松村室長は「年号と貨幣は国家を象徴する役目を担っていた。このため、改元と銭文の選定は密接な関係があり、当時の知識層に知られていた中国の古典に典拠し、一体的に行われていた」とみている。

 一方、「かいほう」説をとる研究者らは「発行の背景となる歴史の解釈が異なる。決定的な証拠が見つかったとは言えないのではないか」としている。

 貨幣史にくわしい栄原永遠男・大阪市立大教授の話「和同開珎の意味や出典が合理的に理解できるようになった。読み方の問題はこれで決着し、『かいほう』と読む人はいなくなっていくのではないか」

(2006年06月10日 読売新聞)

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