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2006-08-28

八世紀の日本人が見た中国典籍はなんだったのか

『日本書紀』には、中国の典籍から表現を借りている部分が幾つもある。一々、何を参考にしたとは書いてないから、その部分を探すのも、国文や国史の研究テーマの一つになっている。
現代なら
 盗作だの剽窃だの
と問題になるけれども、基本的に
 お手本に沿って作文
してるわけだから、オリジナリティは問題にならない。それよりも
 できるだけ典故を用いて文章を綴ることが名文の条件の一つ
だから、現代の文章観とは大いに異なる。

ところで、『日本書紀』で援用されている中国典籍は一体どういう性質で、どういうテクストなのか。そのことについては
 わからない
のが現状だ。現代は
 インターネットなどを利用して、電子化されたテクストの「同じ文字列探し」
が簡単にできてしまうから、
 『日本書紀』のこの部分は中国の史書のなになにと同じ
というのは、すぐに見つけられる。でも、
 『日本書紀』を書いた人間が見た本は何だったか
というと、これは分かってない。
 本当に膨大な史書から表現を見つけ出したのか
というと、そんなことは恐らくなくて
 文章を書く参考書(類書)を使って、表現を借りた
のだろう。そうすると
 現行テクストと合致する
 現行テクストは違う文字列が間に挟まっている
というのは、どういうことなのかを改めて考えなくてはいけない。出典探しで
 原典
にあたるのは鉄則ではあるが、『日本書紀』撰述の際、撰述した人物が見た書物が原典でないかもしれず、またいま
 原典
として流通している書物と、
 八世紀当時の写本の状態で流通している書物
には、文字の異同もあれば、テクストの中味も違うだろう。その当たりを発展させていくのが
 今後の「中国出典」探しの課題
だ。

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