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2006-09-22

教科書を作る

前期の授業もそうだったんだけれども、後期の授業も適当な教科書がないので、自分で作ることにした。
一応、シラバスを書いて、この線で行けるかなと準備していたのだが、ちょっと気になって、他大学の類似授業のシラバスを覗いてみた。
 う、わたしの教科書だと難しすぎるかも
と、開講二週間前になって、ちょっと頭を抱えている。

前期は「陰陽五行思想入門」だったのだが、後期は
 インド思想史概説(大乗仏教まで)
なので、まったく違う。ちなみに、対象となる学生は
 仏教系大学の専門課程でも、印度学・仏教学専攻でもない、印度学・仏教学的バックグラウンドのまったくない三回生
だ。できれば彼らに
 あ、仏教って面白いんだ
と思って欲しいのである。

前期は、プリントでしのいだのだが、後期は
 たぶん、初めてインド仏教やサンスクリットに触れる
学生ばかりだろうから、少しは教科書っぽくしないとダメかな、と思ってるのだが、どうだろうなあ? ゲームなどで
 梵字
は見てるはずなので、ビジュアルに攻めるには、サンスクリットを入れておいた方がいいかな、と思ってるんだけど。あとは旅行情報としても、仏蹟は紹介したい。

哲学科のない大学なので、なるべく平易な言葉遣いを心がけてるのだが、インド思想って、仏教も含めて、バリバリの屁理屈の集大成だからな〜。
ま、
 般若心経ってこんな感じなのか
くらいまでたどり着ければいいのだが、道は遠いような気がする。
最後の授業では、調息の実習をやる予定。精神統一はちょっと教室じゃ無理だから、その手前で。

続き。準備をしてて思い出したこと。
仏教学の2回生(専攻分属は3回生からだが、2回生から概論などの講義を文学部で受講しておく)の頃、
 服部正明先生のインド思想史概論

 五火説
のレポートを書いた。その頃は
 寝たきり学生
だったので、ほとんど授業に出ていない。どの参考資料を使っていいのかさっぱり分からず
 木村泰賢・高楠順次郎 印度哲学宗教史
 中村元 インド思想史
などを使ってレポートをでっち上げた。
4月になって評価の確認に文学部事務室前に並んだ。その頃は
 成績が出ると、文学部の掲示板にその旨告知が出て、口頭で事務から成績を聞く
方式だった。成績照会は午後だったので、午後になると、学生や院生がずらっと文学部事務窓口の前に
 知りたい成績の一覧を記入した用紙
を持って並び、学生証を握りしめて順番を待つ。結構、事務が意地悪で、一覧に記入した科目でないものの成績を聞いても
 申請書に書いてないですね
とはねられたりしていた。しょうがないので、また長い列の後ろに並び直すのだ。
さて、印度学の学生なのに、わたしのインド思想史概論の成績は
 可
だった。四階の研究室に上がって、その当時の助手さんに愚痴をこぼすと
 何を資料に使いましたか?
と尋ねられた。
 え〜と、木村泰賢とか中村元とか
と答えると
 よお通りましたね! 落とされますよ、その参考文献やと
とのご託宣。
 京大と東大の埋めがたい溝
を実感した瞬間であった。たかが概論のレポートというなかれ、なのだ。

要するに
 服部先生の『古代インドの神秘思想』
を使えば良かったとのことで、それくらい大学に行ってないアカンタレであったのだった。その上に
 服部先生が嫌っておられる東大の学者の書いた参考文献を使った
ので、普通は逆鱗に触れるのだが、かわいそうと服部先生が思ってくださって、可で通してくれたのらしい。
ちなみに、京大印度学のその頃の流儀では、東大出身のヒトの業績に触れる場合は
 東京のヒトは〜ってゆうてますけど
という婉曲な話法で済ませるのが通例だった。卒論では中村元をやっつけてもいいが、修論でそれをやると
 まだ、君、そんなことしてるんか?
とたしなめられるという、なんとも恐ろしい研究室に所属していたのである。

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