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2006-10-20

「マスコミたらい回し」とは? (その7) 出産時の脳内出血は15万回に1回という極めて稀な症例 大淀病院の産婦死亡について、奈良県産婦人科医会は「産科医の判断に問題なし」との見解

今回
 17日の記者会見で、子癇発作と脳内出血を「間違えた」医療ミスがあった
と、大淀病院院長に
 後ろから撃たれた
恰好の大淀病院の産科医。直属の上司にばっさりやられている。
毎日より。


奈良・妊婦転送死亡:19病院以上、拒否か 大淀病院「判断ミスあった」

 奈良県大淀町立大淀病院で意識不明となった妊婦が、緊急転送された大阪府の病院で死亡した問題で、大淀病院の原育史(やすひと)院長が17日、会見した。原院長は「(死因となった脳内出血ではなく)子癇(しかん)発作の疑いとした点で、判断ミスがあった」と述べた。県立医大に依頼した転送先の紹介とは別に、独自に複数の病院に受け入れを打診していたことも明かし、受け入れを拒否した病院は18カ所を上回る可能性も出てきた。
 原院長は、当直の内科医らが脳の異状の恐れを訴えたのに、主治医の産科医が子癇発作との判断を変えなかった事実を認め、「CT(コンピューター断層撮影)を撮っていれば、脳内出血を診断できた。命を救えた可能性があったと思う」と話した。
 一方で、病院の責任については「非常に難しい問題」。遺族への謝罪についても「検討中」と述べ、「弁護士も含めて検討した対応を文書で提出する予定」と話した。【中村敦茂、栗栖健】
毎日新聞 2006年10月18日 東京朝刊


原大淀病院院長は産科医ではなく、
 外科医
である。はっきり聞くが
 原院長は、一度でも子癇発作の患者さんを診たことがあるのか?
 子癇発作がどういうもので、脳内出血と区別が付くのかどうか、また、子癇発作の「基本的処置」について熟知しているのか?
この問いに答えられなければ、17日の会見は
 まったく無意味
なのだ。

さすがに、昨日になって、産婦人科医の専門団体である奈良県産婦人科医会は
 他科の医師である外科医に産科医の判断をミスとされた
ことに反論する形で、
 当時の「子癇発作」と判断した医師の診断に問題なし
との見解を発表した。
読売より。


「大淀病院ミスなし」
脳出血判断は困難

 大淀町立大淀病院で8月、出産の際に意識不明になった高崎実香さん(当時32歳)が次々に転院を断られ、搬送先の病院で死亡した問題で、県産婦人科医会(平野貞治会長)は19日、緊急の理事会を開いた。大淀病院での措置を検証。同医会は、担当の産科医が診断した「子癇(しかん)発作」と脳内出血との症状が似通っているとして「大淀病院での措置にミスがなかった」との意見で一致した。

 同医会によると、平野会長が18日、大淀病院に出向いてカルテの提示を受け、経緯を聞き取り。理事会で検証 した。その結果、子癇発作にも見られる失神とけいれん、高血圧の症状を「脳出血と判断するのは難しい」とした。

 さらに、コンピューター断層撮影法(CT)での検査を実施しなかったことに、理事会は「子癇発作の場合、妊婦を動かすのは危険で理解できる」とした。今後、県などに周産期医療の充実を求める要望書を提出することを検討する。

 記者会見で、平野会長は「搬送先の病院がなかなか見つからなかったことは残念だが、病院の判断や措置に問題はなかったと考える」と話した。
(略)

他科の医師に
 脳内出血を子癇と間違えるとは
と、そうでなくても例の少ない子癇発作に対する診断をあれこれ言われるのは、はっきり言って
 越権行為だ
というのが、産婦人科医会の思いだろう。
子癇発作というのは、
 妊娠中毒症患者のおよそ200例に1例の頻度で起こることがある
といわれる。妊娠中毒症の発生率が5%ほどだから、その1/200というと、かなり稀だ。
 妊娠中に生じる危険
 http://mmh.banyu.co.jp/mmhe2j/sec22/ch258/ch258c.html
分娩時の脳内出血というと、もっと稀だ。日本産婦人科学会の「日本産婦人科学会誌」(57-3号 2005年3月)に掲載された
 水上尚典 「症例・プライマリー・ケア(救急) 分娩時の痙攣」
http://www.jsog.or.jp/PDF/57/5703-028.pdf
によれば、


(2)Stroke(脳出血,脳梗塞)
これらも痙攣の原因となるが頻度は少ない.妊娠中・分娩中・産褥での頻度は約6,000分娩に1.うち分娩中に初発するのは4%なので,約150,000分娩に1 の割合で起こる1)

であり、
 分娩中の脳内出血は15万回に1回
で、極めて稀というのがわかるだろう。
しかも、分娩時の脳内出血については、上記の論文で

脳動静脈奇形等の解剖学的異常のない脳内出血例を子癇に含めるか否かのコンセンサスは得られていないが,脳内出血例は極めて予後不良である1).したがって,痙攣発作後臨床状態が落ち着いてからのCT,MRI による痙攣原因検索は必須である.

とされている。今回の例は、これに当たるのではないか。
亡くなられた奥様には、まことにお気の毒というしかない。ご冥福をお祈りする。

今回問題になっているCTを掛ける時期だが、水上先生は、
 CTは臨床状態が落ち着いてからかける
という判断で、上記論文中ではチャートで
 帝王切開で子供が生まれた後に、CT、MRIをかける
手順を推奨している。

細分化された現在の医療においては
 医者とはいえ、科が違えば素人も同然
というのが実態だ。ましてや
 専門外来中の専門外来、産科の難しい、しかも15万回に1度という極めて稀な症例について、他科の医師が口を出す
のは、ひどい話だ、とわたしなどは思うのだが。今回の奈良県産婦人科医会の見解は
 決して、「仲間を守るための方便」ではない
と言える。高度に専門化し、細分化された現在の医学では、
 15万回に1回という極めて稀な症例に対する処置を「医療ミス」と他科の医師が判断する
こと自体が、
 医学的な倫理観に欠ける行為
になってくるのではないか。

たとえ自分の専門分野では「藪医者」でなかったとしても、
 同じ医者だが、専門が違えば、まったくの素人同然
だというのは、よくある話で、稀な症例を扱うことの多い、マイナーな専門外来担当の知り合いの医師なども
 なんで、こんな、まったく違う症状なのに、うちの科に診察依頼をするかね
と、困っていることがある。困るくらいなら、患者さんの命には関わらないのでいいのだが、今回の事例は
 命に関わる上に、奈良県南部の産科医療崩壊を招きかねない大事
なのだ。
県警が捜査に入ったらしいが、慎重に願いたい。

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