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2006-11-27

のだめカンタービレ 日本の音楽家の仰天エピソード by 助川敏弥氏

すでに閉鎖されたサイト
 ともとものオモチャ箱
に、山本直純・岩城宏之と芸大時代からの仲間だった
 作曲家・助川敏弥氏からの山本直純の思い出を中心とした戦後の日本音楽界に関するエッセー
が掲載されている。
助川敏弥の回想記(サンライズ・サンセット)
http://homepage2.nifty.com/tomo-tomo-room/sukegawa.html
助川敏弥の回想記/第一〜五回
http://homepage2.nifty.com/tomo-tomo-room/sukegawa_old.html
助川敏弥の回想記/第六〜九回
http://homepage2.nifty.com/tomo-tomo-room/sukegawa_old2.html
助川敏弥の回想記/第十〜十二回
http://homepage2.nifty.com/tomo-tomo-room/sukegawa_old3.html
助川敏弥の回想記/第十三〜十四回
http://homepage2.nifty.com/tomo-tomo-room/sukegawa_old4.html
助川敏弥の回想記/第十五〜最終回
http://homepage2.nifty.com/tomo-tomo-room/sukegawa_old5.html
助川敏弥の回想記/追記&追記の追記
http://homepage2.nifty.com/tomo-tomo-room/sukegawa_old6.html

貴重な話がてんこ盛りなので、保存を推奨。
助川敏弥氏は
 広瀬量平と旧制中学で同期
って、、、高校の先輩だ。旧制の札幌一中の卒業生ですね。
現在の助川敏弥氏のサイトはこちら。
 助川敏弥 作曲 評論
http://www008.upp.so-net.ne.jp/sukegawa/index.htm

で、
 第十二回 才能ゆたかな友人たち
が凄い。
 リアルのだめ&千秋のようなヒトはごろごろいるんだ
というのがわかるので、以下に引用する。


■ 才能ゆたかな友人たち

 私の友人たの優れた才能について書きます。こういう話は音楽の専門家以外には見当がつかないことらしく、ひどく幼稚な噂がまかり通ったりしています。たとえば絶対音感にしても、これを持っていることが大変なことであるように思っている人がいます。例の本が出てからさらに意味あり気になったようです。しかし、絶対音感などは私の同期のピアノ科の人たちはほとんどが持っていました。私の同期生は、戦後の早期教育が始まる前に育った年代の人たちですが、幼児期からピアノの勉強をしていると、特別な音感教育を受けなくとも、こういう音感は自然についてしまうものらしい。ただし、大事なことは、絶対音感と一口にいってもいろんな程度のものがあるということです。おぼろげながら判別出来るという程度から、ピアノの鍵盤を目茶苦茶に押しても一つ残らず即座に言い当てるという神業的なものまで様々です。一口で絶対音感と言ってもそれだけでは無意味なことです。ここでは具体的に説明します。

★ まず筆頭は山本直純君

 彼にとっては、音楽は母国語のようにものであったらしい。私たち普通人が頭で考える複雑な和音を経験的に言葉のように駆使するのです。色とりどりの和音をちりばめながら即興でひいていく彼のピアノには驚嘆するほど見事なものでした。彼は父上が作曲家であり、直純自身は音感の早期教育を受けているので、その音感は特筆もので最上級に属するものでした。その上、理論の裏づけがありますから、音のかたまりが、あたかも目に見えるもののように把握出来たのでしょう。
 ピアノの演奏技術ということではこういうことがありました。渡辺浦人先生の関係だったと思いますが、教員オーケストラの演奏会があって、ベートーヴェンの「皇帝協奏曲」を演奏することになりました。本番のソリストには藤田晴子さんが予定されていましたが、アマチュア・オーケストラですから何度も練習せねばならず、そのたびに藤田さんに来てもらうわけにいかず、直純君が練習ピアニストをつとめることになりました。スタンドイン・ソリストです。私も何度か練習を見物にいきましたが、何度もスタンドインをつとめる内に、彼はいつか全曲覚えてひけるようになってしまいました。予定通り、本番は藤田さんが演奏をしましたが、しかし、その後、複数の箇所へ移動して演奏するよう予定が追加されました。それに一々藤田さんに来てもらうわけにいかず、直純君が、ついに、その後の演奏会すべてで本物のソリストになってしまったという次第です。
 彼にとっては、母国語にあたる音楽の国文法として再確認するために理論の勉強をしていたのでしょう。しかし、母国語として馴れすぎているための馴合い現象もありました。即興演奏をしながら、はじめはバッハのような様式だったのに、いつのまにか絢爛たるカデンツァが出てきて最後はリストみたいなってしまう、という具合で、これはいかにも妙なものでした。身につきすぎているために、つまり余り身近なものだったが故に、これを客体化して再構築する作業が見えにくくなっていたのだと思います。直純君について、交響曲や弦楽四重奏曲などの純クラシック畠でいい仕事をしてほしかった、という声を聞きすが、これはとんだ間違いです。現実の人生で、彼は自分に最も適した分野ですぐれた実績を上げ、また、彼でなければ出来ない仕事をしたのですから。また、大衆的な仕事よりクラシック畠の仕事の方が上等だという考え方が間違いであることは、今はほとんどの人が理解しているのではないでしょうか。
 ここで妙な話を書いておきます。私だけが知る秘話というものになるのでしょうが、彼自身がのちに自身の実績によって否定したことですから、彼の名誉は傷つかないと思うので書きます。あるとき、私の下宿に泊まりこみ、フトンの中での寝物語の中でこう言いました。いかにも秘密を漏らす告白という言い方で、「自分は旋律を作るのが苦手だ」と言いました。「一見、俺はそうは見えないだろう、しかしな、」という言い方でした。さらに喜劇的な話。当時、柴田南雄先生のお宅で十二音技法の研究会があり、それに直純も参加していたことは書きました。彼が言うには、十二音技法を使えば、音列をつなげていけば旋律が出来る、俺はそれも考えるんだと。さすがにこれは小声で笑いながらでしたが。のちに日本中の心をとらえた「男はつらいよ」の名主題歌、「アルト・ハイデルベルク」の中の「リンデンバウム」など、不滅の名旋律を作った人がどうしてこんなことを言ったのか。不思議なことですが、私は、人間は自分の中の才能と能力に気がつかないことがある、そう推量判断しています。一般にも、学者一筋と自他ともに承知していた人が、乞われて自治体の長になり、自分でも意外な政治的能力を発揮するということがあります。人は自分の中に眠っている才能能力に気がつかないことがあるのでしょう。その反対に有ると思っていたのに無かったということもあるでしょう。こちらは悲劇的です。

★ 岩城宏之は名打楽器奏者

 指揮者は、指揮者としての経歴が長くなると、出身の専門を知らない人が増えてきます。森正さんは指揮者になる前は名フルート奏者でした。しかし、指揮者になって何年もたつと、若い人の中にはそのことを知らない人もいて、森さんが、オーケストラ練習の休憩時間にメンバーの楽器を借りてでフルートを少し吹くと「先生、フルート吹けるんですか?」と言われたそうです。
 岩城宏之も指揮者歴が永くなって、出身を知らぬ人もいるようになりました。彼は打楽器奏者出身です。芸大打楽器科の学生の頃から傑出した才能を示し、在学中から「近衛管弦楽団」に所属する名ティンパニー奏者でした。近衛先生は常日頃「日本の音楽学校なんぞ下らない。あんな所に行っても何の意味もない。卒業免状などなんの価値もない。音楽の勉強はすぐれた師匠のもとでプライヴェートに学ぶのがいい」という持論の人でした。私もそう言われたことがあります。ところが、岩城のティンパニーを知ってからは「ああいうのがいるのなら、日本の学校もわるくないかもしれないな」と宗旨替えの発言をされたそうです。私たちの学生時代、ベンジャミン・ブリトンの「ルクリーシャの陵辱」という室内オペラの初演がありました。小編成のアンサンブルと歌によるものです。その中の打楽器が至難を極めるもので、日本中に岩城しか演奏できる人がいないといわれましたし事実その通りでした。ところが、本番の前に彼は病気になって高熱を発してしまったのです。彼は、高熱をおかして出演し大役を果たしました。打楽器の才能ということは傑出したリズム感の所有者ということです。これが指揮者としてどれだけ有利であるかいうまでもありません。彼が現代曲の演奏で抜群の能力を発揮したのもこの能力によります。最近は直純君の葬儀で再会しました。健康に留意して、まだまださらなる健闘をしてほしいものです。

★ 篠原真君の才能

 この男の才能のすごさは特筆ものです。まず、古今東西のピアノ文献のどれでもすぐに弾ける。これは実に不思議な才能で、そのためには、まず暗譜していることが第一ですが、次に、それを弾く技術をいつも保持し続けているていることが必要です。この第二の、いつでもひける能力の保持は実に不思議で、この点は直純も感嘆してい ました。
 ある時の出来事。ピアニストの柳川守君が当時コンクール一位になり芸大にいました。彼は、N響の定期でラフマニノフの二番の協奏曲を弾いてそれから外国にいくことになっていました。ある日私たちは柳川君に外国へ行く前に今度のラフマニノフを弾いて聞かせてほしいと頼みました。彼は快諾しましたが、誰かオーケストラ・パートの第二ピアノを弾いてほしいと言いました。もちろん楽譜はありません。そこへ篠原が通りかかったので、出来るかどうか聞いたところ「しばらく弾いてないからどこまで覚えているかなぁ」と首を傾げながらピアノに向かい弾き始めました。ソロの低音から始まり、オーケストラパートが入り始め、楽譜なしで篠原はどんどん弾いていく。ついに第三楽章の終りまで完璧に弾き終りました。私たちはひたすら唖然として聞いていました。柳川君にはわるいが、篠原の離れ業の方に驚嘆していたのがほんねです。和声、対位法でも抜群の成績で、文字通り優等生を地で行く人でした。彼は当時、ラヴェル、フォーレなどのフランス近代音楽に傾倒していたので、私たちがプロコフィエフやバルトークの話をしていると、冷然としていました。東響の作品もシャブリエ風のものに私には聞えました。その篠原が後にシュトックハウゼンの門下になり「前衛」音楽の旗手となったのは結果だけからすれば意外です。専門家同士として見れば、その経緯は推量できないものではありません。しかし、若い頃の思い出からすれば今昔の感に堪えません。

★ 和田則彦君の驚異の音感

 和田則彦君は一期先輩です。この期の作曲科には特に逸材が多く、ほかに、林光、三木稔、湯山昭、永富正之、等がいました。和田君の音感のするどさは伝説的なものです。絶対音感にも色々な段階があることは書きましたが、この人の音感は最高位に属するもので、ピアノの鍵盤を目茶目茶に押しても手の下で鳴った音を即座に一つ残らず容易に言い当てます。それだけでなく、記憶力も併有していて、聞いたばかりの曲をすぐ再現できる。音感のよさは、音を把握することでもあるから、篠原の記憶力もすぐれた音感が記憶力につながるものらしい。のちにパリ音楽院院長になった、ガロア・モンブランが来日した時、私たち池内教室では特別講座を受けることになりました。モンブランが短い主題を出して、これをテーマにして次回までに展開して来るようにと宿題を出しました。そして自身で即興で数小節ひいてみせた。和田はそれを即座に五線に記録して、次回講座の時に自分の番が来た時、その楽譜を提示しました。モンブランは、知らずに一言二言意見を言いました。和田は「これは前回先生ご自身がおひきになったものです」と言った。モンブランは大笑いして「そうか、そうか」と次第に苦笑に近くなっていきました。いたずらをされたと思ったのでしょう。
 この人はこの通り茶目気のあるいたずら屋です。音楽と関係ないことでも数々の逸話がありますが、音楽の才能に関することでは、ハノンの練習曲を右と左を別々の調性でひく。知っての通り、短い音形が少しずつ音階をたどって上がって、また下がってくる練習曲ですが、音階が違えば指の具合も違って来るからこれは至難のわざです。音の響き具合ははバルトークの「ミクロコスモス」みたいになりました。次に、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ。この全集版には目次がついています。それぞれの曲の出だしの二三小節が書かれていて、それが並んでいるわけですが、これを暗譜で1番から32番までたて続けにひく。記憶力の問題でもあります。

★ その他、先輩の間宮芳生さんはピアノの名手で、二台ピアノの形でしたが、ラヴェルのピアノ協奏曲のソロをひいたことは語り草になっています。林光君は芸大入学前に、ストラヴィンスキー「ペトルーシュカ」の初演のピアニストで、これは私がじかに演奏を聴きました。

★ そのほかにも、才能、特技、奇才、珍芸、を持つ先輩友人たちは多々いましたが、しかし、こうした話の一部はいわば特技的な才能と能力で、剣豪物語、早打ちガンマン伝説的なものです。こういう「特技能力」と専門の実績は同一のものではありません。あまりピアノが上手でなくても日本を代表する作品を世界に認めさせた人もいます。いま挙げたような特技の持主であるかないか、ということと、その後の専門の仕事の実績とは別であることはお断わりしておかねばならなりません。特技の持主でなくてもすぐた仕事をした人はいますから。(この回、完)


2002年9月8日 助川敏弥

ああ、ラフマニノフのピアノ協奏曲2番のオーケストラパートを譜面なしで弾けたヒトが昭和20年代に東京芸大にはいたのね。
その他のエピソードも凄い。
 音で分節される人生
が、
 香りで分節される人生
より、理解不能なわたしは、音には疎いのだろうな。絶対音感ないしなあ。

おまけ。ブリテンの「ルクリーシャの陵辱」に関して。普通は
 「ルクレティアの陵辱」
と呼ばれている。
サイトはいずれも英文。
 ブリテン・ピアーズ財団 「ルクレティアの陵辱」(real playerで一部試聴できます)
http://www.brittenpears.org/?page=britten/repertoire/opera/lucretia.html
 楽譜を販売しているBoosey & Hawkesのページ
http://www.boosey.com/pages/opera/moredetails.asp?musicid=7444
確かに1分だけ試聴できるAct.1のスネアドラムのパートだけでも、これは
 打楽器死にまくりの難曲
っていうのが分かりますね。つか、小編成の室内オペラの割にパーカッションの編成がなかなかとんでもない。
 timp, sd, td, bd, gong, susp cymb, trgl, whip, tambour
って
 ティンパニー・スネアドラム・テナードラム・バスドラム・銅鑼・吊るしシンバル・トライアングル・whip(鞭)・タンブリン
ってとこ? 楽譜がないから分からないけど、パーカス何人でやるんだ。。。

おまけ。takechiさん経由。
二回ずつ演奏される36の旋律の異動を聞き分けるテスト
 Test your musical skills in 6 minutes!
http://jakemandell.com/tonedeaf/
やるときは、アラートを切るなど、他の音が入らないようにして行うのを推奨。
メールのアラートを切るのを忘れて、聞き取れなかったりして散々な成績だった。

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コメント

こんにちは、今日も良い話をありがとうございました。

投稿: tera2005 | 2006-11-27 14:16

はじめまして

和田先生は私の屁芸を認めてくれた世界初の先生です
現在も交流は続いています。
和田先生と違って私は天災の方です。

投稿: 松下 誠司 | 2008-08-07 05:50

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