巣山古墳現説@1/27 さらば出島
広陵町の巣山古墳は、一番多く足を運んでいる現場じゃないかと思う。
この日のメインは、前回出土した喪船の残りの部材が出土したことだったが、行ってみると、
出島型遺構
が、えらく綺麗になっている。どうしたのかな、と思ったら、護岸工事が今年度で終わり、農業用水として周濠を利用しているので、また水を入れてしまうとのことだった。巣山古墳の周濠が農業用水としての役割を終える将来まで、出島型遺構は保護のための土をかぶせられて、水の下に沈むのだという。
綺麗に整理された出島型遺構。古墳本体側から見た様子。
外堤側から出島型遺構を見る。このひょうたん型の石敷きや、州浜状の突起とも、たぶん、わたしが生きている間には二度とお目にかかれないだろう。ここは、巣山古墳の名を高からしめた
水鳥形埴輪
などが並んでいた場所だ。
前方部東北角の周濠から出てきた木樋形木製品の「仕切り板」の痕跡。浅い溝が切ってあるのがわかる。
同じ木樋形木製品の逆の端。小さい突起があるのがわかる。おそらく木を接ぐためのもの。
仕切り板があって、複数の部材を接いだ「木樋」というのは、あり得ないので、おそらく
船底部分
だろうと思うのだがどうだろうか。木樋の上の部分の構造がわかってないのだが
1. そのまま木樋に舳先と艫をつけた「丸木船」
2. 木樋の上に舷側板が何かで接合された「凖構造船」
ってあたりかしら? 1の方がありそうだと思うけど、今のところ不明。
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