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2007-04-01

徳之島の救急搬送陸上自衛隊ヘリコプター事故

濃霧の中、救急搬送のために那覇から徳之島に飛んだ陸自のヘリが墜落炎上、四人の乗員が亡くなった。合掌。
読売より。


陸自ヘリ墜落4人死亡、急患搬送に向かう途中

 30日午後11時5分ごろ、陸上自衛隊101飛行隊(那覇市)所属の中型ヘリコプターCH—47(乗員4人)が、急病患者を搬送するため、那覇空港から鹿児島県・徳之島に向かう途中、同島北部の天城岳(標高533メートル)山中に墜落した。


 航空自衛隊の救難ヘリコプターや地元消防署員らが現場に向かい、31日午前6時15分、山中で大破・炎上したCH—47の回転翼などとみられる機体の残骸(ざんがい)を発見。その後、乗員4人も見つかったが、いずれも重度のやけどを負って死亡した。

 防衛省によると、乗っていたのは、機長の建村善知3等陸佐(54)、副操縦士の坂口弘一1等陸尉(53)、機上整備員の岩永浩一2等陸曹(42)、藤永真司2等陸曹(33)。

 墜落機は、30日午後9時50分に那覇空港を離陸し、徳之島で急患を収容して那覇へ搬送するため、当初は同島南側の徳之島総合グラウンドに着陸予定だったが、視界不良のため島北西部の徳之島空港に進路を変更した後、連絡を絶った。機体の残骸は天城岳山頂の約3キロ北東で見つかった。

 101飛行隊は、沖縄県内の離島などを中心に、自治体(県知事)の要請を受け、全国の部隊でも最多レベルの年平均300回前後の急患輸送を行っている。搬送要請があった急病患者は容体がいったん持ち直し、31日朝、改めて搬送を要請した。

(2007年3月31日13時0分 読売新聞)

搬送される予定だった患者さんは翌日搬送された模様だ。患者さんや付き添いの医療スタッフには何事もなかったのが不幸中の幸いだろう。

今回殉難された隊員の中には、定年間近な方がいた。
朝日より。


濃霧で迂回中に事故? 陸自幹部が見解 ヘリ墜落

2007年04月01日01時24分

(略)
 ヘリの機長だった建村善知3佐(54)は、墜落した徳之島町の出身。ふるさとの人命を救うための飛行中の事故だった。

 義兄の宮本邦宣さん(71)によると、建村さんは6人兄弟の末っ子で、小学校の途中まで町で過ごした。中学を卒業すると親族の反対を押し切って入隊。その後はパイロット一筋だった。何度も緊急患者の搬送に携わり、「この仕事はやりがいがある」と話していたという。

 奄美市に住む姉の柏田芳江さん(75)によると、建村さんの長男も3月に陸自に入隊した。「息子はおれ以上の隊員になるよ」とうれしそうに話していたという。

 「急患搬送への使命感が強く、操縦技術も確かだった。後進の指導にも熱心で、よく声をかけてもらった」と、第1混成団の後輩も死を悼んだ。総飛行時間4850時間(うちCH47は600時間)の熟練パイロットは7月の定年を控え、4月中旬には現場を離れることになっており、今回のほかに、当番はあと1回を残すだけだった

まさに最後から二回目の出動での殉難。悪天候の中、なんとか患者さんを助けたいという思いを、不幸な事故が襲った。

今回殉難された隊員の知人と思われる人の書き込みがある。【事故】陸自の輸送ヘリ「CH47」が鹿児島・徳之島山中で墜落・炎上か 地元住民から110番通報スレッドより。


931 :ヘリ雄:2007/04/01(日) 00:36:58 ID:0nZbkdNY0
機長とは昨年まで仕事していました
送別会で「定年を前に101飛行隊で勤務できることを誇りに思う」と
 おっしゃていました

合掌

954 :名無しさん@七周年:2007/04/01(日) 15:58:35 ID:/H9wQILT0
>>931 

私は部外の人間ですが、木更津でも那覇でもお世話になりました。副長とは
先月、那覇でお会いしたばかりで・・・第2の人生も地元のスポーツ振興に
尽力すると笑顔で話していたのが思い出されます・・・自衛隊人生最後の
ミッションフライトで、しかも故郷の島で亡くなるとは・・・昨日から涙が
止まりません。コパイも機上員の方も優しい、いい人ばかりでした。

4人の遺体はフェリーで那覇で運ばれているところだそうです。喪に服し、
遠く内地より敬礼を。

離島ではヘリによる救急搬送は日常的に行われる。
琉球新報より。


急患搬送、06年度36回 離島医療厳しさ浮き彫り

 【徳之島で31日、稲福政俊】「事故が起こるまで急患搬送は当たり前だと思っていた」。ヘリが墜落した徳之島町の勝重藏町長は、伏し目がちにつぶやいた。人口2万7千人の島には心臓外科がなく、手術が必要な患者はほとんど急患搬送で島外の病院に頼ってきた。自衛隊機の墜落事故は、島の厳しい医療の現状を浮き彫りにした。
 「申し訳ない。申し訳ない」。記者の取材に勝町長は謝罪の言葉を繰り返した。「こういう痛ましい事故になって、初めて(急患搬送が)大変なことと知った。島民のことを考えると急患搬送をしないというわけにはいかない」。板挟みの心境を吐露した。
 徳之島町によると徳之島の徳之島、天城、伊仙三町で、2006年度は自衛隊による急患搬送は36回。月3回のペースだ。自衛隊のほか民間の定期便や船の搬送も含むと62回に上る。
 島で最も大きな徳之島徳洲会病院によると、島には心臓外科医がいない。心臓外科手術をする設備もなく、急患搬送のほとんどは心臓疾患の患者という。
 同病院によると、事故機で搬送する予定だったのは重篤の心臓疾患の患者だった。前日に不整脈が出るなど容体が悪化し、1週間以内に手術しないと8割方生存できないという状態だった。病院のセスナ機は機内が狭く、万一の時に心臓マッサージも施せない。小野隆司院長は「自衛隊への搬送要請は患者のことを考えた結果」と強調した。
 小野院長は「急患搬送は月に1、2回はある。いつもの搬送だった。そう特別なものではなかった」と振り返る。「医者として患者のことを第一に考える。悪天候とかの問題は自衛隊に考えてもらうしかない」と話す。
 小野院長は「病院の医師は実働3人。急患搬送で一人抜けるとカバーするのも大変。外来を午前一時までやっていたり、手術を3時まですることもある。医療現場や患者は限界だ」と訴えた。

(4/1 9:44)

徳之島は徳洲会病院を作った徳田虎雄の出身地で、病院もあるのだが、それでも医療環境は厳しい。
しかし、夜中の三時まで手術ですか。大丈夫なのだろうか。

続き。(16:40)
今回殉難された隊員のうち3人に取材をしていたASIANEWSの取材メモ。
 殉職「敵は天候・気象」2007年3月31日
http://www.asianews.co.jp/staff/akira/101/101.html

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コメント

亡くなられた隊員の方々にはご冥福をお祈りいたします。
私は徳之島出身者です。今から20年ほど前、当時小学生だった私は急性盲腸で島内では手術が出来ずセスナ機で隣の島に搬送された経験があります。今でこそ記事にもある徳州会病院がありますので手術などもある程度の対応は出来るかと思いますが当時は危険が伴う手術になると大きな病院がある奄美大島や鹿児島本土に搬送されることが当たり前でした。
現在でも一部の離島、過疎地では医者不足などの問題から医療行為が受けられない地域が存在します。
一日も早くどこでも平等に治療や手術が受けられる環境が整うことを願います。

投稿: かずゆき | 2007-04-04 23:44

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