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2007-04-30

『論語』薮睨み 其一

宿痾の薮睨みにて隻眼半盲なるも、閑居のすさびに『論語』一書を繙かんとす。移山盧主人

というわけで、気が向いたときに、『論語』を取り上げる不定期シリーズ第一回。
昨日、大阪で全盲と弱視のご夫婦がホームから転落、全盲のご主人は右腕切断で重態、弱視の奥様は肩の骨折などで重傷を負われた。痛ましい事故だ。誰も助けられなかったのか。
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20070429i313.htm
どうか早く快復されますよう、心からお祈りする。

さて、今を去ること2500年ほど前の孔子の時代、当時の中国では、視覚障碍者にはいくつか仕事があり、立派に働いていた。今日は、そのことが出てくる一章を取り上げる。


師冕見。及階。子曰、階也。及席。子曰、席也。皆坐。子告之曰、某在斯、某在斯。師冕出。子張問曰、與師言之道與。子曰、然。固相師之道也。(衞靈公篇)

師冕(しべん) 見(まみ)ゆ。階に及ぶ。子曰く、階也(なり)。席に及ぶ。子曰く、席也。皆坐す。子これに告げて曰く、某 斯(ここ)に在り、某 斯に在り。師冕 出づ。子張 問ひて曰く、師と言ふの道與(か)。子曰く、然(しか)り。固(もと)より師を相(みちび)くの道也。

師冕が孔子に会いにやってきたときの話である。
師冕の「師」は楽師で「冕」が名である。当時、楽師は視覚障碍者が務めた。視覚障碍者には、介助者がついてお世話をした。
孔子達は客を迎える座敷の中にいる。師冕がやってくると、孔子は師冕を迎えに出る。
部屋に入るには、階段を上らなければならない。孔子は目の見えぬ師冕のために声をかける。「階段ですよ」
部屋に入ると、一人一人に敷物が敷いてある。孔子は師冕のために、「敷物ですよ」と声をかける。それまで室内で師冕を待っていた者たちは、師冕がやってくると同時に立ち上がり、師冕が座るまで待つ。立ち上がるのは、敬意を表するためである。師冕が座してから、他の者たちは席に着く。
席に着いた師冕に孔子は座中の者を紹介する。「だれそれはここにおります。だれそれはここにおります。」目の見えぬ師冕に、座中にある者の名前と座っている場所を説明する。
用が済み、師冕が帰った。
孔子の弟子子張は、視覚障碍者に対する作法を初めて見たので、師に尋ねる。「楽師と語るときの作法でしょうか。」
孔子は答える。「そうだ。もちろん楽師を介助する作法だ。」と。
「相」は「たすく」と読んでも同じ。今は馬融注の「相、導也」に従って読んでおく。
2500年前の中国には、視覚障碍者を介助する作法があった。現代でも通用する介助法である。
見えない人が見えないためにぶつかる危険から身を守り、見えないから理解できないことを、見える人が代わって説明する。見えないことで不利益を被って、視覚障碍者が恥じたり、不便に思わないように気を配る。それが視覚障碍者介助の基本だが、上記の章には、それが過不足なく示されている。
孔子は「仁」を説いたが、こうした介助の作法も「仁」の表れの一つだ。

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