« ご先祖様ご一行様 | トップページ | 2007NHK人事異動 アナウンサー編 »

2007-05-26

青森の産科崩壊か (その2) 河北新報も「双胎間輸血症候群で28週の双子の片方死亡を両親が提訴」を報じる→加筆あり

河北新報も、
 双胎間輸血症候群で帝王切開したが、28週の双子の片方が死亡したのは、医療ミス
と両親が提訴したことを、報道した。


双胎間輸血症候群で双子の1人死亡 両親、病院を提訴

 国立病院機構弘前病院(青森県弘前市)で産科診療を受けたのに、双子のうち1人が生後すぐに死亡したのは病院が適切な治療を怠ったためだとして、黒石市の30代の主婦と夫が23日、病院を運営する独立行政法人国立病院機構(東京)に、約4600万円の損害賠償を求める訴えを青森地裁弘前支部に起こした。

 訴えによると、主婦は2005年12月16日、双子の切迫流産の恐れから妊娠21週で入院。経過観察を受けていたが、一方の胎児が46日後、心臓の周囲などに液体がたまる「胎児水腫」と診断された。

 原因はもう一方の胎児から血液が流入し、羊水の量が増える「双胎間輸血症候群」(TTTS)で、主婦は青森市の青森県立中央病院に転送され、06年1月末に帝王切開で双子を出産したが、胎児水腫の新生児は死亡した。

 弘前病院は経過観察の中で、死亡した胎児の羊水の量がもう一方の胎児より多いと認識していたにもかかわらず、その時点で原因を調べずにTTTSを見落とし、羊水の除去や帝王切開による早期出産といった対処を行わなかった、と主張している。

 双子のうちの1人は856グラムの超低体重で生まれたが、発育している。TTTSは、2000—4000の出産に1例ほど起きる極めて珍しい症例という。

 弘前病院は「訴状が届いていないので、コメントすることができない」と話している。
2007年05月24日木曜日

妊娠28週、つまり7か月で双子を帝王切開、一人は残念ながら助からなかったが、
 助かった方のお子さんも、わずか856gの超低出生体重児
だったことが、この記事から分かる。また
 「双胎間輸血症候群」(TTTS)は3000-4000回に1回の珍しい病気
ということもフォローしている。
陸奥新報では
 切迫流産のため21週から入院
と書かれていた。

どう考えても、かなり難しい状況で、場合によっては
 母子三人とも助からないこともあるケース
なのだが、
 母体はもちろん、小さい赤ちゃんの一人は助かった
のである。
双胎間輸血症候群は、山口大学医学部産婦人科教室のサイトによると、
 一卵性双生児が、胎盤が一つ、胎児のはいる羊膜腔は二つの「一絨毛二羊膜性双胎」
で、
 10-15%に起きる病気
だ。
 一卵性双胎は、1000分娩に4回程度
の頻度なので、
 双胎間輸血症候群(TTTS)は、おおよそ2000〜4000分娩に1回
の確率で起こると考えられる。
双胎間輸血症候群が重度になると、赤ちゃんは二人とも危ない。聖隷浜松病院のサイトから。


双胎間輸血症候群の病態

 TTTSは一絨毛膜二羊膜(MD: monochorionic diamniotic)双胎の10〜20%に発症すると考えられています。MD双胎は一つの胎盤を共有しており、必ず数本(通常は7-8本)の吻合血管(つながっている血管)が存在します。通常はふたりの間の血液の流れは吻合血管を通じてバランスをとっているため、血液がふたりの間を行ったり来たりしても問題が起きることはありません(もともとは同じ血液です)。しかし、何らかの原因でこのバランスが崩れて全体として一方通行になったときにTTTSが発症します。
 供血児(血液を送り出している赤ちゃん)は、いわゆる貧血の状態となり、全身の循環血液量不足から低血圧、乏尿(腎臓への血液量が少なくなり尿を作れなくなる)、羊水過少(羊水はほとんどは赤ちゃんの尿なので尿量が減少すれば羊水が減少する)となります。赤ちゃんの発育も制限され子宮内胎児発育遅延(IUGR: intrauterine growthrestriction)となります。この状態は悪循環となり最終的には腎不全および循環不全から胎児死亡となります。一方、受血児(血液を余分にもらっている赤ちゃん)は、多血の状態で常に循環血液量が多い状態のため高血圧の状態となり心臓に負担がかかってきます。そのため、尿を多く出す(多尿)ことにより少しでも循環血液量を減少させようとどんどん多尿となり、それに応じて急激に羊水過多が進行します。この状態も赤ちゃんのホルモンの影響で悪循環が進んでいきます。また、産生さは薄いため受血液は浸透圧が高く(濃い)、胎盤を通じてお母さんから水分を引き込んでくることも悪化の一因となります(母体は急激な子宮の増大と脱水傾向により非常にのどが渇くようになります)。この状態も長く続くと赤ちゃんの心臓に非常に負担がかかり最終的に心不全から胎児水腫(全身がむくんだり、胸水や腹水がたまる)となり胎児死亡となります。

 TTTSはどちらか一人の赤ちゃんの病気ではなく、どちらの赤ちゃんも状態が悪くなることが特徴です。
http://www.seirei.or.jp/hamamatsu/special/ttts/image/0201.jpg

双胎間輸血症候群の進行
http://www.seirei.or.jp/hamamatsu/special/ttts/image/0203.jpg

双胎間輸血症候群の重症度分類(stage分類)
 TTTSそのものが重症な疾患ですが、TTTSの重症度を表す分類として以下に示すQuinteroの分類が一般的に使用されています。
  Stage I 供血児の膀胱がまだ見える。胎児血流異常を認めない。
  Stage II 供血児の膀胱が見えない
  Stage III 以下に示す胎児血流異常をいずれかの児に認める
 臍帯動脈の拡張期途絶・逆流
 臍帯静脈の連続した波動
 静脈管血流の逆流
  Stge IV いずれかの児に胎児水腫を認める
  Stage V 胎児死亡
*膀胱がまだ見えるが胎児血流異常を認める場合はStage III atypicalと分類し、膀胱が見えないStage III classicalと区別する。

一児胎児死亡による生存児への影響
 TTTSに限らずMD双胎では一人の赤ちゃんが胎児死亡となるともう一人の生存児が受ける影響は多大であり、引き続き胎児死亡となったり生存しても神経学的後遺症を引き起こす可能性が30〜40%前後と報告されています。

この分類で行くと、今回の赤ちゃんは「胎児水腫」を起こしているので、stageIVというかなり重症の双胎間輸血症候群だったと思われる。

双胎間輸血症候群では、羊水除去やレーザー手術という高度医療によって、生存率を高めることができる→生存率をあげられるかどうかが試されている段階で、胎児治療は一部の病院で行われているに過ぎない。(まだ胎児治療が有効といえるほどの成果が上がってないという専門家の先生のご指摘により、訂正します 5/26 01:20)
聖隷浜松病院のサイトでは、生存率について、つぎのようにまとめている。


Stgae毎の生存率 (Huber A, 2006) (Quintero RA. 2003)

stage(症例数)/生存なし/1児生存/2児生存/1児以上生存
stage I (n=29)/6.9%(2/29)/17.2%(5/29)/75.9%(22/29)/93.1%(27/29)
stage II (n=81)/17.3%(14/81)/22.2%(18/81)/60.5%(49/81)/82.7%(67/81)
stage III (n=80)/17.5%(14/80)/28.7%(23/80)/53.8%(43/80)/82.5%(68/80)
stage IV (n=10)/30%(3/10)/20%(2/10)/50%(5/10)/70%(7/10)

もっとも軽度のstageIであっても、全部の赤ちゃんが助かるわけではない。
今回提訴された赤ちゃんの場合は、stageIVだとすると、どちらの赤ちゃんも助からなかった確率は3割だ。両方とも助かるのは5割の確率だから、病院はよくやったとわたしは思う。

この報道でははっきりしないが、双胎間輸血症候群では、生まれてきた赤ちゃんに神経学的な後遺症がある場合がある。胎内での血流が異常で、未熟で生まれるために起きると考えられている。
最近、双胎間輸血症候群については、時々、新聞で取り上げられるようになったが、重い後遺症を負った赤ちゃんが話題に上ることはない。たいてい
 どちらかが亡くなったか、二人とも胎児治療で元気に育っている
という紹介のされ方である。
少なくとも、
 双胎間輸血症候群は、妊娠中も危険だし、生まれてからも赤ちゃんに後遺症が残る場合のある、重い病気だ
ということを、もっと周知しないと、
 二人とも助からなかった
とか
 後遺症が残った
ということで、提訴は繰り返されるだろう。
高度な胎児治療が可能な病院でも、赤ちゃん全員が助かり、後遺症なく成長するわけではない。
地方の国立病院でできることは限られており、弘前病院には、双胎間輸血症候群を治療できる設備はないようだ。
果たして東北に、双胎間輸血症候群を胎児治療できる医療施設がどれだけあるのか。
今回のような稀で難しい症例の場合、どこに住んでいるかによって、治療の水準は変化する
また、もし自然妊娠でなく、体外受精による双胎妊娠だったとしたら、話は別だ。

もう一つよくわからないのは
 双胎間輸血症候群の起こる「一絨毛二羊膜性双胎」はハイリスク妊娠
だということなのだ。以前紹介した診療所、個人病院における「妊娠リスクスコア」の適応評価に関する調査報告
のp.9-10がリスクスコアで見ると
 4点以上がハイリスク妊娠
という判定で
 一絨毛二羊膜性双胎は5点
と、それだけで一気にハイリスク妊娠になってしまう。
弘前病院では21週から管理入院させていたが、早期の切迫流産も上記のリスクスコアだと2点に相当する。こうしたハイリスク妊婦の方を早い時期から入院させて、チェックしていたのだから、弘前病院としては、できることはやっているのではないか。
高度医療はすべての国民に平等に与えられているわけではない。
 高度医療の受けられる地域に住むか、その病院を選択できる経済的余力がある場合
にしか、高度医療は開かれていない。それは個々の病院が責任を問われる問題なのではなく、
 国の医療行政の問題
である。

|

« ご先祖様ご一行様 | トップページ | 2007NHK人事異動 アナウンサー編 »

コメント

>高度医療はすべての国民に平等に与えられているわけではない。
 高度医療の受けられる地域に住むか、その病院を選択できる経済的余力がある場合
にしか、高度医療は開かれていない。それは個々の病院が責任を問われる問題なのではなく、
 国の医療行政の問題
である。


この言葉は重いですね。
っと言うより、国がいくらがんばっても不可能です。医療に今までの何十倍のお金を費やせばそれだけの診療体制が可能かもしれませんが、そんなことやったら国が傾きます。

投稿: 暇人28号 | 2007-05-26 09:21

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 青森の産科崩壊か (その2) 河北新報も「双胎間輸血症候群で28週の双子の片方死亡を両親が提訴」を報じる→加筆あり:

« ご先祖様ご一行様 | トップページ | 2007NHK人事異動 アナウンサー編 »