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2007-07-15

韓国美術界のシンデレラ 学位を詐称して韓国名門大学の助教授に 「エール大学で博士」どころかアメリカで大学を卒業してもいない「高卒ニセ博士」であることが判明

エール大学で学位取得のふれこみで、10年間にわたり韓国美術界のシンデレラともてはやされてきた若手研究者が
 学位取得はもちろんのこと、アメリカで修士どころか、大学も卒業してない
ことが判明。大騒ぎになっている。がんだるふさん経由。

面白すぎるので、朝鮮日報の記事を時系列によって貼っていく。
まず7/12付記事。


韓国美術界に衝撃! 若きシンデレラは偽物だった?(上)

東国大学シン・ジョンア助教授に学歴と論文の偽造疑惑

 2008年光州ビエンナーレの共同監督に選任された東国大学のシン・ジョンア助教授(35)が学歴と論文を偽造していたとの決定的な証言が出たことにより、美術界には大きな波紋が広がっている。東国大学学事支援本部のイ・サンイル本部長は11日の会見で「シン教授のエール大学美術史学博士学位についての疑惑が広まり、本学のオ・ヨムギョ総長名義でエール大学に対し確認の公文を送付したところ、シン教授の博士学位は虚偽であり、エール大学の学生として登録した記録もないとの回答を得た」と明らかにした。

 エール大学対外協力課のラインスティック氏も10日、電話と電子メールによる問い合わせに対し、「エール大学のどの学科にもシン・ジョンアという名の学生の登録や博士学位を授与したという記録はない」と回答した。さらに聯合ニュースは11日、「シン教授が卒業したという米国カンザス大学とカンザス州立大学によると、どちらの大学にも学士、修士、博士学位を取得して卒業した学生の中にシン氏と同じ名を持つ人物は存在しなかった」と報じた。

 シン教授は錦湖美術館の主席キュレーター(1997‐2001)を経て、現在はソンゴク美術館の学芸室長として在任中で、世界の一流アーティストの展示を企画するなど注目を集めてきた。2006年には国立現代美術館美術銀行推薦委員を務め、光州ビエンナーレでは史上最年少の監督に選ばれ大きな話題となった。

 この問題について光州ビエンナーレ側は「12日午前中に記者会見を開き、シン教授についての立場を明らかにする。18日ごろに理事会を開き、現在共同監督である米国人のエンウィザー氏に単独で監督を引き受けてもらうか、新しい韓国人監督を選任するかを決める」とし、事実上シン教授の芸術監督選任を撤回することを示唆した。
エール大学の名前入りファックス

そもそも、エール大学の学位記がニセモノだったってことなのね?留学して学位を取った場合は、証明書を付けるけれども、ひょっとして「どれがエール大学の正式な書式か」誰も知らなかったのだな。

続きの記事。


韓国美術界に衝撃! 若きシンデレラは偽物だった?(下)

東国大学シン・ジョンア助教授に学歴と論文の偽造疑惑

 シン教授の学位をめぐる疑惑は、光州ビエンナーレの芸術監督に任命された4日以降に本格的な広まりを見せた。しかし、東国大学と光州ビエンナーレ側はエール大学発となっているシン教授の博士学位証明書を提示しただけで、公式的な態度は表明していなかった。この証明書類は、東国大学がシン教授を採用した2005年9月にエール大学に問い合わせ、エール大学から送られてきたファックスだ。大学院の副院長であるシャーマイスター氏が「シン・ジョンアは1996年8月に美術史学科に入学、2005年5月に卒業して博士学位を取得した」という内容について、「エール大学が発行し、わたしが署名したものだ」と確認したことになっている。

 東国大学教務部のキム・ビョンホ課長は「このファックスは東国大学教員人事チームがエール大学に郵便で問い合わせ、エール大学から直接回答を得たものだ。一体どうなっているのか分からない」と述べた。東国大学は11日の記者会見で「エール大学からこの文書について調査を行うとの知らせを受けている。われわれも調査を行う方針だ」と明らかにした。本紙はこの文書に署名したとされるシャーマイスター副院長に電話と電子メールで問い合わせたが、「7月16日まで不在」との答えが返ってきた。

 一方、現在ヨーロッパ出張中のシン・ジョンア教授は、10日の本紙との電話インタビューで、「エール大学で博士学位を得たのは事実だ。これは東国大学が2005年に受け取った書類で証明されており、帰国次第すぐに説明し、法的対応を取る」と述べた。しかし、シン教授の米国での学歴がすべて虚偽であることが最終的に確認された場合、彼女が書いたと主張する論文はもちろん、東国大学や光州ビエンナーレなどに提出した書類、エール大学が2005年に送付したというシャーマイスター副院長のファックスまですべてがニセモノだったということになる。こうなれば美術界はもちろん、教授社会にも大きな衝撃となるのは間違いない。美術評論家の崔烈(チェ・ヨル)氏は「30代の若さで美術家たちから羨望を集めていた有能なキュレーターだったのに、この事件は美術界にとってあまりにも大きな衝撃だ」と述べた。

■シン・ジョンア教授とは

 35歳の若さで主要な美術館の学芸室長、大学教授、主要日刊紙のコラムニストになるなど、活発に活動してきた美術界きってのキュレーターだ。

 国立現代美術館美術銀行推薦委員や大手企業の美術品コレクション諮問委員を歴任するなど、多くの分野で信頼を集め、「美術界に新風を巻き起こす人材」として高い評価を受けてきた。

李圭鉉(イ・ギュヒョン)記者

朴蘭姫(パク・ランヒ)記者

普通に考えて
 複写可能な形式であるFAXで学位証明書を出す
っておかしいんですが。少なくとも大学の名前入りの書式で郵送してくるのでは? エール大学だと、文書にエンボスくらい押してあるかも知れん。日本の大学なら文書の右肩に当然割印を押してある。(証明書発行簿に割印を押すのが普通)

7/13付の朝鮮日報の社説。


【社説】ニセ博士を10年間ものさばらせた韓国の美術界

 若くして韓国の美術界で大成功を収めた人物が、これまで10年間にわたって学歴を詐称してきたことが明らかになった。この人物は米国の大学で学士・修士・博士の学位を取得したように見せ掛け、偽造した書類を提出して大学の助教授となっただけでなく、韓国を代表する大イベントの芸術監督を務めていた。

 東国大は11日、同大学のシン・ジョンア助教授が実際には米国のエール大学で博士号を取得した事実はなく、それどころか入学した記録すらないという公式通知をエール大から受け取ったことを明らかにした。これを受けて光州ビエンナーレの運営委員会は12日、シン氏の芸術監督への選任を中止した。シン氏はまた、学士・修士の学位については他の大学で取得したとしていたが、この大学も学部の3年までしか通っていなかったと報道されている。

 シン氏はこれまで、国内の美術界きってのキュレーター(美術館専門職員)として最高の待遇を受けてきた。1997年に20代半ばにして主要美術館のキュレーターを務め、大学教授、有名美術館の学芸研究室長、国立現代美術館の美術銀行推薦委員などを歴任してきた。何かにつけ証明書を必要とする現代社会で、偽の証明書が本物並みに通用することは少なくないが、審美眼や専門知識を必要とする美術界で10年以上にわたってシン氏の偽造証明書が通用し、また威力を発揮してきたとは、驚くしかない。

 シン氏は英語が達者で文章もうまく、弁が立って人を扱うのにも優れていたという。国内の重要展覧会を企画して数多くの賞を受け、主要紙でコラムまで担当していた。偽者だったからこそ、ここまでの威力を発揮できたのかもしれない。シン氏の実績や経歴を見るにつけ、芸術界や学界で通用している証明書が持つ意味とはいったい何なのか、そうした箔(はく)など実際の能力とはあまり関係がないのではないかという疑問を抱かざるを得ない。韓国の芸術界は、特定の個人を評価しなければならない場合にその実力を正確に鑑定することができないため、代わりに学力や履歴で判断しようという雰囲気に支配され始めているのではなかろうか。

 シン氏が大胆不敵な詐欺行為により多くの人々をだましたことは確かだ。だが今回の事件は、証明書が人物評価を決定するというおかしな状況を見詰め直す上で、貴重な機会を提供してくれたといえる。

ニセ博士号で地位を得たけれども、仕事はちゃんとやっていたというのが、この事件のかなり痛い部分だ。

で、問題のエール大学のファックスは
 やはりニセモノ
という結論に。
7/13の夕方の記事。


東国大助教授、エール大からファクスもニセモノだった

シン・ジョンア助教授の学歴・論文偽造疑惑

 東国大学のシン・ジョンア教授の博士学位偽造事件での問題となった「東国大学がエール大学から受け取ったとされるファクス」がニセモノであることが確認された。エール大学対外協力課のラインスティン氏は、12日に朝鮮日報がこのファックスを電子メールで送付して確認を要請した結果、「この書類はエール大学の学歴確認書の様式とは異なるニセモノだ」と回答した。同氏は電話でのインタビューで「署名したとされているシャーマイスター教授は現在不在中だが、彼女の助手に確認したところ教授はこのような署名を行ったことはないことを確認した」と述べた。

 ラインスティン氏はさらに「韓国から金紅男(キム・ホンナム=国立中央博物館長)と名乗る人物からもこの書類について本物か確認してほしいとの要請を受けている」と明らかにした。このファックスでは「シン・ジョンアは1996年8月に美術史学科に入学、2005年5月に卒業し博士学位を取得した」とされ、エール大学院副院長のシャーマイスター教授が「エール大学が発行し、わたしが署名したものだ」と確認したことになっている。

 シン教授が2005年に東国大学に採用された時と、2008年光州ビエンナーレ芸術監督選任にあたり提出されたこの確認ファクスニセモノであることが明らかになったことから、この書類は韓国内で偽造された可能性が高くなった。

 東国大学はシン教授のような特別採用のケースでは、履歴書・志願書・研究業績・学位論文・学位証明書のコピー・成績証明書の原本などの提出が義務付けられているが、2005年9月に彼女が提出した学歴確認書にのみ依存したとの非難を受けてきた。しかし現在この確認書もニセモノであることがはっきりした。この確認書をエール大学から直接受け取り、決済の署名まで行ったアン某教授は12日の時点で電話での連絡がつかなかったパリに滞在中とされているシン教授も現時点では所在がつかめていない

 これに先立ち12日午前、光州ビエンナーレ側はシン教授に対する芸術監督選任を撤回した。しかしまだ疑問が残る。まず「ニセ博士」であることが明らかになった彼女が、どのようにして10年もの長い間韓国の美術界と大学社会で疑われることなくウソをつき通せたのかという点だ。さらに彼女は錦湖美術館キュレーター(1997‐2001)、ソンゴク美術館学芸室長(2002年‐)、東国大学助教授(2005年‐)など美術界での重要な要職を占めてきた。

 錦湖文化財団の元幹部であるA氏は12日の電話インタビューで、「シン教授が錦湖美術館のキュレーターだった当時はエール大学の博士課程に在学中だと聞いていたが、当時錦湖グループ名誉会長だった朴晟容(パク・ソンヨン)元会長はシン教授がウソをついていたことを知り、辞表を出すよう促した」と語った。ソンゴク美術館のパク・ムンスン館長は書面でのインタビューで、「前任の室長からの推薦と錦湖美術館での経歴があり、特別に採用した。博士学位についてはまったく疑わなかった」と明らかにした。東国大学関係者も同じような証言を行っている。

 結局錦湖美術館キュレーターとしての経歴は、シン教授がその後の経歴を積み上げる上で決定的な役割を果たしたことになる。しかし錦湖美術館が当時彼女の学位偽造問題をあいまいに処理したことから、結果的に問題が大きくなったことになる。

李圭鉉(イ・ギュヒョン)記者

朴蘭姫(パク・ランヒ)記者

いや〜、
 最初が曖昧だったから、その後もそれで通っちゃう
って凄い。というか
 なんか変
だ。

続き。
なんか変と思うヒトはたくさんいるようで
 守護聖人の存在
が浮上。
7/14付の記事。

東国大助教授、採用過程もナゾだらけ(上)

 東国大のシン・ジョンア助教授(35)の博士号ねつ造事件は、時が経つにつれ、疑問が解消されるどころかより深まる一方だ。

 シン助教授が米国エール大から授与されたという博士号が「ニセモノ」だったという点は明らかになったが、まだ解明されていない事件の真相は、少しずつ明らかになりつつあるという状況に過ぎない。

 まず、東国大が2年前にシン助教授を特別に採用した際の経緯が不可解なものであり、また最近、シン教授の博士号がねつ造されたものだったことが判明した後も、同大のシン助教授への対応は生ぬるいものだった。そのため同大周辺の実力者が、シン助教授を擁護しているのではないかと疑う声も出ている。

◆ナゾだらけの東国大

 シン助教授は2005年9月、東国大大学院美術史学科の教授として特別に採用されたが、同学科の他の教授らの反発に遭い、講義を担当することができなかった。しかし、同学科で開講している大学院科目は「仏教美術」と「東洋美術(理論)」のみ。西洋美術(理論)を専攻したシン助教授に任せられる科目はもともとなかったのだ。

 同学科の関係者は「大学本部が先に(シン助教授の採用を)要請してきて、困惑した学科長が仕方なく受け入れを表明した。だが後になって、担当できる科目もなく、性格も合わないため、やはり受け入れることはできない、と話していた」と証言した。学科としての立場上、シン助教授を受け入れることは到底できなかったが、それにもかかわらず上からの要請で送り込まれたというわけだ。

 教授らの反発があまりにも激しいため、シン助教授は採用後すぐに大学側に辞表を提出した。だが大学側はこれを受理せず、シン助教授を6カ月間休職させた後、06年3月に教養大学院に異動させた。教務部門の関係者は「教授の所属学科の変更は、学科の構造調整やその他の特別な事情がない限り、そうしょっちゅう行われるものではない」と話した。シン助教授は教養大学院の助教授となった上、さらに省谷美術館の学芸室長職にとどまり続けるという厚遇も受けていた。

李圭鉉(イ・ギュヒョン)記者

朴蘭姫(パク・ランヒ)記者

げ〜。
 西洋美術史専攻の研究者が東洋美術史の教員に採用
って、
 あり得ない話
ではないか。怪しすぎる。
続く記事。


東国大助教授、採用過程もナゾだらけ(下)

◆東国大内部に「後援者」がいるのか?

 シン助教授の学歴ねつ造はこれまで数回にわたって問題になったが、東国大はこれを無視または隠ぺいしようとしていた、という疑惑が浮上している。

 同大のチャン・ユン元理事昨年末、ソウル大の尹東天(ユン・ドンチョン)教授から「シン助教授の博士論文は、1981年の米バージニア大の論文を丸写ししたものだ」という資料を渡され、またエール大の卒業生名簿にもシン助教授の名前がなかったことを確認し、今年初めに学歴ねつ造問題について言及した。だがその後、5月29日の理事会で、チャン元理事は突然解任された。

 こうした疑惑について、東国大のイ・サンイル学事支援本部長は13日、「真相調査委員会でシン助教授の招聘(しょうへい)、任命の経緯などについて徹底的に調査を行う」と表明した。また、当初は真相調査委員会による調査結果が出た後にシン助教授の懲戒処分を決めるとしていた同大は急きょ方針を変更し、一両日中に法人理事会に懲戒処分を求めた。イ本部長は「博士号がねつ造されたものだったことが判明した以上、罷免または解任といった、教授職を辞めさせる最高レベルの重い懲戒処分が下されることになるだろう」と話している。

◆あやふやな態度取る美術界

 一方、ねつ造された博士号を検証することもなく、シン教授を10年間も支援してきた美術界に対しても、「納得できない」といった批判の声が寄せられている。シン助教授は1997年、錦湖美術館のキュレーター(美術館専門職員)になって以来、美術家として輝かしい経歴を歩んできた。だが同美術館に在職中、すでに「エール大の博士課程に在学中」というのが嘘であることが発覚し同美術館を辞めており、このことは長い間美術界で噂になっていた。

 しかし、錦湖美術館と並ぶ一流美術館である省谷美術館は、2002年にシン助教授をキュレーターとして採用し、さらに学芸室長にまで昇任させていた。シン助教授の博士号ねつ造が発覚し美術界のイメージが地に落ちたこの期に及んでも、彼女を見出した錦湖美術館はノーコメントを通している。同美術館側は「朴康子(パク・カンジャ)館長は外部からの電話に出ようとしない」状況で、現在のところ公式な釈明も避けている。

李圭鉉(イ・ギュヒョン)記者

朴蘭姫(パク・ランヒ)記者

なんだか知りませんが、闇が深そうですね、東国大学と韓国美術界。

記事の翻訳が上がっているのはここまで。
しばらく、この話題から目が離せそうもない。

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