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2007-08-05

槙佐知子訳『医心方』の問題点 「果敢な挑戦」ではあるが、学術論文にそのまま引用できない水準 出版元である筑摩書房の担当編集者は怠慢の極み

2007-07-31 虎なんていないのに@医心方巻十八
http://iori3.cocolog-nifty.com/tenkannichijo/2007/07/post_b529.html
で、毎年現代語訳が筑摩から出ている
 槙佐知子訳『医心方』
が、
 なぜ大学図書館に入ってないのか
と疑問を呈したが、昨日の『医心方』研究班で、槙佐知子訳の極一部を見る機会があり、内容の検討がなされ、その理由がだいたいわかった。
1. 槙氏が医学や中国学の専門家ではないために、訳注の付け方や写本の校訂の仕方が恣意的で、典拠不明の文言があり、細かい誤りが多い
2. 誤りが多いだけでなく、明らかに校正不足
3. 槙佐知子訳は、学術論文に於いては、そのまま引用してはいけない水準
こういうわけで
 高価な書籍だが、そのままでは到底使えない「専門書の現代語訳」
なのだ。もし、槙佐知子訳『医心方』を学術論文で使うのであれば
 自分で『医心方』原文に従って、補訂した上で使う
のが、正しい。
 現代語があるから便利
とばかりに、そのまま引用すると
 誤りの上に、誤りを重ねる
ことになるだろう。

しかし、
 筑摩は、編集業務において、手を抜いている
としか思えない。一体、編集者は何をしているのか。少なくとも
 中国学に造詣のある編集者が担当しているとは思えない
のである。だいたい
 『唐書芸分略』
などという杜撰きわまりない訳注がつくのを放置しているのは、怠慢以外の何者でもない。一体、
 編集者は校正チェックを入れているのか
と思う。ちょっと説明すると、『唐書』と呼ばれる史書は
 『旧唐書』と『新唐書』の二種類
あり、どちらも書籍に関する解説目録を持っているが名称が違う。
 『旧唐書』は「経籍志」
であり,
 『新唐書』は「芸文志」
である。また
 芸分略
という不思議な名称は、恐らく
 南宋・鄭樵の 『通志』の「芸文略」
と混同した物だろう。つまり
 『唐書芸分略』
などという書物は存在しないのである。これは
 国立大学の中国の古典を扱う学科であれば、三回生で習得する水準の文献学的知識
である。ちなみに
 新旧二種類の正史があるのは『唐書』と『五代史』
であり
 引用するときは『旧唐書』『新唐書』『旧五代史』『新五代史』と新旧の別を明らかにするのが最低のルール
だ。
薬物名においても、植物では典拠不明の和名が載っており、甚だしい場合は
 植物の科名が間違っている
場合すらある。たった10数頁をみただけだが、
 有毒植物を薬用植物と混同している例
もあるのだ。

『医心方』の個人訳というのは、尊い仕事ではあるのだが
 もし、間違った処方を世に出した場合、それを使用した人が中毒などの被害を受ける
ことは、考慮されているのだろうか。
最近は、
 エコの流行
もあり、
 伝統医学の見直し
の機運もある。それはいいのだが
 『医心方』の現代語訳で処方部分の植物名に明らかな誤りがあり、人体に有害な場合もある
とすると、これはダメだろう。

少なくとも、筑摩書房と筑摩の担当編集者は
 読んだ人が、訳注に従って、「有毒でない」と思われる処方を実験する
ということも考えてほしい。少数の専門家が使う書籍だから、そうした間違いは放置しても大丈夫とタカをくくっているのだとしたら
 出版社としての見識を疑う
のだ。
 公刊された以上、誰もがアクセスできる公共図書館には収蔵されている可能性がある
のだ。
今は夏休みだ。もし
 小〜高校生が夏休みの自由研究で、図書館で借りた槙佐知子訳『医心方』に従って、処方を実験する
なんてことがあって、それが
 比較的入手が容易な有毒植物(庭木になるような植物にも有毒植物はある)を、「薬用植物」と間違って「処方」しているものにトライする
と、死に至ることはないにせよ、いいことはないだろう。

出版社は、自らの出版物にもっと責任を持ってもらいたい。恐らく、槙佐知子訳『医心方』に関しては、膨大な正誤表が必要になると思う。

しかし、筑摩書房って
 吉川幸次郎全集
を出してる出版社なんだよな。比較的中国古典には強い出版社だったはずなのだ。
その筑摩でこのていたらく。
しかも
 筑摩から出ている、高価な学術書
だから、普通は
 信頼に足る、すばらしい内容
だと思うわけで、二重の意味でショックだった。
大丈夫か、筑摩。

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コメント

医学書については興味がありませんが、専門書の翻訳と編集者の役割については思うところがあります。その関連で疑問がありますので教えていただければ幸いです。

『医心方』等は学術論文で論文執筆者以外の訳(すなわち槙佐和子訳)が、そもそも使用される可能性があるのでしょうか。あるとすればどのような場合でしょうか。

Mark W. Waterman, Ph.D.

投稿: Mark W. Waterman | 2008-03-16 21:41

コメントありがとうございます。
分かる範囲でお答えします。
中国医学が専門ではない場合『医心方』の手っ取り早い現代語訳として、槙佐知子訳を使う可能性があります。博士の想定される「学術論文」のレベルがわかりませんが、医学文献に関する文献学的操作が緩い分野では、当然使われる可能性があるでしょう。例えば国文とか国史あたりの論文、中国語の文献操作の訓練を受けてない科学者の書く生活科学や医学薬学の論文などです。医学書に関して言うなら、インド医学でも、似たようなことは起きるでしょう。サンスクリットが読めないから英訳で済ます、などということです。国文・国史では、日本語の一種、「漢文」として中国語文言を読む訓練はしていますが、医学書のような特殊な術語・記述を含む文献を扱うことは少ないですから、日本語訳が有ればそれで読む傾向があるようです。『医心方』などの医学書だけでなく、中国の正史の日本語現代語訳があればそれを使ってたりします。原語で丁寧に正確に読むより、二次資料を使って業績を早くたくさん上げることを重視する人には、所謂「漢文」文献の日本語訳はその出来不出来にかかわらず、重宝されています。

投稿: iori3 | 2008-03-17 10:24

ご丁寧にご教示ありがとうございました。学術論文の「レベル」というよりは、専門の周辺分野という「範囲」にまでは思い至りませんでした。

私も文献を漁る際は楽な言語でしますから、その際に見落としたり誤解する可能性はありますね。引用においてはなるべく原テキストに直接当たりますが、二次資料に頼らざるを得ない場合もありますから、おっしゃるとおりだと思います。

私自身、編集者の悪口をよく書いてしまうのですが、この場合は少し酷な気がしたので、実害の程度をお聞きしてしまいました。よくわかりました。ありがとうございました。(編集者の役割については、ここでこれ以上ご迷惑をかけられませんので、そのうち私のブログで書こうと思っています。)

MWW

投稿: Mark W. Waterman | 2008-03-17 13:41

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