多田千香子『パリ 砂糖漬けの日々 ル・コルドン・ブルーで学んで』文藝春秋社
34歳を機に、朝日新聞を辞めて、好きなお菓子作りを次の目標と決めた女性の半べそ系エッセー。バブル期にはよく
総合職から自分探しの退職→留学
という女性がいたけど、それともちょっと違う。
最初は、新聞社でキャリアの次が見えなくなった社員の辛さが書かれる。朝日は給料がいいので有名だが、それでも心は満たされない。「自分が必要とされなくなったときの身の置き方」について、まだ30ちょっとの女性があれこれ悩まなければならない、新聞社というアンシャンレジュームの弊害がそれとなく語られる。NHKだともっと逃げ場があるからなあ。そこら辺は私企業である新聞社と特殊法人日本放送協会の違いだ。
肩を怒らせていた男女雇用機会均等法第一世代とも違う、均等法が当たり前になってからの女性の身の振り方だ。均等法以前のキャリアウーマン組から見ると
なんて頼りない、なんてもったいない
というため息が漏れるだろう。戦って手に入れた権利ではなく
生得的な権利にたいする、均等法施行後世代の執着心のなさ
に嘆く40代半ば以上の女性キャリアは、たぶんこの本に反感を感じるだろう。
著者の父上は38歳で亡くなっている。その年齢にあと4年となったとき
あと4年しか生きられないなら、好きなことをする
と飛び込んだのが、フランスはパリのル・コルドン・ブルーだ。バブル期には駐在員の妻が
お稽古ついでに通う学校の一つ
だった。アパルトマンも、えいやっと買ってしまう。こうした
度胸のよさ
を、著者は当時を振り返って
知らなかったからできた
というが、それでもなんとか乗り越えてこられたのだから、それも運だし実力だ。
表紙にはパリで学んだお菓子がカラーでいくつも載っているけど、よくよく見ると
いわゆるパティシエのお菓子
とは違うのが分かる。著者が認めるとおり
ぶきっちょさんでも、お菓子は作れる
という実例なのである。その代わり
暖かみのあるお菓子
が並んでいる。そのお菓子同様に、暖かみのある、ほろほろと口の中で融けるサブレのような文体が、著者の持ち味だ。
フランス人は京都人とよく似ている。それを知ってか知らずか、著者は帰国後の住処を、初めて住む京都に決めた。言ったもん勝ちのフランスと、口には出さないけど「そんなんおやめやす」と目が語る京都は、実に心根がよく似ている。
著者の京都暮らしはまだ始まったところだが、パリで2年暮らせたのだから、なんとかなるだろう。せいだいおきばりやす、とエールを送っておこう。
パリのお菓子の本らしく、装幀も組版も洒落ている。
著者のサイト
おやつ新報
http://www.oyatsu-shinpo.com/
著者のblog
おやつ新報blog
http://d.hatena.ne.jp/oyatsu-shinpo/
わたしは菓子屋の5代目(といっても菓子屋はとっくにわが家では廃業しちゃったけど)だけど、甘いものを食べ過ぎると四肢麻痺を起こすという厄介な身体なので、著者のように毎日甘いものを食べ続けられないなあ。
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