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2007-10-18

唐詩を読む

久々に、唐詩を少し読む。というか、半年ばかり、唐詩とつきあうことになっている。
大暦年間の杜詩を読むと、10年前とは違った姿が見えてくる。これで一瞬だけど、博論書こうかと思ったこともありましたね(遠い目)。ま、暇に任せて繙く分には問題ない。ていうか、ここまでIT革命が進んじゃうと、テクストの読みというのは、IT革命以前とまったく変わっちゃってて、昔のやり方で読んでおしまい、というのは、良心に悖る。だから文学からは離れた。(そもそも哲学科卒だし)
日本人は唐詩が好きだが、中国の国語の教材を見てると
 幼稚園児が最初に覚える詩が唐詩
という位置づけで、
 童蒙の書
だったりするから、たぶん飽きちゃったりするんだろうな。去年、北京で買った幼稚園児〜小学校低学年向けの
 唐詩カード
も、その口だ。
パパが香港人、ママが大阪人の葉さんも
 あ〜、パパが子どもの頃『唐詩三百首』を読んでくれた〜
と言ってたな。広東語でパパが読んでくれる『唐詩三百首』というのも一度聞いてみたかったモノだが。
百人一首をやって万葉集に飽きるということはないから、断代じゃない詞華集はありがたい(ホントか?)

最近、酒量がめっきり減ったので、李白とつきあいが薄くなった。月夜に李白の詩を読みながら、独酌するのは、研究室ではよくある話だったけど、確かに、ラジオもテレビもなかった(但しモデムと電話とコンピュータはあった)生活をしていた頃は、それはそれで風流なものだった。
今は家の外が煌々と明るいので、月の光も差してるんだか差してないんだか分からない。比叡山の麓に住んでいた頃は、月で影ができるのがはっきり分かった。闇夜のない都会の生活は、別な意味で恐ろしい。十五分も歩けば、春日大社があり、春日大社の参道は、今なお夜の闇を蔵している。萬燈籠の夜には、誰もがそれを体験できる。

月下獨酌 李白
花間一壺酒、獨酌無相親。
舉杯邀明月、對影成三人。
月既不解影、影徒隨我身。
暫伴月將影、行樂需及春。
我歌月徘徊、我舞影零亂。
醒時同交歡、醉後各分散。
永結無情遊、相期邈雲漢。

李白は好き過ぎて、全然研究対象にならない。そんなつまらないことをするよりは、一緒に李白と遊んでいたい。本当に好きな女性とは結婚しない、って感じに似てるかも知れない。

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コメント

お誕生日おめでとうございます。

投稿: おでっさ | 2007-10-19 01:47

おでっささん、ありがとうございます。
今年はケーキなしです。

投稿: iori3 | 2007-10-19 10:44

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