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2007-12-02

木簡学会一日目@12/1

珍しく、木簡学会の発表が新聞で取り上げられている。
産経より。


和歌専用の長い木簡使用か 各地で出土の木簡を調査し判明 大阪市大教授が新説
2007.12.1 21:27

平城宮跡で出土した和歌の木簡。もとの長さは通常の数倍の長さだったと推察された=奈良市の奈良文化財研究所

 古代人は、通常よりも数倍長い専用木簡に和歌をしたため、儀式で朗々と詠み上げた-。そんな新説を、大阪市立大大学院の栄原(さかえはら)永遠男(とわお)教授(古代史)が1日、奈良市の奈良文化財研究所で始まった木簡学会の第29回研究集会で発表した。栄原教授は「歌会などで用いたのでは」と推察しており、独特の木簡の形態に迫る報告として注目される。
 栄原教授は、全国各地で出土した和歌が記された木簡を調査。荷札や役所の文書が記された一般的な木簡には十数センチ程度のものも多いのに対し、和歌が記された木簡は数倍長いものが目立った。
 「皮留久佐乃(はるくさの)皮斯米之刀斯(はじめのとし)」と記された難波宮跡(大阪市)出土の7世紀中ごろの木簡は、長さ18・5センチで途中で折れていた。栄原教授は、1首31文字が1行に書かれていたと仮定し、もとの木簡は文字部分だけで推定49センチ、余白を含めた全体はさらに長かったと推測している。
 また「目毛美須流…」で始まる平城宮跡(奈良市)出土の8世紀後半の木簡は長さ58・5センチだったが、同様にもとの木簡は文字部分だけで74センチだったと推測。裏には目盛りが残っており、物さしだったものが転用されたと考えられるという。こうした歌専用の木簡は「難波津の歌」が書かれたものなど約十点を確認。多くは通常の木簡の数倍の長さだったという。
 栄原教授は「フォーマルな場に長大な木簡を持っていき、唱和したり単独で読んだりしたのではないか」と推測。木簡学会に出席した犬飼隆・愛知県立大教授(言語学)は、この説について「公式の場で歌うために使われた専用木簡があったという指摘は画期的だ」と評価している。

実は、この新聞に写真が掲載されている木簡について、昨日、展示室で犬飼先生と議論をしていたところで、今日午後の質問タイムにまとめて質問の予定。ついでに資料も配付しようっと。(なんか最近、よく、木簡学会でボランティアで配付資料作ってるな)
栄原先生は、7月の「美夫君志会」(万葉集専門の名古屋の学会)で、この長い「和歌木簡」について発表されたが、昨日の発表では、更に発展した考察を述べられているというのが、「美夫君志会」に出席された犬飼先生から伺った話。栄原先生は、純粋に
 文物としての木簡
というアプローチ。
 和歌の中身は専門家にお願いします
ということだった。
犬飼先生は、万葉学者として、同時代の和歌という観点で考察されている。
ただ、この「物差し転用(というのが栄原説)木簡」については、記された和歌の内容、筆跡、物差しとの関係など、議論の余地がまだあるので、たぶん、今日の質疑応答タイムのメイン題目の一つになるのではないかと思う。
犬飼先生は、この「和歌木簡」について、すでに論文をお書きだとのことなので、刊行が待たれる。

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