NHK視点・論点「皮膚から万能細胞」山中伸弥京都大学再生医科学研究所教授(全文)
山中伸弥京大教授がNHKの10分番組
視点・論点
で
iPS細胞研究
についての概説を自ら行った。
放映時間が昨夜21:50-22:00と今朝4:20-4:30と、
見逃す公算大
のよくない時間だったので、
見逃してしまったあなた
のために、放映内容を聞き取り、全文再録した。聞き取りが間違っていたら、ごめんなさい。(画像はクリックすると拡大します)
山中伸弥教授
キャプション「米科学誌セルに人工多能性幹(iPS)細胞作成を発表 世界的注目を集める」
わたしたちは最近大人の皮膚の遺伝子に3つの遺伝子を導入することにより、万能細胞を作ることに成功しました。今日はこの新しい万能細胞の可能性と課題について解説します。
わたしたちの身体は200種類以上、合計60兆個の細胞から出来ています。病気やケガでは、細胞の機能が損なわれます。病気やケガの中には、外から元気な細胞を補う、すなわち移植することにより回復が期待できるものも多くあります。
例えば、パーキンソン病は脳の中で特別な種類の神経細胞の機能が損なわれることにより、スムーズに動くことが出来なくなる病気ですが、神経細胞を移植することにより、症状が回復することが知られています。
また、インスリンというホルモンを作る膵臓の細胞が損なわれると、血液の中の糖濃度が上昇し、糖尿病になります。しかし、インスリンを作る細胞を移植することにより、病気の進行を抑えることが出来ます。
また、交通事故やスポーツによるけがで、脊髄が損傷すると、下半身や上半身の麻痺が起こりますが、損傷が発生して10日目くらいの時期に、神経系の細胞を移植することにより、麻痺の程度が軽くなることが、動物を使った実験により示されています。
このように、多くの病気やケガは、外から元気な細胞を移植することにより治療することができます。
他にも心不全・白血病・火傷・骨粗鬆症など、多くの病気やケガで、細胞移植療法が期待されています。
これらの病気やケガに対しては、臓器そのものではなく、細胞を移植することにより、効果があると考えられています。
細胞移植療法における最大の課題は、移植する細胞の確保です。パーキンソン病に対しては、中絶胎児から神経細胞を採取することが外国で行われていますが、胎児を用いることの倫理的問題から、わが国では認められていません。
糖尿病に対する細胞移植は、膵臓からインスリンを作る細胞を取り出して行われますが、脳死者からの膵臓摘出や患者のご家族の膵臓の一部を切除することが必要であり、実施例は限られています。
細胞さえ移植すればよくなる患者さんの多くは、移植する細胞が手に入らないために、苦しみ続けたり、場合によっては亡くなったりしています。
この問題を克服する切り札として考えられているのがES細胞です。ES細胞は受精卵から作る万能細胞であり、身体に存在するさまざまな細胞へ分化できる多能性を維持したまま、ほぼ無限に増やすことが出来ます。ES細胞を大量培養した後に、神経細胞やインスリンを作る細胞に分化させると、多くのパーキンソン病や糖尿病患者に移植する細胞を準備できると期待されています。
理論上は、一つの受精卵に由来するES細胞があれば、日本中の患者さんへの移植に必要な細胞を用意できると考えられています。
しかし、ヒトES細胞の利用は受精卵の破壊を伴うことから、慎重な運用が求められています。利用に反対の立場を取る人も多いのが現状です。
我が国では、ヒトES細胞の使用に対して、厳しい規制があり、諸外国に比べて研究が遅れる一因となっています。
倫理的な問題に加えて、ES細胞を使った細胞移植療法には、拒絶反応という問題も存在します。
受精卵から作成するES細胞は、患者さんご自身の細胞とは異なるために、細胞移植に用いた場合、拒絶反応が起こってしまいます。
わたしたちはこれらの問題点を克服するため、患者さんご自身の身体の細胞から、ES細胞に近い能力を持った、万能細胞の開発に取り組んできました。その結果、マウスやヒトの皮膚細胞に3つの遺伝子を導入することにより、ES細胞に類似した幹細胞万能細胞であるiPS細胞を樹立することに成功しました。
万能細胞
ES細胞(胚性幹細胞)
受精卵→ES細胞
iPS細胞(人工多能性幹細胞)
皮膚細胞→iPS細胞
3遺伝子
iPS細胞は、ES細胞と同様に、分化多能性を維持したまま大量培養が可能です。受精卵を利用しないことから、倫理的な問題も少ないと考えられます。
さらに、患者さんご自身の皮膚の細胞からiPS細胞を作れば、移植後の拒絶反応も回避することが出来ます。
倫理的問題と拒絶反応という二大問題を一気に解決できることから、細胞移植療法の実現へ向け、大きく前進したと考えられます。
iPS細胞の利用方法は、細胞移植療法だけに止まりません。医学の研究や、薬の開発においても、大きく期待されています。
例えば、心臓に異常のある患者さんの皮膚細胞から、iPS細胞を作り、大量培養させた後に、心臓の細胞を作成することも可能となります。このようにして作られた心臓の細胞は、その患者さんがなぜ病気になったかという原因の解明、その患者さんに効果のある薬の探索、さらには、その患者さんに起こる副作用の予見などに役立つと期待されています。
しかし、iPS細胞を医学や創薬に利用するためには、まだ、多くの課題があります。
まず、iPS細胞から、実際の移植や研究に必要な細胞へと分化させる技術を確立する必要があります。
iPS細胞の課題
・分化誘導法の確立
すでに、iPS細胞から、神経細胞や心臓の細胞へ分化させることには成功していますが、より確実に、目的の細胞だけを作成する技術が求められています。
他の細胞、例えば、インスリンを作る細胞の作成は、まだまだ難しく、今後の更なる研究が必要です。
次に、安全性の問題があります。
iPS細胞の課題
・分化誘導法の確立
・安全性の確認、より安全な樹立方法
iPS細胞は3つの遺伝子を導入して、人工的に作成する幹細胞であるため、腫瘍を作らないかどうかなど、慎重に検討する必要があります。より安全にiPS細胞を樹立する方法の開発も重要な課題です。
安全性が保証されない限り、細胞移植療法には使用することは出来ません。
これらの研究を効率よく推進する研究体制の確立も重要な課題です。
iPS細胞の課題
・分化誘導法の確立
・安全性の確認、より安全な樹立方法
・大学、研究所を超えた、研究体制の整備
アメリカやイギリスなどの主な大学には、高度な施設と装備を備えた幹細胞の研究所が作られており、多くの研究者が協力しながら研究を進めています。
また、これらの国では、巨額の研究費が幹細胞のために使われています。
韓国、中国、シンガポールなどでも、幹細胞研究が重要課題として推進されています。
今後、我が国が、iPS細胞の研究において、優位性を保つためには、多くの研究者が大学や研究機関の壁を越えて協力し、強力に研究を推進できる体制を緊急に整備することが必要です。
また、幹細胞研究のためには、適切なルール作りも必要です。
iPS細胞の課題
・分化誘導法の確立
・安全性の確認、より安全な樹立方法
・大学、研究所を超えた、研究体制の整備
・適切なルール作り
我が国は、ヒトES細胞研究に関して、世界でももっとも厳しい規則、規制の一つを引いており、結果として研究の進行が諸外国よりも遅れています。
iPS細胞は、能力的には、ES細胞とほとんど同じです。しかし、その作成に当たって、受精卵は利用しません。
iPS細胞の悪用、間違った使用は防止するが、再生医学や創薬への応用に向けた研究は、速やかに行えるような、適切なルール作りが求められています。
ヒトiPS細胞の樹立は、細胞移植療法の実現に向けて、大きな前進です。
しかし、ゴールはまだ遠く、現状では治療に用いることは出来ません。
iPS細胞が患者さんの役に立つように、これからも迅速で、かつ慎重な研究が必要です。
以上が、「視点・論点」での山中教授のすべての発言内容である。
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コメント
今回の山中伸弥京都大学再生医科学研究所教授による「皮膚から万能細胞」と題するご発表を拝見し、この学問・医療の今後の発展に大きい期待と希望を抱く者の一人です。個人のことになって申し訳ありませんが、私は十数年来「気管支拡張症」と「非結核性抗酸菌症」のため受療中です。これらの病気の罹患率は現在特に高いものではないとの事ですが、今後の増加が予測されています。一方、いずれも現在の医療では根治不可能とされ、有効な治療法の確立が望まれています。しかし教授が述べられている「細胞移植療法」などが完成すれば、治癒への道が開かれるのではないかと愚考いたします。今後これらの研究を行うに当たって、もし被験者が必要な場合は喜んで参加させていただきたいと考えます。ご研究の発展を心よりお祈り申し上げます。
投稿: 橋本 和夫 | 2008-06-17 11:50