« 奈良は雪 | トップページ | 2.18企画 我々は福島大野病院事件で逮捕された産婦人科医師の無罪を信じ支援します »

2008-02-17

トーマス・M・ディッシュ/朝倉久志訳『いさましいちびのトースター』『いさましいちびのトースター 火星へ行く』早川SF文庫

先週の日曜の朝、BBSの友達が、青くなっていた。
 オーブントースターのスイッチを入れたとたん、家中のブレーカーが落ちた
というのだ。しかも
 これからUPSをつなぐつもりだったサーバのディスクが飛んだ
上に
 つなぎ替えるために設定ファイルだけ書き換えてあった
という悲劇。おもわず
 いさましいちびのオーブントースター
と返事をしたら
 勇ましすぎる
と泣かれた。まさかオーブントースターで飛ぶとは、普段は考えないからなあ。

さて、『いさましいちびのトースター』シリーズの2作は、SFファンにはおなじみの、子どもが読んでおもしろく、大人が読んで考えさせられる作品である。いつ注文を掛けても、品切れで手元になかったのだけれども、上記のやりとりをした後に、アマゾンを覗いたら、2作ともあったので、早速入手した。
朝倉久志さんの訳は、こなれていて読みやすい。
『いさましいちびのトースター』は、森のそばの別荘にうち捨てられてしまったトースター・電気毛布・電気スタンド・掃除機・AMラジオが力を合わせて、だんなさまの都会のマンションに行き着く冒険を描いたファンタジーだ。「人間のために働くのが幸せ」な5つの電気製品は、最後に新しい女主人のもとに落ち着くことになる。
『いさましいちびのトースター 火星へ行く』では、アインシュタインが話の核を作る。アインシュタインが作った補聴器が、相対性理論や、アインシュタインが明らかにしなかった理論を駆使して、トースター達と火星旅行に出かけるのだ。補聴器のおかげで、人間達を皆殺しにしようと企てていた火星の電気製品の企みを知った電気製品達は、アインシュタインの理論を元に、火星へ飛び立つ。そして、殺人のために作られた電気製品達を説得して、平和をもたらし、地球に戻ってくるのである。
電気製品達は、人間の前では動いたり、しゃべったりしないので、こうした苦労や冒険は、ご主人には知られないまま、ひっそりと終わる。
冒険の後も、電気製品達は、「人間のために働く幸せ」な生活を続けるのである。

表紙見返しには、
 ディッシュ本人と愛用しているクロームメッキのトースター
の写真が載っている。アメリカの家庭で今も愛され、日本では60年代のたいていの家庭にあった、ポップアップトースターである。好みの加減に焼き上がると、ぽんとパンが飛び出す、あのトースターだ。
メカニズムが単純で、頑丈で、壊れにくいのが、ポップアップトースターの取り柄だ。
日本だと
 電気炊飯器
がポップアップトースターの位置に来るのだろうけれども、電気炊飯器はしょっちゅう新型が出るし、ポップアップトースターよりは壊れやすいから、ここまで愛着をもたれることもないだろう。
ディッシュの作品は80年と88年に書かれたものだが、その当時の日本は、トースターと言えば、オーブントースターが幅を利かせ、薄いかりかりのトーストが好きなヒトでもなければ、ポップアップトースターをわざわざ使うこともなかった。なにしろ、ディッシュの作品では
 マフィンを焼くのが苦手なトースター
という設定なのだが、日本では
 ポップアップトースターでは餅が焼けない
という欠点が問題になる。それに
 日本では厚切りふわふわのトースト
が好まれるから、普通のポップアップトースターでは焼けなかったりするのだ。
その点、オーブントースターは、小さいオーブンとして、いろんな調理ができるから、便利に使われている。ほとんどの厚さのトーストだけでなく、餅もグラタンもピザも、オーブントースターがあれば何とかなるからな。
『いさましいちびのトースター』は、毎朝かりかりに焼いた薄いトーストを食べる習慣と、クロームメッキでぴかぴか輝く
 アメリカの家電製品の黄金時代
があって、成立する物語だ。
『いさましいちびのトースター 火星へ行く』では
 ポピュラックス
というブランド名の家電製品が
 人間を敵と見なす
のだが、このPopuluxeという言葉は1987年に出版された
 Thomas Hine : Populuxe/the Look and Life of America in the '50s and '60S, from Tailfins and TV Dinners to Barbie Dolls and Fallout Shelters
から取られている。未読だが、ディッシュは序文で、トマス・ハインの同著を上げて、
 1954年から1964年までの美しい一時期、家庭電気器具の黄金時代をさした言葉
だと言及している。
このポピュラックス製品たちが人間を敵視するに至った理由は、
 計画的旧式化
だった。その部分を引用する。


ポピュラックス・ブランドの電気器具は、デザインがウルトラモダンな上に、他社の同じクラスの製品の半値で売り出される予定なのです。しかし、(ここからがずるがしこい広告代理店重役のアイデアですが)この電気製品は二年ほど使うとこわれてしまうので、新品に買いかえなくてはなりません。買いかえた新品も、また二年でこわれます。広告代理店の重役は、わざと普通よりも早くこわれるように設計することを〈計画的旧式化〉と呼んで、アメリカではすでに大成功しているが、ポピュラックス製品の場合は、二倍も早くこわれるから、二倍の利益が上がるはずだ、と説明しました。(p.115)

ソニータイマーですか、ディッシュ。
アメリカの家電製品って、コストコに並んでいるオスターのミキサーとか、ちょっとやそっとでは壊れそうもないようにみえるもんなあ。

ところで、先週の日曜日、オーブントースターに「つうこんのいちげき」を見舞われた友人は、無事システムが立ち上がり、最悪の事態は免れたようだった。

|

« 奈良は雪 | トップページ | 2.18企画 我々は福島大野病院事件で逮捕された産婦人科医師の無罪を信じ支援します »

コメント

あぁ、なつかしくも嬉しい作品名が。
私の大好きな作品です。
私の持っているのは、吾妻ひでお氏が挿絵を描いている版です。
この作品を好きな人は多いようで、イラストレーターの水玉蛍之丞氏は、自身を「いさましいちびのイラストレーター」と呼んでいますね。
私もあやかって、某所では「いさましいちびの○○○(伏せ字は職業名)」というハンドルを使用しています

投稿: usausa | 2008-02-17 21:34

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: トーマス・M・ディッシュ/朝倉久志訳『いさましいちびのトースター』『いさましいちびのトースター 火星へ行く』早川SF文庫:

« 奈良は雪 | トップページ | 2.18企画 我々は福島大野病院事件で逮捕された産婦人科医師の無罪を信じ支援します »