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2008-06-08

1988年、やっと電気が来た「タイマグラ」

タイマグラ、ってどこだろうと思ったら、これはなかなか凄いところにあった。

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早池峰神楽で有名な早池峰山の東にあるのね。
タイマグラには、キャンプ場がある。岩手県川井村のサイトから。


タイマグラキャンプ場

 早池峰山の南麓をタイマグラと呼び、その大自然の懐にキャンプ場があります。施設内には芝地のフリーサイト約100張、常設テント8張、野外炊事場、トイレなどを完備。渓流釣りやハイキングを気軽に楽しむ環境が整っています。
(略)
■ 場所
 下閉伊郡川井村大字江繋(タイマグラ)
     
■ 利用期間
 5月1日から10月31日まで(降雪状況により変更される場合があります)
     
■ 交通
 国道106号川井から国道340号で遠野方面へ、江繋から県道紫波川井線で早池峰山方面へ10km。

この集落には1988年まで電気が来てなかったという。地図を見ると分かるが、これはかなりの困難を伴う工事が必要だ。
朝日より。


日本最後に電気が来た「タイマグラ」 20年で人口7倍
2008年06月08日11時02分

 1988年12月に国内で最後に電気が通じたとされる岩手県川井村江繋のタイマグラ地区で7日、東北電力などの工事関係者と村、住民らが20周年の記念植樹をして祝った。

 当時、通年で住んでいたのは開拓農民で入植した向田久米蔵さん(当時91)とマサヨさん(同67)夫婦ら2世帯3人だった。いま通年住民は6世帯21人。うち11人が2歳から中学1年の子どもたちだ。

 電気は、約8キロ離れた大きな集落から150本の電柱を立てて引いた。向田さん夫婦に「紅白歌合戦を見せたい」と、通常なら4カ月かかる工事を突貫の2カ月でやり遂げた。設備の多くは当時のままだが、この日の点検でも「異常なし」と報告された。

 仙台市から来た当時の工事現場の指揮者だった小田達夫・ユアテック執行役員電力本部配電部長は「難工事だったからこそ思い入れがある。あんな工事はもう経験できない」という。

 工事の最高責任者だった元東北電力宮古営業所長の大川雄也さん(75)は「苦労して電気を届けたので、この集落も長く続いて繁栄してほしい」と話した。

地形を見る限り、山また山。尾根筋に沿って道がある。
タイマグラを訪れた鬼峠さんのレポートによると、早池峰シャトルバスがあるので、タイマグラに入るのは、そう難しくはないとのことだが、インフラ整備はバスを通すようにはいかないだろうからなあ。シャトルバスも、タイマグラに入る前に、小さい車に乗り換えなければならない。細い山道を通るのだ。
冬は早く訪れるだろうし、タイマグラに住んでいる子ども達の学校はどうなってるんだろう。バスで、通っているのかな。

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