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2008-06-28

立松和平の栃木弁

立松和平が、
 二度目の盗作騒動
を起こした。前回
 光の雨事件
では、立松の盗作は大騒ぎになったが、今回はそれほど騒がれてないのは
 立松が作家としては終わっている証拠
でもあるし、それ以上に
 文学がとっくに終わっている状況
を示している。いまの立松は
 小説も書いたりする「文化人」
であり、講演やイベントに顔を出して稼ぐ方が多いだろう。このシステムは、芥川龍之介在世の頃にはすでにあった。
 文学の原稿料は驚くほど安い
んだそうで、作家は
 いくつか文学作品を出して賞を取る
ことで、「作家としての地位」を上げ、同時に
 講演料がアップする
仕組みになっているらしい。
 執筆の合間に講演
なのだが、講演の方が、遙かに小説を書くよりは簡単で時給も高い。ま、最近は
 「受賞小説」は宣伝用の材料
って位置づけなんだろうと思う。こんなサイトを見ていると、現代の日本で、文学のポジションがどうなっているか、よく分かるのだ。
新人賞をとって作家になる!
新人作家が講演で稼いで、執筆時間を確保できない風潮を、30年くらい前に嘆く評論を文芸誌で読んだことがあるが、今は、もうそれは「当たり前」で、
 自分の才能を見極めて、話題性のある内に手っ取り早く稼いで消えていく作家
というビジネススタイルもありだろうな。誠実に書き続ける営為はしんどいからね。でも
 以前〜賞を受賞した
という経歴は消えないから、別な仕事についていても、そのことがプラスに働く仕事であれば、いいわけだ。少なくともマスコミに対しては使えるカードだ。しかも、一度受賞しちゃうと
 断筆宣言でもしない限り「作家」
扱いだからね。

朝日より。完全に、立松擁護体制の報道。


立松和平氏の小説「二荒」絶版、他の著作と類似指摘受け

2008年6月28日10時9分

 作家の立松和平氏の小説「二荒(ふたら)」(新潮社)の内容の一部が、「日光鱒釣紳士物語」(山と渓谷社)と類似していることが、著者の福田和美さんからの指摘でわかり、新潮社は28日までに「二荒」を絶版とした。

 新潮社は指摘を受けて検討した結果、「福田氏の著作の創作部分の一部を、立松氏が歴史的事実と誤認して使用した個所がある。参考文献として明示してはいるが、参考の域を超えた使用の仕方だ」と判断したという。

 立松氏は「大変驚きました。『はじめに』で福田氏は歴史的事実を書いたと強調しているし、私の知識や取材結果と内容が合致しているので、『日光鱒釣紳士物語』の内容はすべて歴史的事実と思いました。紛争を回避するため、新潮社と相談のうえ絶版としました。書き直したものを再出版する予定です」とのコメントを出した。

朝日は立松と仲がいいから、立松寄りの報道である。つかさ、
 版元に盗作と認定されているのに、この立松のコメントは何だ
って話で。まるっきり
 立松の代弁者
じゃないか、朝日新聞文化部。そんなに、
 立松の擁護をしないと、売り上げに響く
のか。
朝日の天敵NHKも
 立松をよく使うテレビ局
なので、今回の話を大事にしたくはないだろう。「奈良で仏教関係」などの番組制作のとき
 文化人キャスティングのトップの方に入っているのが立松和平
だったりするからな。これから遷都1300年祭があるので
 是非、どこかで立松を使いたい
という企画を立てているCPがいるだろうと思われる。てか、NHKのキャスティング能力ってそんなもん。一度
 この人は仏教ネタで使える文化人
というキャラ付をすると、何十年経っても、同じキャスティングで使う。

立松は、朝日やNHKには都合のいい文化人で、最近では、
 仏教系イベントでスピーカーとして立松を呼ぶ
なんてことをしている。朝日もNHKも
 商売の関係で、立松にあまり傷を付けたくない
だろう。テレ朝「ニュースステーション」時代には、立松はレポーターとして、
 こころと感動の旅
を担当、出演していた。立松は栃木弁で訥々と話すので、
 容貌や服装も含め、いかにも純朴で、誠意がありそうに見える
のが、テレビ的にも、本人のイメージづくりにも実においしかった。
立松を呼ぶようなイベントに来る善男善女は
 後期高齢者の方々がメイン
だろうからな。こうした方々は
 情報弱者であって、かつ一度ついたイメージがなかなか払拭できない
から、
 「ニュースステーション」時代の立松
を見に、イベント会場に足を運ぶだろう。

読売は客観的。


立松和平氏「二荒」絶版、日光市職員の著作と類似点

 作家の立松和平氏の小説「二荒(ふたら)」(新潮社)の内容の一部が、栃木県日光市職員の福田和美氏の著作「日光鱒釣紳士物語」(山と渓谷社)の記述と類似していることが分かり、新潮社は27日までに「二荒」の絶版を決めた。


 福田氏からの指摘を受けて同社が調査したところ、昭和初期に中禅寺湖で鱒釣りに来ていた外国人と地元のガイド役との交流を描いた「二荒」の第二章の冒頭部分が、福田氏の作品の創作部分と類似していた。

 立松氏は、本の巻末の参考文献に同書の名前を挙げていたが、新潮社は「使用の仕方が参考の域を超えていると判断せざるを得ない」とし、立松氏と協議の上、絶版とした。

 立松氏は「内容は、歴史的事実と思いました。紛争を避けるため、絶版にしました。書き直したものを再出版する予定」などとコメントを発表した。

(2008年6月27日15時18分 読売新聞)

毎日はそれほど擁護してない。


絶版:立松さんの小説「二荒」、別人の著作と類似--新潮社

 作家、立松和平さん(60)の小説「二荒(ふたら)」(新潮社)の記述の一部が、栃木県日光市職員、福田和美さんの著書「日光鱒釣紳士物語」(山と渓谷社)と類似していることが分かった。新潮社は27日までに「二荒」を絶版にした。

 「二荒」は、日光市を舞台に、実在の人物をモデルにした恋愛小説。昨年9月に刊行され、今年2月、福田さんが自分の本に似ていると指摘。新潮社が調査したところ、第2章の冒頭、登場人物のせりふなどが福田作品の創作部分と似ていた。新潮社は「参考文献として挙げていたものの、参考の域を超えて使用していると判断せざるを得ない」と、4月末に絶版を決めた。

 立松さんは「福田さんの前書きなどからすべて歴史的事実と思いました。紛争を回避するため、絶版としました。該当部分を書き直したものを再出版する予定です」など文書でコメントを発表した。

 立松さんは93年に小説「光の雨」を文芸誌に連載中、小説が連合赤軍事件の坂口弘死刑囚の自伝的著作に酷似していたことから「盗用だ」と、支援者らの抗議を受けた。この時立松さんは無断引用を認め全面的に謝罪、連載を中止している。【岸桂子】

毎日新聞 2008年6月28日 東京朝刊

光の雨事件について、字数を割いている。

スポニチは鋭く突っ込んでいる。


立松和平氏またパクリ…新潮社は小説「二荒」絶版に

◆ 日光市職員著書と類似 ◆

 作家・立松和平氏(60)が昨年発表した小説「二荒(ふたら)」(新潮社)の一部が、9年前に出版された本と酷似していることが分かり、新潮社は27日までに同書を絶版にした。

 立松氏は1993年、雑誌に連載中だった連合赤軍リンチ事件を扱った「光の雨」が、メンバーの手記と似ているとの指摘を受け連載を打ち切ったことがある。当時、立松氏は関係者に謝罪するとともに、テレビや講演会活動を自粛した。

 立松氏が引用していたのは日光市職員・福田和美さんの著書「日光鱒(ます)釣紳士物語」(山と渓谷社)。新潮社などによると、日光に釣りに来た外国人をめぐって「二荒」の中で描かれたガイドの会話が、福田さん創作のせりふと類似していた。

 立松氏は福田さんの著書に「本の内容は『歴史』である」と書いてあったことを挙げ「同書を歴史的事実であると思った」と説明。巻末で「日光-」を参考文献として挙げたが、同社は「参考の域を超えている」として絶版を決めた。

 立松さんは「紛争を回避するため、新潮社と相談し絶版にした。該当個所を書き直したものを再出版する予定」とコメントした。「二荒」は人間の生について描いた長編で“作家生活30年の到達点”との触れ込みで出版された。
[ 2008年6月28日付 ]

スポニチは、前提となる
 光の雨事件の顛末
にちゃんと触れているし、今回問題になった「二荒」が
 作家生活30周年の「記念出版」的作品
であることにも言及している。こうした
 立松の「作家としての誠意」を疑わせるような事実
を、なぜか全国紙の方が書かないんだから、いかに、最近の新聞社が
 イベントを重視してるか
って話ですな。
 「客を呼べるタレント文化人立松和平」の値打ち
を、あまり下げたくはない、ってことだろうね。

で、ちょっと呆れる話をすると、立松が今回盗作した書籍の出版元「山と渓谷社」は、立松の書籍の版元でもあるわけだ。自分の版元から出ている他人の出版物を盗作ってところが、モラル的に信じられない。

やっぱり
 立松の栃木弁
に騙される人が、世の中には多いってことだな。二度も盗作問題を起こす人間が
 作家として誠実
であるとは、到底思えない。盗作問題というと山崎豊子が有名だが、こちらは社会小説のヒトだ。立松はいわゆる「文学」としての小説を書いてたはずなんだが、文学って
 作家のオリジナリティが生命線
だったんじゃないのか。
たぶん、今後も立松は生き延びていくんだろうし、それは
 日本の文化水準がそういうもの
だということだ。

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コメント

うちの高校に来た時の講演はひどいものでした。
5年以上前ですが、当時最も下手な授業だった先生よりもつまらない。

投稿: そういえば | 2008-06-28 12:47

脳が汗をかくような文学は、この国ではもう終わった感じですかねぇ、、、。
開高健、池波正太郎など、30代にしてあれだけの厚みを持っており、すでに孤高の存在だった、なんてのはもう出てこないでんでしょうねぇ、、、。

投稿: ttanabe | 2008-06-28 15:25

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