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2008-07-16

毎日新聞の英文記事、主婦および看護師を始めとする医療従事者の怒りを買う(番外編)今回の騒動から透けて見える「毎日新聞社員の特権意識」とメディアの潮目の変化

今回の
 毎日新聞の英文記事WaiWaiが日本人が性的放縦であるとする事実誤認の内容を長きにわたって垂れ流してきた件
だが、この事実を今以て毎日新聞が何ら訂正する意志がなく、あまつさえ
 七月中旬になっても、一向に調査結果を公表する気配がない
のには、いくつかの要因があると思う。すでに、いろんな人が触れているところだけれども、取りあえず、気がついたことを書いておく。

1. 毎日新聞社員の突出した選民意識
わたしが毎日新聞に対して疑問を抱いたのは、実は今から30年以上前に遡る。西山事件がきっかけになり、経営難が表面化していた1975年以降ある年の春の選抜高校野球大会開会式(だったと思う)の挨拶で、当時の毎日新聞社長が「毎日新聞は不滅です」という趣旨の発言をした。高校球児が競う大会で、何故「毎日新聞の経営について挨拶で言及しなくてはならないのか」と、10代だったわたしは甚だ奇異にも感じ、高校野球を自社の宣伝媒体として、生放送故、ノーカットでテレビでもラジオでも全国に流れるNHKの放送電波を通じて利用するそのあり方に、嫌悪感を抱いた。この時以来、毎日新聞は、講読対象ではない。
春の甲子園を自社宣伝の為に私物化した30年以上前の社長の挨拶と、今回のWaiWai騒動とは、軌を一にするのではないかとわたしは考えている。
毎日新聞の社史を繙くと、
 1872年、東京日日新聞創刊
から、毎日新聞の歴史が始まったと記されている。創刊130年を超え、1874年創刊の読売、79年創刊の朝日よりも、古い歴史を持つことが、恐らくは毎日新聞の誇りである。
業績に関して言えば、朝日・読売ほど良好ではないが、
 日本最古の日刊紙
というプライドだけは高い。朝日新聞社員の選民意識も相当なものだが、毎日の場合、それは歴史の長さに依存している。
長い歴史は結構なのだが、それはともすると、過去の栄光しか見えない、視野狭窄をもたらす。
現在の毎日上層部の状態はまさにそれだろうし、ネットに散見する毎日社員の言動も、そうした「暖簾に胡座の老舗」にありがちな、社風を感じさせる。
また、「押し紙」が他社と比較すると突出して多い、といわれる毎日の「水増し発行部数」からは、「販売店は奴隷」と考えている、新聞社の傲慢さが透けて見える。
「ワーキングプア」や「格差社会」は、まず新聞社やテレビ局など、マスメディアの足元に見やすい形で転がっている問題なのだが、それについては触れず、あたかも、江戸時代の身分制度を守株するかのごとく、「押し紙」で販売店を疲弊させ、長期的には部数を落としている。
新聞販売店従業員の構造的な貧困を生んでいるのは、販売店から搾り取り、新聞社には潤沢な資金を用意するというビジネスモデルだが、それについては、決して触れることはない。
つまりは、
 新聞社社員は貴族であり、販売店は年貢を搾り取る対象の農奴
くらいにしか、考えていないのであろう。「人の上に人を作る」のが再販制度に守られた新聞ビジネスであり、この制度が瓦解することがあれば、新聞社社員の高水準の給与や福利厚生も壊滅する。社員の給与水準を守るための「押し紙」であり、再販制度である。
当然、
 読者
などは、いくらでも煽動できる、と考えており、新聞の威力は今も有効だと信じている。一般市民は「考えが浅く、いくらでも世論形成できる対象」なのであり、たまに文化人を紙面に登用するのは、「文化人はメディアの共犯」であることを確信しているからである。文化人というのは、必ずしも経済的に恵まれているわけではない。たとえば、国立大学教員で年収1000万円を超えるのは、研究人生の最後の方である。収入の多い文化人は著作や講演などで稼いでいる。最近は大学でも、贈収賄については厳しくなっているので、うっかり謝礼も貰いにくい。名前の割には、国立大学教授の収入がよいわけではないのだ。
文化人利用の戦略はこうだ。何らかの賞を与えるか、何らかの地位を提供する。バーターで本を出版することもあるだろう。芸能人と違って、文化人へのコストは安く済む。そして、一度取り込んだ文化人は、毎日色に染めて、ことあれば、世論形成のための尖兵として用い、もし、一旦、毎日に反する言動あれば、捨てて顧みない。
「毎日新聞」という名刺さえあれば、誰とでも取材可能で、相手の発言は、自分に都合良く編集して、記事にする。あとで取材された人間に抗議されても、編集権は毎日新聞にあるのだから、相手にしない。
毎日新聞社外の人間はすべて「毎日新聞の記事を構成するためのコマ」である。

2. ほの見える女性蔑視とパワハラの横行する環境
マスコミは、だいたいが体育会系のノリである。
 女、子どもはすっこんでろ
という現場第一主義が、女性蔑視を底流に持っている。そのため、今回のWaiWaiの記事が
 日本女性の尊厳を著しく傷つけた
と批判されても、
 その程度のセクハラで騒ぐのか
という反応なのが、毎日新聞内部の人間の「常識」だろう。まずは記者の多数を占める男性記者が、多かれ少なかれセクハラ・パワハラ体質を持っていると思われる。
パワハラの横行する環境では、
 新入りの「人間としての尊厳を徹底的に辱める」
ことが、
 新入りのためのイニシエーション
として、当然の如く捉えられているところが多い。そうして自らが一度尊厳を損なわれることで
 職場の同一性を保つ
というのが、体育会系パワハラの横行する環境での慣行である。
 俺も先輩におなじことをされたから
というのが、パワハラを行う上司の口癖であり、そのことが良いとか悪いとかという倫理的側面については、まるで考えない。考えないどころか、そうした因習にたてつく部員がいると、その部員を排除しようと躍起になる。
 みんなで恥ずかしいことができるのが、人間の同一性確認
という職場では、人間の尊厳などはハナから存在しない。当然、記事を書くときにもそれは反映されている。

3. 一般市民の感覚との乖離
このような「選民意識」と「パワハラ・セクハラへの寛容さ」が許される職場は、一般企業では少なくなりつつある。国際化という言葉を突きつけられた各企業にとって、コンプライアンスは重要な課題だ。
「殴れば解決」といった体罰は、今はもし教育の場で行われたのが発覚すれば、マスコミが蝟集して大騒ぎになる。ところが、取材しているマスコミ側はといえば、相変わらず「殴れば解決」に近い職場環境だ。
マスコミの職場環境が、時代遅れになっていることを、当の時代を読むべきマスコミが気がついていない。
今回、WaiWaiの記事に怒りを感じた人達は、一般市民である。一般市民の良識に照らして、到底許すことができない、と感じた人達が、静かに行動を起こしている。
「君子は義に喩(さと)く、小人は利に喩し(君子はただしいことを見極める力にすぐれ、小人は自分の得になりそうなことをかぎ分ける)」とは『論語』里仁篇の孔子の言葉だ。毎日新聞は自分たちは「君子」だと思いこんでいるようだが、小利に溺れ、大義を見失っている現状は「小人」以外の何者でもない。
毎日新聞が軽視し、自分たちが容易に煽動できると見下している、一般市民こそが「君子」で、その人達が今回の件で怒りを抱いているのだ。

4. 新聞不要論への恐怖
毎日新聞が、ネット世論を無視し、あるいはネットは自分たちが操作可能であると妄想する理由の一つは
 紙媒体の凋落
にある。本は売れない、新聞も雑誌も伸びない。その金はどこに回っているかと言えば、携帯やネットなどに流れている。携帯やネットに流れた金を再び出版社や新聞社に取り戻せないかという焦りが、ネットに対する強権的な姿勢に現れている。
今回の件に怒りを覚えている人達は、必ずしもネットから情報を得たわけではない。クチコミであったり、ちらしであったり、そうした人と人との直接的な接触に基づく情報交換によって、日本人の尊厳を辱めた記事が、世界で最も使用される言語である英語で世界中に発信されたことを、いわゆる「情報弱者」が知ったのだ。
新聞が今も潰れずに残っている理由の一つは
 言語障壁
である。
 日本語で伝達する
という言語障壁によって、新聞もテレビも今のところは守られていると言ってよい。この点は、
 日本で特殊な発達を遂げた「ガラパゴス携帯」
と事情が似ている。
しかし、「ガラパゴス携帯パラダイス日本」にもiPhoneがやってきたように、今後、日本のメディアがいつまでも日本語で守られるとは限らない。たとえば、地価の安い海外に拠点を置いて、ネットでニュース配信をするなどの事業は可能だ。回線さえ用意できれば、単なる「配信機関」なら、地価や物価、人件費の高い日本に設置しておく必要はないからだ。
現実に、アメリカでは
 インドへのメディアのアウトソーシング
が進んでいる。最初、インドは
 アメリカのコールセンター
だったのだが、単なる電話サポートではなく、
 メディア発信基地
に変わりつつある。6/24付朝日新聞より。
NY企業情報、インドから速報 電脳社会(2)
日本では、中国の大連などで、日本語のコールセンターを作る企業があるが、こうした日本語能力の高い人材の多く、コストの安い地域に日本語メディア発信基地が移転する可能性も出てきた。
そうなった場合、日本にいるメディアが優位性を保つためにできることは
 コンテンツの質の向上
なのだが、この点に関して言えば、果たしてこの10年で新聞のコンテンツ力は上がったのか、甚だ疑問だ。
いま、たとえば各地の教育委員会などが発掘調査の記者会見資料をPDFで直接自サイトから流している。新聞やテレビが取り上げれば、ある程度遺跡に対しての注目は集めるが、残念ながら、どちらのメディアの記者も、全員が歴史について知識が豊富というわけではなく、トバシや誤認記事も目立つ。以前は、トバシや誤認記事については、担当者が後で嘆息するくらいしか手はなかったが、今は一次資料を直接必要な人に届けられるシステムがあるので、報道でねじ曲げられた部分を補正することが可能になった。大抵のその手の機関は問い合わせのメールアドレスやFAX番号を公開しているので、メディアを通さずとも、直接担当者に問い合わせて、調査報告の疑問点について、尋ねることも可能なのだ。
これまでメディアは
 ニュースソースと受け手を繋ぐ媒体
であったが、ネット時代の今、媒体抜きで、ニュースソースと受け手が繋がることが可能になってきた。もちろん、事件報道などではまだメディアは必要だが、それ以外の案件の問い合わせなどでは、メディアは入り口にもならない場合が出てきている。メディアがなにもかも独占できた時代は終わっており、双方向通信が可能な時代には、新たなビジネスモデルが必要になっている。その辺りを、まだ、毎日新聞は読み切れていないのだ。

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コメント

>1872年、東京日日新聞創刊から、毎日新聞の歴史が始まったと記されている。
既にその時点から異様さに気づくべきです。
だって、東京日日は毎日が吸収合併した新聞社ですよ。
ルパート・マードックのニューズ・コーポレーションが自らの「起源」をThe Timesに置いたら哂われるだろうけれど、日本の「一般紙」における知的水準だとそんなの平気の平左衛門ってこと。

投稿: k@i@訂正 | 2008-07-16 20:07

今回発覚した件で多くの人が怒っているのは、虚偽の内容を世界中に発信し続けていたのにも関わらず、訂正も謝罪も処罰もなかったってことであって、
毎日新聞社という言論機関(もはやそう言っていいのかどうか・・)の政治的・社会的思想に対しての反発とかそういうのとは無縁ののはずなんですけどねぇ・・・

リコール隠しを問題視する心境とほぼ同等・同質のものだと思います。
ってもう既にどこかで明記されていることだと思いますが・・・

投稿: GaK | 2008-07-17 01:58

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