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2008-08-11

「マスコミたらい回し」とは?(その129)弱者を弾よけに使う鯨岡秀紀記者の「ネット言論叩き」の手法に見る従来型社会運動の終焉

犯罪被害者は、マスコミに完膚無きまでにプライバシーを暴かれる。死んでいればなおさらである。卒業文集が読み上げられ、卒業アルバムの写真が衆目に晒される。本人は死んでいるから
 死者には異議申し立てができない
のである。
犯罪被害者が出ると、マスコミは、近所・同窓生などをしつこく訪問し
 雁首
を取る。雁首というのは
 被害者の顔写真
である。どんなに悲惨な死を迎えていようとも
 雁首がない報道はダメだ
というのがマスコミの常識らしく、悲嘆に暮れる遺族の心情を逆なでし、土足でプライベートな空間に踏み込んでくる。それが
 報道の自由
という奴らしい。場合によっては留守宅に上がり込んだり、葬儀に勝手に潜り込むこともあると聞いている。

さて、そういう
 イニシエーション
を経て、
 一人前の記者
になった後の話だ。
 弱者を盾にして、後ろから前線を攻撃する
という、極めて高度な
 ネット叩き記事
を毎日新聞の鯨岡秀紀記者が書いている。要するに
 盾=治療によって家族を失った遺族
である。
 盾を応援
するように見えているが、実際は
 毎日新聞を総攻撃しているネットの勢力を削ぐための記事
である。その辺りを、玩味熟読していただきたい。


憂楽帳:医療事故

 医療事故の被害者や遺族らを中傷するインターネット上の書き込みが横行している。長女を医療事故で亡くし、医療情報の公開を求める運動に取り組んできた京都府の高校教諭、勝村久司さんは、訴訟継続中の遺族から相談を受けて思わず涙が出たという。

 遺族が手にしていたのは、厚さ15センチほどのファイル。医療関係者らしき人物らがネットに書き込んだ遺族への中傷文書が多数とじてあり、遺族は一つ一つに手書きで「事実はこうだ」と反論を書き込んでいたという。

 中傷する側は「医療崩壊と呼ばれる状況を生んだ一因は、結果が悪ければすぐ訴える患者の存在」との論法を展開する。だが、患者が医療側の説明に納得できない場合、最終的には訴訟しか真相究明の手段がないのが現状だ。

 医療死亡事故の死因を究明する「医療安全調査委員会」設置の議論が進んでいる。勝村さんは「調査委によって事故の情報公開が進めば、訴訟は激減するはずだ」と期待する。医療側と患者側が対立する不幸な構図が一日も早く終わることを願う。【鯨岡秀紀】

毎日新聞 2008年8月11日 12時41分

ここで不思議なのは
 現在係争中の問題については、「事実」を争っている
という観点がすっぽり抜け落ちている点である。しかも
 裁判が明らかにする「事実」はあくまでも本来の事実の一班に過ぎない
のである。こんなことは
 マスコミは百も承知
であるはずだ。市民にとっては一回の裁判だが、マスコミにとっては
 あまたある裁判の中で、新聞が売れる材料になる裁判を選んで取材
しているわけで、それが
 市民の福祉向上に貢献している
ように見えるのである。「見える」というよりも
 そう見えるように記事を作る
のが、マスコミの仕事だ。

で、
 係争中であっても片方の主張のみに「事実」が存在する
という、こんな不思議な論旨を、なぜ鯨岡秀紀記者が展開してるかと言えば
 マスコミと「市民団体」が手を結んだ旧来型の「市民運動」が終わりを迎えつつある
からだろう。鯨岡秀紀記者は、これまで薬害問題に取り組んできた記者で、患者団体等ともつながりが深い。恐らく、鯨岡秀紀記者は
 自分の足場が徐々に切り崩されつつある恐怖
を感じているのではないかと思う。基本的に
 根源的な恐怖を感じた対象を「叩く」のがマスコミ人の「何かを叩く時の原動力」
だろう。自分が恐ろしいから、その恐怖を
 記事に転化
して、あたかも
 社会的関心の中枢に「自分の恐怖の根源がある」かのような論旨を展開する
ので、迫力が生まれるわけだ。当然、
 自分は中立の第三者だが「弱者に心を寄せる善良な人物」としてのスタンス
を記事中では匂わせる。そんな「善良な人物」だって
 死者の雁首を取ることに痛痒を感じない、立派な「マスコミ人」
であることは、新聞記者の養成のやり方から言っても、当然である。一般市民で
 死者の雁首をムリにでも取りに行く人間
がいたとしたら、まず、袋だたきに遭うだろう。「知る権利」で武装して、人間の一番弱いところを踏みにじるのが、記者職で最初に身体に覚えさせられる「職能」なのだ。

確かに、
 個人が情報を発信できなかった時代
においては、市民はグループを作り、運動を起こし、マスコミに取り上げて貰って、弱い立場の人間の代弁者となって貰うというシステムは有効だった。
しかし、現在は
 個々人が世界に向けて情報発信できる時代
である。そして
 ネットには集合知がある
のだ。今まで、マスコミは
 担当記者が「あたかも専門家」のごとく筆を揮っていた
のだが、いまは
 一度電子化された記事は、永遠に検討対象となる時代
である。マスコミ人が
 全知全能の振りをしても許される時代は終わった
のだ。
旧来型の市民運動では
 全知全能のマスコミ様
は、味方だったかも知れないが、これからは、そうはいかない。
 誰もがいろんな立場からいろんな意見を言う時代
においては、賛同者も批判者も等しく存在する。ところが、マスコミは
 素人がマスコミを批判するのは、おこがましい
という態度を捨てない。一方、旧来型の市民運動を組織する側は
 一度築いたマスコミとの太いパイプ
が、いつまでも有効であると信じたい。そのパイプを作るのに、凄く苦労していたはずだからだ。
したがって、なぜか
 マスコミと旧来型の市民運動
とは、
 ネットに対して、同じ反応をする
ようになってきている。自分たちの権威を脅かすもの、あるいは地位を脅かすものが
 ネットの集合知
であり、
 ネットの集合知を形成しているのが、自分たちと同じ「市民」一人一人である
というところまでは、まだ気がついていないからだ。
 ネットを批判することは、インフラを批判することと同じ
であり、たとえば
 車に乗っている人間はみんな悪者
というような粗雑な議論をしているのとあまり変わらない。もし、旧来型の市民運動が、運動の担い手の年齢が上がり、それを続けられないからと、
 自分たちになじみのない新たな存在に過剰反応をする
のであれば、10年以内に
 新たな存在の方に属する人間の方が多くなる
という事実を無視していると言うことになる。
以前、こんな名言があった。
 2ちゃんねらーが増える、というよりも、2ちゃんねらーじゃない人間がどんどん死んでいくのが、これからの社会だ
という主旨であった。
ネット時代においては
 すべての人間が賛同する運動
というのはあり得ないし
 あらゆる方向から突っ込みが入る
のが普通だ。
 雑音と思われる主張をスルーできない
のは、情報に対する耐性が高くない、ということになる。日本中のあらゆる井戸端会議で、あるいは飲み会で、いろんな情報がつねに検討されてきた。それは、その場にいなければ聞くこともなかったが、
 ネットはこうした井戸端会議や飲み屋での議論を文字として可視化している
のである。いままで見えなかったものが見えるようになったのであれば
 それを自らの味方になるようにする
のが、「市民運動」の新しいやり方だろう。

少なくとも鯨岡秀紀記者のやり方は
 どんどん敵を増やし、かつ自分は矢面に立たず、「弱者」を盾にする
という、稚拙かつ極めて卑劣な手法である。これが
 マスコミ人の常識
なのであれば、
 新時代にふさわしい「マスコミ」の到来
を、わたしは強く望む。

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コメント

 非常に単純な問題なんですけど、「ネット上にあふれている」のは(自称)被害者たたきばかりではなくて、むしろ無知から医療者を叩いているものの方が圧倒的に多いんですよね。たとえば見るのもうっとうしいよく貼られているこれとか。
http://blogs.yahoo.co.jp/gkpcc873/41325395.html
 しかしそういった事実は無視し、ネットを片方にのみ与するものとして必死で叩く。それだけ自由な言論があふれていることはむしろ歓迎すべきことなのに、いかに彼らが記者に必要な「広い視野」を一般人以上に失っているかの証左だと思われますね。
 ぜひ大淀病院の先生には、自分に向けられたネット中傷とマスコミによる中傷を束にしていただきたい。(自称)被害者の束が15cmなら、彼のものは1.5mくらい積み上がるでしょう。

投稿: 医師 | 2008-08-11 17:11

従来型の市民運動やマスコミは、私人 vs 国家であって、憲法を楯にして議論の矛先が自分たちに向かうことはなかった。
私人 vs 国家であれば、言論の自由・報道の自由を国家に否定されることはなかった
国家を縛るもの、それが憲法だから。

公害が問題になった時も、私人 vs 大企業で、国家に匹敵する相手として、私人間効力を援用できた。
私人 vs 大企業であれば、スポンサーでもない限り、弱った大企業はマスコミの格好の餌食となり、市民団体も思う存分、攻撃をすることができた。
大企業は、国家に擬制できる可能性もあり、皆、その正当性を疑わなかった。

ところが、医療問題で病院を相手にやっていることは、私人 vs 私人という、単なる弱い私人間のイザコザに過ぎない。
私人間であれば、攻撃側に認められた権利は、防御側にも当然に認められるものであり、反撃もあり得るという当たり前のルールを理解しないまま、過去の攻撃一辺倒から抜け出られていないように思われる。
ここでは憲法は役に立たない。

私人間のイザコザでは、報道の自由・言論の自由はなく、報道の責任・言論の責任が付いて回るようになり、これまのでの無責任な論説では、立場が危うくなったというのが現状だろうと思われる。
真実でないことの証明を受けることを恐れているのが今のマスコミだろうと思われる。
今や、メディアの力を借りなくても、誰にでも、一人でも、真実を語ることができる。

篤姫の言葉を借りれば、
”一方見て、沙汰するな”
という一語に尽きるだろう

私人相手に、一方的な権利を主張する人達の危うさをマスコミは自覚した方が良い。

剣より強いペンが自分達に突き刺さる痛さが自覚できない人は、ペンを置くべきだろう。

投稿: Med_Law | 2008-08-11 18:06

 原因究明の手段としての訴訟は、限界が多く、ほとんど機能しません。民事訴訟の目的は経済的損失の所有権を争うに過ぎず、刑事訴訟では被告人に黙秘権があります。訴訟の中には互いに不利な証拠を隠蔽するという仕組みが内在しています。

 また、医療事故調の類が必要であることに異論はありませんが、厚生労働省が出している制度設計は現時点であまりにもお粗末です。誠実であることよりも隠蔽と改竄の巧みであることが圧倒的に有利で、逆淘汰が予想され、現状を改善することが期待できません。

 勧善懲悪で悪者を作り上げ、「べき論」を振り回して事態が改善するはずもなく、原因も利害関係も複雑な危機に当たってそういうことばかり主張するマスコミの存在価値は既に無いと言うべきでしょう。

 可能なら、冷静に具体的且つ有効な提案を考えてもらいたいものです。端的に言ってあまりにも不勉強です。

投稿: rijin_md | 2008-08-11 20:17

この件にて、一部のネット保守連中が手放しでマンセーするshock産経新聞が、
結果として毎日新聞を擁護しているのはご存知でしょうか。
http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/080807/crm0808071343007-n1.htm

投稿: 熊蔵 | 2008-08-11 22:16

産経は『たらい回し報道』や久坂部羊氏のコラムで医療界では
『出来ない子』あつかいですが、なにか?
http://iori3.cocolog-nifty.com/tenkannichijo/2006/10/17_8822.html
http://ameblo.jp/med/entry-10045347377.html
http://hawks.iza.ne.jp/blog/entry/284956

http://skyteam.iza.ne.jp/blog/entry/666382/
http://iseki77.blog65.fc2.com/blog-entry-5126.html
http://phn.ti-da.net/e2241971.html

#あとここ保守系でしたっけ?<医療系ブログは小泉&安部元総理
の評価が低い。

投稿: ネットレギオン | 2008-08-12 00:47

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(関連目次)→大野事件目次                            [続きを読む]

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