首都圏産科崩壊 東京大空襲始まる(番外編)10/24のNHKニュースウォッチ9に登場した「VBAC希望らしき3人目自宅出産予定」妊婦さんの映像をなぜNHKは江東区産婦死亡事例の直後に流すことが出来たのか→これはNHKによる産科救急への報道テロ→追記あり
金曜日のニュースウオッチ9で
VBAC希望らしき、3人目を自宅出産予定の江東区の妊婦さん
が出てきたわけだが、いくらNHKの取材網が凄い、といっても、江東区産婦死亡事例報道からわずか3日目。こんなレアケースを放映できるのは
タイミングが良すぎる
ので、これはオカシイ。
妊婦検診に同行取材、しかも江東区で出産目近の自宅出産の妊婦さんの取材
なんて、そうそうそこらに転がっている話ではないからだ。
恐らく、これは
別な番組取材中だったので、その素材を流用した
のではないか、と思われる。
次の可能性が考えられる。
1. 青少年こども番組部「すくすく子育て」班の取材だった場合
NHK教育では「まいにちスクスク」という5分の帯番組と土曜21時からの30分番組「すくすく子育て」を放映している。ここの取材班が、「プレママ」番組取材のために、この助産師さんの密着取材をしていた。
2. ETV特集や「にっぽんの現場」班だった場合
助産師さんの密着取材で、「自然なお産バンザイ」というコンセプトのドキュメンタリー番組を制作中。
以前、「プロフェッショナル」で放映した
命の神秘によりそって 神谷整子
の二番煎じ企画。
3. 「クローズアップ現代」班もしくは「特報首都圏」班だった場合
「産科医不足を助産師が解消」というコンセプトの報道番組を制作中。
さて、1はともかくとして、2や3だった場合、
VBACの妊婦さんの自宅出産
という事実を、取材班が知らないわけがない。だから、あの映像は
狙って撮っている確率が高くなる
わけだ。つまり、取材班は、最初から
VBACの妊婦さんは「搬送される確率が高い」ことを知っていて、あの映像を撮っている
っていう、極めて
ゲスな取材
をしている、ってことだ。
何故かって?
A 無事、VBACで自宅出産成功→「自然なお産バンザイ」という無責任な感動垂れ流し番組を作れる
B 万が一、搬送対象に→当然、張り付いて取材して、「何かあったら第一報を流す」というゲスな考え
ということだ。
もちろん、わたしはBにならないことを祈っているのだが、残念ながら
テレビ人の多くはBだったら「オイシイ」
くらいの考えだ。
しかし、
本当にVBAC希望で3人目を自宅出産予定
なのだとしたら、産科の常識ではまず考えられない選択だ。これまで当夜の放映をご覧になった2人の方が
臍下一直線の縦切開の痕
を認めて、拙blogにコメントを寄せてくださっている。
これが帝王切開の手術痕なのであれば(というか、ほぼ間違いなさそうなのだが、現在事実確認中)、金曜日の放映自体が
極めて医学的に問題のある映像を全国に垂れ流した
ことになる。
産科救急の資源が決定的に不足している現状、それも
これまで産科救急資源がまだ潤沢だと誤解されていた首都圏
での話をニュースとして扱っているのに
産科救急の資源を無駄遣いする可能性の高い「VBAC3人目自宅出産」という危険因子てんこ盛りの「妊婦検診」を無批判に流した
のは、報道機関として、あるまじき態度ではないか。
それとも、NHKは
どんどん産科救急の資源を浪費して、現場を疲弊させ、元からその病院での出産を望み、早くから分娩予約を取り、検診を受けていた妊婦さん達を押しのけてでも「危険なお産に自らチャレンジして緊急搬送」になった産婦さんを優先しろ
というわけですかね?
で、更に悪質なのはVBACで3人目を自宅出産というのが事実だった場合、
この極めて危険な出産予定
を
普通の出産例
であるかのように、ニュースウオッチ9の当該コーナーで扱っていたことだ。
あの中で
こんなことがあると搬送先が見つかるかどうか不安
と妊婦さんが言い、助産師さんは
搬送を受けてくれるだろうか
と言っていたように記憶してるのだが、
VBACで3人目を自宅出産で緊急搬送
になったら、最初から、受け入れ病院は相当限られるというか、
瞬時に緊急子宮摘出手術を行える、設備とスタッフの整った、大量の輸血が迅速に行える大規模病院じゃないとダメ
だろう。いくら都内だって
そんな病院は限られている
のである。
ニュースウオッチ9では、妊婦さんの血液型については何も触れられてなかったが
どの血液型も潤沢に用意されているわけではない
のだから、場合によっては、相当しんどい話になる。まさかAB型とかRh-だとかの非常に少ない血液型じゃないだろうな。たとえA型Rh+だったとしても、そうした大規模病院では他にも搬送があるだろうから、たまたま在庫切れの時に搬送されてきたら、大変なことになる。
だから、普通は
帝王切開をしたことのある妊婦さんは「予定帝王切開」で、事前に急変に備えて、血液型をチェックして、血液などの在庫を確認しておく
のが、産科でのこうした妊婦さんの管理になるはずだ。
自宅出産じゃとてもじゃないけど「危機に対応できない」
わけですよ。
で、もし、何かあっても
最終責任は、搬送を受け入れた病院にある
ってことになる。助産師さんの責任が問われることはない。
今頃、江東区や周辺の産科救急の先生方は
まさかとは思うが、何かあったらうちに搬送されてくるんじゃないだろうか
と、心を痛めておられることと思う。その病院の患者さんじゃないから、血液型もわからなければ、これまでの経過もわからないのだ。前回の帝王切開のデータもわたっていないし、自宅出産だから帝王切開を受けた病院のカルテも来てないだろう。しかも、自宅出産の搬送だから、助産師さんは輸血も何もできない。病院での出産であれば、分娩前に、あらかじめ輸血ルートを確保しておくのだが、たぶん「自宅出産」ならルートが確保されていないだろう。そうなると、看護師でもある助産師さんがついていながら、医療的にはまったくのゼロというかマイナスの、大量出血でショックを起こした状態で運ばれてくるのだ。緊急輸血が必要なのに、輸血ルートが確保されてなければ、まずルートを確保するところからはじめることになる。産科の大量出血は
水道の蛇口をひねったような出血
と言われる。一刻も早く輸血しなければ命が危ないのに、一手間余計に掛かるのだ。
何かあった場合は、そうした悪条件下での緊急子宮摘出手術適応になる危険が高い。
ていうかさあ、
助産師さんはその「何か」が「結果的に緊急子宮摘出手術になる」ことを知っている
上で、あんな事を答えている(もし、知らないのなら助産師失格である)わけだから、これは、
普通の妊婦さんの「搬送先が見つかるかどうか不安」というレベルとはまったく違う、最初から「地雷」に近い「緊急搬送」についての答え
なのだ。
NHKの取材班が、VBACの緊急搬送がどうなるか、全く知らないであの映像を流した、とは思えないぞ。だから、本当に「VBACで3人目を自宅出産」だったとしたら、あの取材ビデオは
極めて悪意に満ちた編集
ということになるのだ。
で、万が一、緊急搬送された場合の話。
たぶん、子宮摘出手術を行って、母子ともに救命できたとしても、感謝されるどころか
なぜ子宮を取った
と、非難されるのは目に見えている。その上、あってほしくはないけれど、赤ちゃんやお母さんに問題が起きたら、
また江東区の妊婦搬送でトラブル
と、それこそ袋だたきに遭うのだ。
これは
NHKによる全国の産科救急への「報道テロ」
と呼んでも、それほど遠くないだろう。
(追記 23:40)
上記の推測のように「VBACからの救急搬送」であれば、予想できるのは
子宮破裂
であり極めて危険なのだが、もし、「VBACでない場合の3人目自宅出産」であったとしても
緊急搬送時に、看護師でもある助産師さんは輸血など医療的行為は事前に行えない
わけだから、「VBACでなかった」にしても、一旦搬送となれば
条件が悪い状態での緊急搬送
になり、
母子ともに危険な状態により長く晒される
ことには変わりない。
NHKが
一般的な妊婦さんとして「3人目を自宅出産」予定の妊婦さんの事例を紹介
すること自体が、
安易な「自然なお産」礼賛
を後押しする危険性があるし、まず
ニュースに「代表的な例」として紹介するには不適当
である。3人目だから自宅でも安心、というのは、産科が整備されず、自宅出産が一般的であり、母子の周産期死亡率が今よりも格段に高かった過去であれば別だったのかもしれないが、今はお産の進め方自体が変化しているし、妊婦さんの身体そのものも、自宅出産が普通だった時代の妊婦さん達とは違ってきている上に、一般的な周産期の母子死亡率は、日本の産科医・小児科医の先生方の超人的な努力の結果、世界に誇れる低水準までに下がっている。ただし、それは
病院で管理された出産
であった場合に限るのであり、自宅出産の場合の周産期死亡率は、多少改善されているとしても、過去の時代とそれほど変わらないだろう。単に、自宅出産の数が極めて少なく、なにかトラブルが起きたとしても、搬送先の病院での事例としてカウントされるので、統計に数値が反映されないだけなのだ。まったくもって、悪条件下で
敗戦処理を行わざるを得なくなる搬送先
の先生方を始めとする医療スタッフには、気の重いことであろう。助産師さんがこういうときに
責任を取る
という話は寡聞にして知らない。(もし、緊急搬送になった後に、助産院なり、助産師さんが自分たちの管理責任を認めた、という話がございましたら、どうかご一報ください。)
そして何より問題なのは
自宅出産が一般的だった頃の助産師さんと比べて、現代の助産師さんは「圧倒的な経験不足」だ
という点である。危険な徴候を見逃す恐れは、過去の経験豊富な助産師さんの時代と比べると高くなっている。
産科では、何よりも
お産を取った数
が、産科医であれ、助産師であれ、もっとも重要な経験を示す指標である。
安全なお産
と
自然なお産
というのは、実は相反する概念であり、前者は、できるだけ医学的コントロールをかけつつ、出産を見守るのに対し、後者は
前近代と同様に、人体をブラックボックスのまま扱うお産
なのである。何もなければ、どちらのやり方でも大過ないが、
お産はいつ急変するか分からない
のである。それこそが、現在問題になっている
お産の急変時のお母さんや赤ちゃんのトラブルの元
ではないか。もし、あらゆる出産にまつわる急変が予測可能であったなら、これまであった
大野病院刑事裁判
堀病院ガサ入れ
大淀病院産婦死亡事例
はそもそも起こりえず、マスコミに扇情的に取り上げられることもなかったのである。
子どもの誕生という喜ばしい出来事が、予測外の突然の死や重度障碍によって暗転する
ために、こうした出来事がメディアの好餌となって、報道が過熱するのである。
NHKの取材班は
お産は命がけ、いつ急変するかは予測できない
という、現代も変わらぬ人類一般の法則を無視し、
現代人であれば、どんなお産でもOKと誤解されかねない映像を、最も影響力のある時間帯に流した
のである。これが、わたしが
NHKによる「報道テロ」
と憂う所以である。
(追記おわり)
(追記 11:20)
前の記事
2008-10-24 首都圏産科崩壊 東京大空襲始まる(その3)NHKニュースウォッチ9の呆れた報道姿勢 江東区産婦死亡事例で「不安を感じる江東区の妊婦さん」が「自宅出産希望者」だった件→VBAC(帝王切開後普通分娩)希望か? 情報求む→追記あり
http://iori3.cocolog-nifty.com/tenkannichijo/2008/10/3nhk9-3264.html
に「観てないので何とも」先生から、次のようなコメントを頂いたので再掲する。
正中切開創とも思われますが、
同時に、色素沈着による発生線とは考えられないでしょうか。
三人目ですと、人によってはかなり濃く見えます。
もちろん、直に見れば発生線と瘢痕を間違うことはありません。
Dr.がコメントされていますので間違いないかもとは思いましたけれど。ご返答は結構ですが、少しだけ気になりましたので。
ああ、本当に色素沈着であってくれたら、有り難いです。
現在事実確認中です。
| 固定リンク
« 青森県職員つうこんのいちげき 知事、記者会見で落涙 5品種の登録料計3万円払い忘れで新品種の登録取り消し 24年間かけて開発したリンゴなど | トップページ | ノーベル賞余話 光らないオワンクラゲに下村脩博士から直電でアドバイス@鶴岡市加茂水族館 »
コメント
私はしがない内視鏡屋ですが、特に問題のない人の大腸内視鏡検査ならほとんど苦痛を与えることなくできる技術はあると自負しております。しかし、帝王切開後の方は変な癒着を起こしていることがままあって、えらく苦労することがあります。「お産よりきつい」などと言われることもあります(まあ、大部分は問題ありませんが)。一度人為的に傷を入れた子宮にお産の圧力を加えるなんてとんでもねぇと、素人なりに思ったりはします。
投稿: 南島の管屋 | 2008-10-26 11:20
血液は、返品できないので、偶然ほかの患者さんに使用する分が、たまたま余っていたりでもしてない限り通常院内にはありません。
このケースの場合、血型も不明かも知れないので、最悪輸血ルート確保以前に血液型のチェックからしなければならないかも知れないですね。私のような内科医から見たって子宮破裂状態でこんなことしてたら間に合わないこと請け合いです。
投稿: hsp | 2008-10-27 09:55