スーパースターの孤独「5歳の頃から1億人に見守られて成長すると自然と人とは異なってしまうものです」
今日未明、マイケル・ジャクソンの葬儀と追悼式が終わった。
仕事があるので、CNNの中継はほとんど見ていないのだが、CSで1時に視聴を予約しておいたら、画面が切り替わったとたん、いきなり度肝を抜かれた。
密葬を終えて運び出されるマイケル・ジャクソンの柩が映し出されていた。柩の上には鮮やかな赤い花がびっしりを置かれていた。
CNNでも言ってたけど、
もう帰ってこない
ということを痛烈に訴える映像だった。
朝になって、各局が短いまとめ映像を流していた。
やはり、印象的だったのは
ブルック・シールズのスピーチ
だった。マイケル・ジャクソンと同じように、子どもらしい子ども時代を送ることが出来なかったブルック・シールズ。彼女のキャリアは1歳になる前から始まる。マイケル・ジャクソンがメジャーとしてキャリアを積み上げ始めた時期とそう変わらない。
ブルック・シールズのスピーチの概略。産経より。
【マイケル追悼】ブルック・シールズ「彼の笑い声は甘く純粋だった」
2009.7.8 09:07【ニューヨーク支局】長年の親交があった女優のブルック・シールズは追悼式で、マイケルとふざけ合った思い出などを語った。
「マイケルはいつだって私のことを頼りにしていいと分かってくれていたはず。私たちの間には絆があって、それはたぶん、私たちが2人とも、すごく幼いうちからスポットライトを浴びるのがどういうことか知っていたから。
よくマイケルをからかって『私(の芸能活動)は11カ月のころからよ。あなたなんて怠け者よ。5歳くらいだったっけ?』なんて話していたわ。
私たちはとても早い時期に大人にならなくてはならなかったけど、2人きりのときはまるで小さな子供のように楽しかった。MJ(マイケル・ジャクソン)の笑い声は、私が知る誰よりも甘く、純粋だった。
彼はキングと呼ばれるようになったけど、私にとっては『リトル・プリンス』だった」
子ども時代から、本人の意図とは関わりなく、周りの大人達の思惑でカメラの前に立たざるを得なかったブルック・シールズの言葉は、同じ境遇であったマイケル・ジャクソンの孤独を浮き彫りにする。
その特異な子ども時代の環境について、マイケル・ジャクソン自身が発言しているのが1993年のグラミー賞受賞時のスピーチだ。
子ども時代のかわいらしさだけを思い出にして、スポットライトから消えていく子どもスターは枚挙にいとまがない。大人になっても、そのキャリアを続けていけるだけの才能がなければ、生き残ることは出来ない。
マイケル・ジャクソンの擁護者として知られる、エリザベス・テーラーも、子役から女優へとキャリアを伸ばし続けた一人だ。そして、サミー・デイビスJr.も。
子どもの頃から大人の中で生きていくこと、それも「大人の望む姿」を常に取り続けて、大人達の果てしない欲望に耐えていくこと、才能の輝きが子どもに求める犠牲の大きさは、その当事者でなければ、理解できない残酷なものだろう。
マイケル・ジャクソンが、恵まれない子ども達、とりわけ飢えに苦しんでいたり、病気の子ども達に同情を寄せ、彼らをどうにかして助けたい、と手をさしのべたのは、よく知られていることである。
恵まれない子ども達には、共通した特徴がある。
子ども時代がない
のだ。生存のルールは、それを許さない。
子ども時代がなかったマイケル・ジャクソンにとって、そうした子ども達はかつての自分の一つの姿として映っていたのだろうと思う。
不幸な子ども達は、いつも他人より早く大人にならなくてはいけない。
そして、子ども時代は二度とやってこない。
マイケル・ジャクソンの病「尋常性白斑」について。
日本語訳つきバージョン。
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