« ハイチ大地震 最後に無事を確認された日本人は医師 地震直後から病院で救命・治療に当たる(その2)共同が取材したら、共同と提携したはずの毎日も取材 マスコミは医療行為の邪魔をするな→NHKのニュースウオッチ9も追随 CNN等は「ドクター記者」を派遣 | トップページ | 手軽でおいしい中華のレシピ集(中国語繁体字) »

2010-01-19

村山由佳の小説『野生の風』と染色家志村ふくみのエッセイ『一生一色』の類似性

とりあえずのメモ。

あるblogに引用される形で
 村山由佳の小説『野生の風』で染色についての描写
があるのを知った。次のような文章が引用されていた。


桜も梅もそうなのだが、花そのままの色を花びらから染めようとしても、
決して染まりはしない。
色の濃い八重桜の花ばかりを集めて試したことがあったが、
糸は灰色がかった淡い緑にしか染まらなかった。
あるとき思い立って、枝で染めてみた。
(中略)
驚いたことに、枝を煮出したたっぷりの液にひたすと、
糸は茶でも緑でもなしに、ほんのりと匂い立つせつないばかりの桜色に染まった。
そのとき、飛鳥は知ったのだった。咲ききった八重桜の花の中に、
すでに夏へ向かう緑のほとばしりがひそんでいたのと同じように、
冬の枝の中には、春にひらくはずの花のいのちが宿されていたのだ。

実はこれとよく似た文章を読んだことがある。草木染めをアートに高めた
 志村ふくみのエッセイ
である。当然、村山由佳の小説よりも、志村ふくみが実際に
 桜の枝で糸を染めたエッセイ
の方が先行する。

いま手元に志村ふくみのエッセイがないからわからないけど、この
 桜の枝を染める話
は、かなり有名で、たぶん高校の現国の教科書や問題集、大学の入試などにも採用されたことのある文章だったように記憶している。

で、代表作の『一生一色』かな、と思ったらそうだった。『一生一色』から引用して下さっている方がいたので、そこから転載。
http://www.saigyo.org/saigyo/html/issiki.html


 以前桜でもそういう思いをしたことがありました。まだ折々粉雪の舞う小倉山の麓で桜を切っている老人に出会い、枝をいただいてかえりました。早速煮出して染めてみますと、ほんのりした樺桜のような桜色が染まりました。
 その後、桜、桜と思いつめていましたが、桜はなかなか切る人がなく、たまたま九月の台風の頃でしたか、滋賀県の方で大木を切るからときき、喜び勇んででかけました。しかし、その時の桜は三月の桜と全然違って、匂い立つことはありませんでした。
 その時はじめて知ったのです。桜が花を咲かすために樹全体に宿している命のことを。一年中、桜はその時期の来るのを待ちながらじっと貯めていたのです。
 知らずしてその花の命を私はいただいていたのです。それならば私は桜の花を、私の着物の中に咲かせずにはいられないと、その時、桜から教えられたのです。
 植物にはすべて周期があって、機を逸すれば色は出ないのです。たとえ色は出ても、精ではないのです。花と共に精気は飛び去ってしまい、あざやかな真紅や紫、黄金色の花も、花そのものでは染まりません。
 友人が桜の花の花弁ばかりを集めて染めてみたそうですが、それは灰色がかったうす緑だったそうです。幹で染めた色が桜色で、花弁で染めた色がうす緑ということは、自然の周期をあらかじめ伝える暗示にとんだ色のように思われます。

まあ、村山由佳の『野生の風』の該当個所は、志村ふくみの『一生一色』の
 換骨奪胎
ですな。しかし、よりによって、人口に膾炙(かいしゃ)された、こんな有名な志村ふくみのフレーズをそのままアレンジして使いますかね。
資料として志村ふくみのエッセイを使ったのは間違いないだろうけど、ここまで「よく似たアレンジ」というのは
 創作活動を第一義とする作家
としてはどうかと思う。まさかと思うが、集英社の担当編集者は、志村ふくみのエッセイを知らなかったわけではあるまいな。

志村ふくみの『一生一色』は、1982年9月に美術系の出版で有名な求龍堂から出版された。
村山由佳の『野生の風』は1995年3月に集英社から出版された。

村山由佳は2003年に直木賞を取っている「売れ線」作家だから、この件については、たぶん出版関係者は誰も突っ込まないだろう。

ちなみに、村山由佳の「アレンジ」と同等のものが、大学のレポート等で出たら、当然、そのレポートなり論文なりは受理されない。そもそも志村ふくみの『一生一色』って、そのスジではかなり有名なエッセイだから、日本語に関わるような科目を持ってる教員なら、一度は目を通したことがあるんじゃないのかな。というか、そういう類の書物である。普通は
 出典があるだろう、ちゃんと典拠を示して、引用個所は引用と分かるように書き直してこい
である。
ま、小説の「創作」って、どこまで許されるんだか知らないけど。モデル小説ならともかく、『野生の風』の主人公は、実在する志村ふくみとはかけ離れた人物のようだから、モデル小説でもない。こうした
 染色の実作家が自らの経験を通して紡いだ言葉を、「小説」に横取りするようなやり方
は、感心しませんな。

|

« ハイチ大地震 最後に無事を確認された日本人は医師 地震直後から病院で救命・治療に当たる(その2)共同が取材したら、共同と提携したはずの毎日も取材 マスコミは医療行為の邪魔をするな→NHKのニュースウオッチ9も追随 CNN等は「ドクター記者」を派遣 | トップページ | 手軽でおいしい中華のレシピ集(中国語繁体字) »

コメント

中学2年生の教科書に載ってる大岡信さんの「言葉の力」の方からと考えた方がしっくり来ますけど。
もちろん、「言葉の力」の方も志村さんについての事を書かれています。
ただ、「一生一色」よりも「言葉の力」の方が有名ですし、古くからあるものです。
私自身も、「一生一色」は知りませんでしたが、「言葉の力」の方が印象深く良く覚えていました。
ただ、「言葉の力」を読んだだけだと、志村さんの言葉であるというのまでは全く覚えていませんでした。

投稿: A子 | 2010-01-20 16:30

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/109312/47334909

この記事へのトラックバック一覧です: 村山由佳の小説『野生の風』と染色家志村ふくみのエッセイ『一生一色』の類似性:

« ハイチ大地震 最後に無事を確認された日本人は医師 地震直後から病院で救命・治療に当たる(その2)共同が取材したら、共同と提携したはずの毎日も取材 マスコミは医療行為の邪魔をするな→NHKのニュースウオッチ9も追随 CNN等は「ドクター記者」を派遣 | トップページ | 手軽でおいしい中華のレシピ集(中国語繁体字) »