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2010-02-16

米・コロンビア大学の1-2年生必修コアカリキュラムは「西洋古典常識」徹底履修 毎週古典文学・思想の課題図書を読み、議論し、レポートを書く

日本の大学の
 教養科目
は、現在どんどんやせ細っている。私大では、
 一般教養のアウトソーシング化は当たり前
で、
 パンキョウの専任教員
は、任期切れもしくは退職後は後任補充されず、
 非常勤もしくは学内兼任
でまかなわれることが多くなっている。

こちらはアメリカはコロンビア大学が
 1919年から続けている文系・理系ほぼすべての学生が必修のコアカリキュラム
についての紹介。adawhoさんの"Family Affair"に3回にわたって2年間のシラバスと、教員がどのように運営し、かつコアカリキュラムの資金がどこからでているかが詳細に書かれている。
 コロンビア大学のコア・カリキュラム(1)
 コロンビア大学のコア・カリキュラム(2)
 コロンビア大学のコア・カリキュラム(3)

まず、コロンビア大学の1年生が文系・理系問わず履修する必修の文学を読むコースの課題作品。2コマぶっ続けの授業で、これは前期第七週までの分。
 ホメロス『イリアス』『オデッセイ』
 サッフォーの詩編
 デメテル讃歌
 『ギルガメッシュ叙事詩』
 ヘロドトス『歴史』(抜粋)
 アイスキュロス『オレステイア』
 ソフォクレス『オイディプス』
 エウリピデス『メディア』
 トゥキュディデス『戦史』
ここで中間試験。この後は
 アリストファネス『女の平和』
 プラトン『饗宴』
 旧約聖書「創世記」「ヨブ記」
 新約聖書「ルカによる福音書」「ヤコブによる福音書」
このあと、評論を行って、前期末試験。

後期はウェルギリウス『アエイネス』から始まって、最後はヴァージニア・ウルフの『燈台へ』で終わる。試験が中間と期末の2回あり、当然「すべての課題図書を読了」してないとダメなのであり、なおかつ
 試験とは別に8〜10枚のレポート提出が半期で3回ある
ということなので、授業を受ける方も大変だが、これを
 22人クラスで開講
しているという。adawhoさんによれば
 45人の教員がコアカリキュラム1科目にかかりっきりになる計算
である。なおかつ
 コアカリキュラムを担当すると、教員やPDにはボーナスが与えられるシステム
なので、コアカリキュラム担当教員になりたいヒトは多いんだとか。全学共通科目だから
 自分の担当したクラスの平均点
という数字で
 講義や指導がちゃんと出来ているかどうか
かが客観的に出てきてしまうわけで、教員にとっても気が抜けない。

思想コースは2年間、全員必修で、いま見た文学以上の密度で授業が進む。こちらは週2回授業がある。扱う思想書は
 プラトン『国家』
 アリストテレス『ニコマコス倫理学』
 旧約聖書「出エジプト記」「イザヤ書」「コヘレトの言葉」
 新約聖書「マタイによる福音書」「ローマ人への手紙」「ガラテヤ人への手紙」
 コーラン
 トマス・アキナス(抜粋)
 ガザーリー『迷いから救うもの』
で最初の中間試験。この後はマキャベリ『君主論』から前期の後半授業が始まる、といった具合。

まあ、いま日本の大学で同じことをやってるところはないだろう。
似たようなことは
 旧制高校時代
にはやっていたかも知れないが。

思想のラインナップは、高校の倫社の授業とかぶる。高校の倫社は45分授業だし、大学とは密度が違うけど、いま考えると、普通の大学の教養課程より密度が濃かったかも知れない。
というわけで、高校時代、倫社の授業が進むと、その授業で扱う岩波文庫の青や白の本、『ニコ倫』や『プロ倫』、『国家』や『ソクラテスの弁明』などは札幌市のJRから南部の大きな本屋からしばらく消えた。もともと仕入れの数が少ない上に、うちの高校の2年生が買いに走るからだった。講義で扱う予定の書籍が本屋から消える経験は、その後、京大文学部の上田閑照先生の「宗教学概論」を取ってる時に再びあった。オンライン本屋のない時代には、そうした「目端が利くか利かないか」が、生き残る連中の絶対条件だった。いまはアマゾンですぐ入手できるから、こうした「書籍の実物を入手しているか否かで決まる情報格差」は生まれにくい。
高校2年の前期(高校は前期後期制だった)中間試験の課題図書は『ソクラテスの弁明』だった。だいたい『ソクラテスの弁明』を読むと、『ソクラテスの思い出』に行き、あとはプラトンに何冊か手を伸ばす。『饗宴』辺りは読むだろう。で、アリストテレスの『ニコマコス倫理学』に進むわけなんだけど、これは難しかった。高校の頃、2回くらい読んだように思うけど、その頃はちっとも理解できなかった。前期は、フランシス・ベーコン『ノヴム・オルガヌム』を読んで、デカルトの『方法序説』くらいで終わったんだっけか。その前に、マルクス・アウレリウス『自省録』を読んだ記憶があるので、確か、夏休みの課題図書だったんだっけな。冬の課題図書は何だっけな。こっちは思い出せない。

ニーチェ『ツァラトゥストラはかく語りき』は、英訳を一、二章読まされて、それが後期の中間試験に出た。たしか「山上の木」と「市場の蠅」を読まされたような気がする。それとカントの『純粋理性批判』『実践理性批判』『判断力批判』の三冊セット。後期の期末はマルクス『経済学批判』が試験範囲だったような記憶がある。あとはウェーバー『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』が最後の方。合間にヘーゲルが挟まっている筈なんだが、ヘーゲルを自分が読まなかったので、覚えてないな。あと、最後の最後が実存主義で、サルトルを読んだ。高校生向けというか一番お手軽な『実存主義とは何か』で、これは同級生の池田官司くんに貸して上げたんじゃなかったっけ。池田くんはその後精神科医になった。
こんな風に読書記録を書くと、なんだか特別なように見えるけど、同級生の半分くらいが同じような読書経験をしていると思う。ルソーやヘーゲル、プラグマティズムの各書など、わたしがパスした本を読んでいる、もっと熱心な連中もいた。学年の半分は同じ先生に習っているから、毎年恐らく150人近くが同じような読書経験をして、高校3年生を迎えるというカリキュラムが、母校では20年近くかそれ以上続いていたのではないかと思う。
脱線ついでに言っておくと、高校の1年でやる地学の授業のレベルが高く、北大に進学した奴からは、教養で地学を取ると、高1の夏と冬に出た課題図書の1冊が教科書で、聞いた話ばっかりでがっかりした、という話も聞いた。倫社と地学に関しては、異様な教育水準の高校だった。

コロンビア大学のコアカリキュラム、全学生必修科目で扱っている文学書にしても思想書にしても
 大学教養程度なら当たり前、30年前の気の利いた高校生なら半分は読んでいてもおかしくない書物
である。
もっとも、『世界文学全集』が家庭の本棚から駆逐され、岩波の青や白を読んで、エラそうにする中高生が少なくなっているのが昨今だから、
 大学教養でこんな難しい本をみっちり読むの?
という反応になるかも知れない。てかさ〜、
 西欧文化圏なら、普通、この程度は読んでて当然
という目安の書物が並んでいるのだが、これが
 え?
になるのだとすると、「教養」というのは、とっくに死んでいるのであり、たぶん、これから教養系書籍はどんどん売れなくなるだろう。

コロンビア大学でもこの
 古色蒼然たるコアカリキュラム
には、批判があるらしいのだが、OB/OGの寄付でこのカリキュラムは潤沢な資金を得て、運営されているのだ、という。
コーランを読ませる辺りは、たぶん、カリキュラム見直しで入ってきているのかな。それとも多民族国家アメリカだから、存外早くカリキュラムに入っていたのかも知れない。
聖書を読ませているけど、アジア系など非キリスト者の学生はかなりいるだろうから、共通理解のためにも、聖書くらいは読んでおこう、ということだろう。信仰の書というよりも、
 西洋の文脈の基礎
に聖書がある。ちょっとした言い回しなど、聖書を知らないと話にならないことがあるわけで、アメリカで大学生活を送るなら、聖書を知らないと辛いこともあるだろう。

ところで、この文学ラインナップを見て思い出したのが
 『あしながおじさん』
である。孤児だったジュディは、
 世界文学もアメリカ文学もよく知らない
まま、大学に進学する。そこで、級友達に無知をからかわれそうになり、必死になって文学全集を借りだして、読みあさるのである。
『あしながおじさん』の読書ラインナップや講義(歴史など)の報告は、コロンビア大学の
 大学最初の2年間でこれだけは読んで、身につけておけリスト
と重複する部分がある。『あしながおじさん』は20世紀初頭のアメリカの女子大の
 教養課程の教育内容
を反映していることを思えば、1919年から始まったコロンビア大学のコアカリキュラムにリストアップされた書目はなかなか感慨深いものがあるな。

ちなみに『あしながおじさん』の作者、ジーン・ウェブスターの出身大学は
 ヴァッサー大学
で、あの少女時代にアメリカに留学した大山捨松が
 日本女性として初めて卒業した大学
でもある。ヴァッサー大学は現在は共学。『菊と刀』のルース・ベネディクトも卒業生だ。

 

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コメント

ウォールストリートジャーナル紙にコロンビアとハーバードのカリキュラムを比較し、コロンビアが圧勝であるとの記事が出ていました。(http://online.wsj.com/article/SB10001424052748703618504575460011814791360.html?KEYWORDS=core+columbia)

投稿: takuma | 2010-09-12 09:23

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