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2010-02-16

杉立義一『医心方の伝来』思文閣出版(現在版切れ)

医学史、それも
 東洋医学史と日本医学史
については
 金持ちの道楽
と揶揄されることがある。なぜならば、
 勉強を始めるときに揃えなくてはならない基本書が異常に高価すぎる
からだ。たとえば丹波康頼『医心方』ならば、
 オリエント出版から出ている半井本などの景印本が必須
なのだが、1セット25万円もするのである。近所や所属する機関の図書館の蔵書にあればいいけれども、そうそうそこらに転がっている書物ではない。

それでも、まだ、この
 杉立義一先生が『医心方』研究を始めた頃
に比べると恵まれているのである。

平成3年に京都の思文閣から出されたこの
 医心方の伝来
は、まさに
 私財と時間を限りなく投入して完成された研究書
である。杉立先生は
 日本にある限りの『医心方』の写本はほとんど全て実見したほぼ最初の人物
だろうと思う。
もちろん、『医心方』に関わる文書については、断簡零墨に至るまで、全国を踏査され、個人蔵のものが多いこれらの文書に出来る限り目を通されている。

杉立先生は、本業は産科の医師だった。すでに先年亡くなられている。
医業の傍ら、長年の『医心方』の諸本の系統についてまとめられたのが本書である。
杉立先生が『医心方』研究を発表され始めたのは昭和56年からで、平成3年までの10年間にわたる書誌研究の成果がまとまっている。その間、明治以降所在不明だった半井本は昭和57年国に買い上げられ、現在は国宝に指定され、オリエント出版から景印本が刊行され、
 誰もがアクセス出来る
状態になったのだが、その「アクセス可能になる以前」に杉立先生の研究の基礎が作られているのである。
実際に所蔵されている図書館や個人のお宅に足を運び、資料を実見して、メモを取る。こうした地道で息の長い調査が結実したのが本書なのである。もちろん、個人蔵の資料については、その資料の閲覧許可を取るまでに、何度も交渉を続けなければならない場合もある。オンラインで公開されているデジタル資料とは異なり、個人蔵の古文書は、アクセスへの障壁が高い。そうした困難を一つずつ乗り越えて、手に取り、記録し、まとめるのが、書誌学の方法であり、杉立先生は多忙な医業の暇をまさに盗むようにして、研究を続けられたのだ。

いま事態はいくつかについては改善しつつあり、『医心方』研究は、杉立先生の頃と比べると格段に容易になった。しかし、諸本を実見するという手続きは、書誌学では決して抜くことが出来ない。
今後、経年劣化という避けがたい写本の性質を考え合わせても、杉立先生のこの『医心方の伝来』以上の書誌学的研究は出ないだろうと思う。できるとしたら、本書に注釈をつけるか、杉立先生が知り得なかったことを少し付け足すくらいなことだろう。

本書は残念ながら、すでに思文閣では版切れで、再版の予定はない。
古書店で購入するか、図書館の蔵書を読むしかない。
『医心方』研究には必須の参考文献なのに、新たに入手することは難しいのである。

こういう資料的障壁が続く限り、医学史を志す若い人達は、減っていくのではないか、と危惧する。

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