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2010-03-19

「マスコミたらい回し」とは?(その157)大淀病院産婦死亡事例民事裁判判決文を読む

3/15までに控訴がなかったため、3/1の判決が確定した
 大淀病院産婦死亡事例民事裁判判決文
がアップされた。

改めて、亡くなられた産婦さんのご冥福をお祈りすると共に、お子さまの健やかな成長を願ってやみません。

判決文は
 マスコミがこれまで「主張」してきた内容
をことごとく却けるものとなっている。

全文は、こちらからどうぞ。
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?action_id=dspDetail&hanreiSrchKbn=01&hanreiNo=38718&hanreiKbn=03

PDFになっている。
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20100318100440.pdf

PDFはちょっと、と言う方は、「僻地の産科医」先生がご自身のblog「産科医療のこれから」でテキストに落としているのを御覧下さい。
大淀事件 判決文が裁判所から公開されました!

2006年10月17日に始まった報道には、
 CT検査による診断が大淀病院で行われなかったために、死亡を招いた
との主張があった。原告による訴えは、上記判決文によると次のようである。


第2 事案の概要
 本件は、C(以下「C」という。)が分娩のため大淀町立大淀病院(以下「被告病院」という。)に入院中、脳内出血が生じたところ、被告病院産婦人科の被告D医師(以下「被告D医師」という。)が、子癇であると誤診して頭部CT検査を実施せず、速やかに高次医療機関へ転送すべき義務を怠った結果、Cが脳内出血により死亡したと主張して、Cの夫である原告Aが、被告らに対し、不法行為に基づき、連帯して、損害賠償金4728万3748円及びこれに対する平成18年8月8日(不法行為日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を、Cの子である原告Bが、被告らに対し、同様に、4078万3748円及び上記起算日・割合による遅延損害金の各支払を求めた事案である。(なお、以下、日付のみ又は時刻のみを記載したものは、直前と同一の月又は日を示す。)

CT検査の適否について、裁判所は医学的知見を実に綿密に積み上げて、判決を導いている。

まず、
 なぜ、住んでいる自治体外にある公立病院である大淀病院を選んだか
についての認定は次のようになっている。


 Cが被告病院を選んだのは、原告らの居住地の近くにある五條病院の産科が閉鎖されていたことや原告Aが被告病院で生まれ、原告Aの祖母が被告病院で看護師をしていたことなどによるものであった。

もっとも近い五條病院が産科を閉鎖しており、家族の関係から大淀病院が選ばれることになった。

担当医は、県立医大から派遣されていた非常勤のG医師であり、出産前の診察では、妊娠高血圧症候群(いわゆる妊娠中毒症)の徴候はなく、順調な経過だった。


 Cは、平成17年12月20日以後、定期的に被告病院産婦人科を受診していた。診察は、奈良県立医大から派遣されていたG医師が担当していた。
 Cは、出産予定日を経過した平成18年8月2日、被告病院を受診し、G医師の診察を受け、予定日の1週間後である8月7日までに分娩が始まらなければ、入院して分娩誘発剤を服用する予定である旨の説明を受けた。Cのそれまでの受診時の血圧は、108/50~118/62程度であり、妊娠高血圧症候群ではなく、このほかにも妊娠経過に特段の問題はなかった

予定日を過ぎても出産しなかったので、入院することになる。


 Cは、8月7日、まだ分娩が始まらなかったため、午前9時20分ころに被告病院に入院し、午前9時40分ころから経口の陣痛促進剤(プロスタルモン)の服用が開始された。この時点の血圧は122/70であった。その後、1時間おきに服用したが、規則的な陣痛はなく、午後2時45分の時点で、予定の6錠を終了したが、まだ陣痛は弱かった。午後6時ころから陣痛は規則的となったが、分娩までにはまだ時間がかかることから、被告D医師はいったん自宅に帰った後、午後11時ころ被告病院に戻り、被告病院内の休憩室で待機していた。

陣痛がつかないので、陣痛促進剤を服用、弱い陣痛がつき始めたが、午後6時頃の段階では分娩に至るほどには強くなっていなかったことが窺える。

この日の当直は次の通りだった。


 なお、同日の被告病院における当直医は、内科のE医師と整形外科医、小児科医であり、脳神経外科医はいなかった。当直の看護職員は、H看護師(以下「H看護師」という。)とF助産師であった。入院している患者は13名、新生児は4名であった。

これら当直スタッフは、産婦Cさんだけでなく、入院患者13名(うち新生児4名)のケアにも当たらなくてはならない。

夜の早い段階では、特に異常はなかった。


 F助産師は、午後5時以降随時、陣痛室内のCの状態を観察していた。Cは、痛みをを訴えることが多く、嘔吐もあったが、特に医師に報告を要する程度のものではなかった。また、同日午後9時30分ころから、原告Aが陣痛室内でCの様子を見ていた。

夜半を過ぎて、異変が起き始めた。産婦Cさんが頭痛を訴え始める。


 Cは、8日午前零時ころ、 「こめかみが痛い」と訴えて、頭部右側を何度もたたき、発汗と嘔吐があった。この時点の血圧は155/84、脈拍数は74回/分であった。F助産師は、Cの痛みが尋常ではないことから、休憩室で待機している被告D医師に電話で報告した。被告D医師は、陣痛による血圧の軽度上昇や暑さ、嘔吐による脱水などの体調不良等と判断し、脱水状態の改善を図り体調をよくする目的で生理食塩水の点滴をし様子をみることにし、その旨電話で指示した。F助産師は、被告D医師の指示に従い、生理食塩水500mLの投与を開始した。
 F助産師は、午前零時10分ころ、Cに胃液の嘔吐があったため、再度被告D医師に電話で連絡したところ、プリンペラン(むかつき止め)を投与するように指示を受け、その指示に従い、プリンペラン1アンプルを静脈注射した。Cは、この時点では、呼びかけに応じて時々開眼していた。

処置の後、意識を失う。


 Cは、午前零時14分ころ、突然意識を消失し、応答しなくなった。F助産師はCの頬をたたいて起こそうとしたが、意識は戻らなかった。F助産師は、自動血圧計を装着するとともに、H看護師に連絡し、H看護師が被告D医師に電話で連絡した。
(略)
 E医師は、連絡を受けて陣痛室に駆けつけ、Cの診察をし、JSC100~200(痛み刺激に反応)で、血圧、呼吸は安定しており、瞳孔に散大はなく、対光反射を認め、共同偏視や顔面まひ、チアノーゼはなく、聴診で胸部に異常もなかったことから、陣痛による精神的な反応から来る心因的意識喪失発作であり、バイタルサインがよいのでこのまま様子をみるのが相当であると判断し、被告D医師に対しその旨告げた。なお、E医師は、この時点までに脳梗塞と脳出血を合わせて約100例の診察経験があった。
 被告D医師は、まもなく、原告Aに対し、「内科の先生に診てもらったが、失神と思われるとのことで、全身状態はよいのでこのまま様子をみることにした。」と説明した。そして、被告D医師は、胎児心音が正常であることを確認した後、休憩室に戻り、E医師も陣痛室から出た。被告D医師らは、H看護師やF助産師に対し特に指示はしなかった。

午前1時47分には子癇を疑われる痙攣が起きる。


 午前1時37分ころ、H看護師とF助産師は、ナースステーションにいたが、そこに設置されているCの自動血圧計のモニターが175/89と高値となったことから、二人で陣痛室に赴いた。
 Cは、いびきをかいており、腕をぐーっと外側に伸ばし、けいれん発作が生じていた。水銀血圧計で計ると200/100であった。H看護師は、原告Aに対し、「いつからこのような状態なのか」と問うと、原告Aは「少し前から」と答えた。なお、Cのこのときの状態について、H看護師は、それまでの経験から除脳硬直であると判断し、病棟看護管理日誌(甲A3・2頁)に「除脳硬直」と記載し、F助産師は「全身にぐうっと、四肢というか、手足に力を入れて、つっぱったような形で反り返ったような姿勢」(証人尋問での証言・証人尋問調書10頁)、原告Aは、「両腕を内にぐっと曲げて、同時に両足の爪先をぴっと伸ばす感じで、20~30秒くらい続いて3、4分ごとに繰り返す。」(本人尋問での供述・本人尋問調書15頁)との認識であった。
 F助産師は、すぐに被告D医師に連絡をし、被告D医師は急いで陣痛室に駆けつけた。被告D医師が入室した時点でのCの様子は、ベッドに仰向けに寝て、手足をつっぱり、首も背中も反り返ったような状態で、けいれんしていた。瞳孔は、左右差はなく、共同偏視もなかったが、中程度の散大固定があり、対光反射もなかった被告D医師は、子癇による強直性けいれん(筋肉の攣縮が継続的に起こるけいれん)ではないかと考え、子癇発作に対する鎮痙剤であるマグネゾールの静脈注射を指示するとともに、E医師を呼ぶように命じ、この時点で高次医療機関への転送を考えた。なお、被告D医師は、この時までに24年の臨床経験を有し、約6000件の分娩の経験があったが、子癇の経験は3例程度であり、脳出血の経験はなかった
 午前1時46分ころ、Cに対しマグネゾールが静脈注射され、その後、舌をかまないようにバイトブロックを口にかませた。E医師は、午前1時50分ころ、陣痛室に駆けつけCを診察した。血圧、呼吸状態は安定していたが、瞳孔は散大し、右の対光反射は消失し、左の対光反射をわずかに認めるのみであった。

この後、散々マスコミに問題にされ、あたかも
 CTが脳内出血を「治療する」
ような
 CTさえ撮っていれば助かった
という論調を巻き起こした
 CT検査の適否
については、次のように事実認定されている。


 E医師は、こうした所見や約1時間30分意識消失状態が続いていることから、脳に何らかの異常を来しているものと考え、被告D医師に対し頭部CT検査を行って脳の状態を調べるかを尋ねたが、被告D医師は直ちに転送したほうがよいと考え、受入依頼を連絡するために、陣痛室を出て電話があるナースステーションに向かった。陣痛室ではE医師とH看護師、F助産師がCの観察にあたった。
 なお、被告病院では、夜間CT検査を実施する場合、実施を決めてから現実に実施するまでに準備のために40~50分程度を要していた。

内科のE医師が、脳に異常を疑い、CT検査の適否を主治医であるD医師に尋ねたところ、
 準備に40〜50分かかるCT検査よりは緊急搬送
を選んだ、ということである。
この点について、判決は、次のように述べる。


イ 問題となるのは、原告らが主張するように、頭部CT検査をしなかったために、脳出血の診断が遅れ、脳圧下降剤を投与する機会を逸したことをもって過失といえるかという点である。確かに、午前1時37分ころには脳に何らかの異常が生じていることを認識することは可能であり、現に被告D医師らにおいて認識していたと考えられるのであるから、通常直ちにCT検査を実施すべきであったといえる。しかし、被告D医師において、午前1時37分ころの時点で、一刻を争う事態と判断し、CT検査に要する時間を考慮すると、高次医療機関にできるだけ迅速に搬送することを優先させ、直ちに奈良県立医大に対し受入れの依頼をしているところであって、頭部CT検査を実施せずに搬送先を依頼したことが不適切であったといえるものではない。
 もっとも、結果的には、午前1時50分ころに奈良県立医大に対し受入れの依頼をし、国立循環器病センターへの搬送が開始されたのは午前4時49分であるから、約3時間を要しているところ、被告病院においてCT検査は40~50分程度で実施可能であることからすると、CT検査を行うことができたということができ、それにより脳に関する異常を発見してグレノール(脳圧下降剤)の投与等の措置をとることができた可能性は否定できないただし、本件ほどの血腫の場合、脳圧下降剤の効果があるかは疑問視される(K証言・証人尋問調書17頁)。)。しかし、被告D医師のそれまでの経験では搬送先が決まるまで長くても1時間程度であったことからすると、CT検査を実施すると、その実施中に搬送先が決まる可能性が高く、その場合には、CT検査の実施が早期の搬送の妨げとなることも考えられるところであって、CT検査を実施するよりも早期に搬送することを選択した被告D医師の判断は、十分な合理性を有しているということができる。そして、CT検査は極めて有用ではあるが、検査に出室させることによるリスクや検査中不測の事態をも考慮し施行時期を慎重に選択することが重要であるとされているところであって、まず受入れを依頼し、搬送先の病院に検査をゆだねた被告D医師の判断が不適切であったということはできない。
 N意見やO意見は、被告病院においてCT検査を実施すべきであったとするが、上記の理由により採用できない。

要するに
 たまたま不幸なことに搬送先が見つからなかったために、緊急搬送まで時間がかかり、その待ち時間が「CT検査が行えるように見えた」時間だったが、緊急搬送を優先する観点からは、検査準備に40〜50分かかる大淀病院でCT検査を行わなかったのは妥当
という判断である。

また、原告が裁判で主張し、マスコミ報道などでも見られた
 脳外科のある病院にさえ転送されていれば、助かった
という論調も次のように却けられている。


 原告らは、Cが8日午前零時14分ころに意識を消失してから数分経過した時点で頭部CT検査を実施していれば、午前1時までには脳出血の存在が明らかになっており、脳外科救急機関は数多くあることから、搬送先を確保することは困難ではなく、より早期に治療を受けることができたとして、転送を遅延させた過失を主張し、N意見も同旨を述べる。
 しかしながら、CT検査を実施し、脳出血であるとの診断ができたとしても、現に分娩進行中であるから、産婦人科医の緊急措置が必須であることに変わりはなく、子癇の疑いとして搬送先を探した場合に比べて受入施設の決定がより容易であったとはいいがたい。仮に、原告Aにおいて、脳外科の医療機関を希望したとしても、現に分娩が進行中であり、脳外科医が分娩を放置してCの脳出血の治療のみに専念するとは考えがたく、脳外科と産婦人科の双方の対応が可能な医療機関に転送することがやはり必要であり、CT検査を実施し、脳出血であるとの診断がついていたとしても、早期に搬送先の病院が決まったということはできない

で、裁判所は次のように判断した。


 以上のとおり、被告D医師らにおいてCT検査を実施せず、転送が遅れた過失を認めることはできない

産婦Cさんの脳内出血の経過は迅速で、かつ重大なものであったことを、裁判所は次のように認めている。


 前記のとおり、午前零時14分ころの時点では脳出血が生じていると診断することは無理であって、経過観察としたことは相当であった。しかし、心因的意識喪失であれば意識喪失が30分以上継続することは通常ないのであるから、午前零時14分ころから30分が経過した時点で、改めて診察をし、脳に何らかの異常が生じていることを診断し、直ちに搬送先を探し始めるというのが、被告病院が取り得た最善の措置であったということができる。仮に、午前零時14分ころから30分余が経過した午前零時50分の時点で搬送先を探していたとすると、これからは全く仮定の話になるが、被告D医師は奈良県立医大に依頼したと考えられ、その時点であれば、奈良県立医大においてたまたま受入れが可能であったとする。その場合、直ちに搬送手続を開始したとしても、搬送に30分程度は要することになり、救急車の出動要請もあるので、奈良県立医大への到着は午前1時30分ころになったと考えられる。そして、人的物的設備が整った国立循環器病センターにおいても、産科医、脳神経外科医、麻酔医らを集め、準備をすすめても、手術を開始するまでに、約2時間(午前5時57分に搬送され、血腫除去術開始は午前7時55分)を要しているのであり、その程度は奈良県立医大においても必要であったと考えられる。そうすると、奈良県立医大での手術開始は午前3時30分ころになったと考えられる。
 ところが、前記認定のとおり、午前2時ころには、瞳孔が散大し、呼吸が26回/分と過換気の状態となり、呼吸障害も起こり、「中脳-上部橋期」に相当し、通常非可逆的である。Cの病態の進行は急激であって、午前2時ころから数十分以内に開頭手術を行わないと救命は不可能であったのであるから、午前3時30分ころの時点で緊急の開頭血腫除去術を行っていたとしても、救命の可能性は極めて低かったと考えられる。したがって、午前零時ころに脳出血を発症し進行が急激であったCの病態からすると、被告D医師らにおいて想定しうる最善の方策を講じたとしても、救命することはできなかったということができ、救命できた相当程度の可能性も認めることはできない仮に、被告病院においてCT検査を実施し、脳出血の診断を得て、その旨搬送先に連絡し、搬送先において予め脳神経外科医による手術準備をしていれば、搬送先病院における受入れから手術までの時間は短縮できるが、逆に被告病院におけるCT検査の時間を要し、全体として短縮にはならない。)。
 逆に、時系列をさかのぼって検討してみる。前記のとおり、遅くとも午前2時ころから数十分以内には開頭手術(血腫除去術)をする必要があり、その時刻を午前2時30分としてみると、前記の経過からすると、電話で受入れの依頼をしてから搬送、診断、手術準備までに2時間40分程度(奈良県立医大への搬送までに40分、手術開始までに2時間程度)を要することからすると、7日午後11時50分ころまでに受入依頼をする必要があったといえるが、その時点ではいまだ脳の疾患を疑わせるような所見はなく(疑わせる最初の症状は午前零時ころの頭痛である。)、Cを救命することはできなかったということができる。

極めてまれながら、致命的な、まことに不幸な事例というしかないのだ。裁判所もそう判断した。


 しかしながら、前記のとおり、午前1時37分ころに除脳硬直が生じていることは、脳出血が中脳から橋に及んでいることを示しており、午前2時ころには瞳孔が散大となっているのであるから、Cの脳損傷は致命的であって、午前4時ころまで救命できたということはできない

こうして次のような結論が導かれた。


 以上のとおり、被告D医師らにCT検査を実施しなかったことについて過失を認めることはできず、仮に過失を認めたとしても、Cが死亡したこととの間に相当因果関係があるということもできない。結局、本件においては、Cに脳出血があってからの経過が急激であるため、産婦人科、脳神経外科、麻酔科が完備した病院で分娩をし、緊急の対応が可能であった場合でない限り救命できなかった、あるいはその条件が揃っていたとしても、救命できたかわからない事案であったということができる。
 したがって、原告らの各請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。
 よって、原告らの各請求を棄却することとし、主文のとおり判決する。

大淀病院のような、規模の小さい公立病院だから助からなかったというのではなく
 設備の整った病院であっても、救命できたかわからない
という判断である。

ところで、最後の付言の一部が、判決報道でマスコミが大々的に取り上げたものだったのだが、マスコミがあまり書かなかった部分には次のような言葉がある。一人医長についての部分だ。


 本件で忘れてはならない問題がもう一つある。いわゆる1人医長の問題である。被告病院には常勤の産科医は被告D医師のみであり、出産時の緊急事態には被告D医師のみが対処していた。1人医長の施設では連日当直を強いられるという過重労働が指摘されている。本件で、被告D医師は夜を徹して転送の手続を行い、救急車に同乗して国立循環器病センターまで行った後、すぐに被告病院に戻り、午前中の診察にあたっている

D先生にとって、患者は搬送に当たったCさん一人だけではなかった。ほぼ徹夜の状態で国循に付きそい、そのまま大淀病院に帰って、午前の診察をこなされた。当時D先生は60歳目前であったはずで、こうした激務のなかで、この不幸な事例が起きたのである。
今回の判決の認定事実には、次のような叙述がある。


また、被告病院では、本件があった後、分娩を扱うことを中止し、現在、奈良県南部には分娩施設がない状況となっている。

メディアスクラムが、奈良県南部の産科を破壊した状況は、今もそれほど変わっていない。

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コメント

ssd先生によると毎日から製薬業界へ泣きが入ったとのことですが、謝罪訂正をちゃんとしない限り医療従事者の怒りが収まらないという単純な事がマスゴミ脳にはわかっていない様です。waiwai騒動のように無視していればバナー広告は復活するし、新聞紙上の広告もそれなりになどと考えているとしたら医療従事者の記憶力をなめるなと言いたいです。

投稿: 放置医 | 2010-03-19 14:10

原告側からでたO意見...orz

投稿: physician | 2010-03-19 16:37

奈良の事件がどうして大阪地方裁判所で民事訴訟が行われるのか?
ちょっと裁判及び関西の事情に疎いので分からないのですが
もしかして「奈良地方裁判所」と言うものが存在しないからでしょうか?

大淀事件についてはマスコミの報道が「偏りすぎ」ていて冷静に客観的に淡々と報道された事が無いので
分からないことだらけです
医師による分析も有りますが、弁護士による分析のブログも探してじっくり読んでこの事を
深くじっくり考えていきたいと思います

投稿: ゆりあ | 2010-03-19 18:49

ゆりあさん

奈良地裁はありますよーう(泣

訴訟は,原告あるいは被告となる人の,どちらかの住所を管轄する裁判所のいずれか都合の良い方を選ぶことができます。

ですから,通常の例から考えると,原告の一人が大阪府内に住んでいるというのが現実だと思います。

ちなみに家庭裁判所や簡易裁判所の調停は,相手となる方の住所を管轄する裁判所に申し立てます。

投稿: ripplepapa | 2010-03-19 22:31

 お亡くなりになられた方の、ご冥福をお祈り申し上げます。

 また、このように判りやすくまとめていただいたブログ主様に感謝いたします。

 (ちなみに、記述中にある「JSC」は、「JCS」が正しいかと思うのですが。)
 
 まるでシャーロックホームズの謎解きのように、冷静に、一つ一つ仮説を解説していくところなど、さすが裁判官!あたまいい!と感じたのは私だけでしょうか。

投稿: rokutan | 2010-03-20 18:55

>原告側からでたO意見...orz

しかし判決文ではO意見もN意見も否定されていますね.原告側鑑定にいずれも無理があったということですね.

「N意見やO意見は,被告病院においてCT検査を実施すべきであったとするが,上記の理由により採用できない。」

「原告らは,午前2時あるいは3時の時点でも痛み刺激に対する反応があり,JSC200,瞳孔4~5mmで中等度固定,呼吸正常であり, 午前4時ころまでに開頭手術を実施していれば,十分に救命できたと考えられると主張し,N意見も同旨を述べる。
しかしながら,前記のとおり,午前1時37分ころに除脳硬直が生じていることは,脳出血が中脳から橋に及んでいることを示しており,午前2時こ ろには瞳孔が散大となっているのであるから,Cの脳損傷は致命的であって, 午前4時ころまで救命できたということはできない。」

投稿: Level3 | 2010-03-23 20:28

大淀病院事件で長年奈良県南部のお産を一手に引き受けてきた老産科医師を不当に攻撃した記者の女が、
その後大阪社会部に異動し京都の部落問題など「人権問題」について連載していたようですね。
8月20日の「記者の目」参照。
まずは、大淀病院産科医師の先生に個人的に謝罪の上、新聞社と当時の支局長と共に新聞紙上で公式に謝罪して
自らが犯した重大な「人権侵害」の償いをしない限り、人権問題云々に触れる資格はないと思うのですが・・・

客観的状況把握よりも無理解のままにセンセーショナルで他人への不当且つ過剰で一方的な断罪して自らを「正義の高み」
においた記述がこの大淀病院事件執筆女性記者も含めて多いような気がします。
また、「人権」「女性」ほか、誤解を恐れず言えば『社会的弱者』という真正面からの反論を打ちだしにくい勢力には
盲従し、強く共感して公平中立的視点を保つことも求められる「記者の目」が失われているように感じるのは
私だけでしょうか?
「出産時の医療者側の不誠実な対応により妻を失った、気の毒な医療被害者である夫と赤ん坊」という当初新聞社と
女性記者らが描いた図式に世間も当事者も全てが呑み込まれていった、「人災」であると大淀病院事件については
捉えております。

投稿: 岐阜の一老人 | 2010-08-28 15:25

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