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2010-03-11

わたしは「千の風になって」を歌わない 電通出身の新井満による著作権侵害の疑いとNHKと朝日新聞によるその幇助の是非

「千の風になって」という歌が日本で俄然注目され、CDも飛ぶように売れるきっかけとなったのは
 2006年の第57回紅白歌合戦で秋川雅史が歌った
からだったのは間違いない。秋川雅史は3年続けてこの「千の風になって」を紅白で歌うことになる。

ところで、もともと作者不明の英語の詩を新井満が和訳したといわれていた
 千の風になって
には、実は
 元になった書籍があり、新井満訳「千の風になって」はその剽窃
という指摘があることを、わたしは今日まで知らなかった。

佐々木俊尚さん経由。


あまりにも酷い「千の風になって」の盗作問題。新井満氏と朝日新聞はきちんと回答すべきではないか。/ 『1000の風』と『千の風になって』 1 | 南風椎の「森の日記」 http://blog.greetings.jp/?eid=98

1995年6月、南風椎氏は、
 1000の風―あとに残された人へ
という書籍を三五館から出版した。この書籍が
 新井満の「千の風になって」の大元
であり、
 新井満がそれを剽窃して現行の「千の風になって」の「和訳」を行った
のは、南風椎氏のblog「森の日記」を読む限り、動かしがたい事実ではないかと思われる。
是非、以下をご一読下さい。
なお、新井満が講談社から
 写真詩集『千の風になって』
を刊行したのは、2003年6月のことで、南風椎氏の著作との先後関係は明らかである。
『1000の風』と『千の風になって』 1
『1000の風』と『千の風になって』 2
『1000の風』と『千の風になって』 3
『1000の風』と『千の風になって』 4
『1000の風』と『千の風になって』 5
『1000の風』と『千の風になって』 6
『1000の風』と『千の風になって』 7
『1000の風』と『感謝する死者』
これを読むと驚くのだが
 南風椎氏と新井満とは旧知の間柄だった
のである。(5)には
 南風椎氏と新井満が一緒に収まった写真が掲載
されている。まだ
 「小説家になりたい」と言っていた電通マンの頃の新井満
だ。そして、驚くべきことに(6)を読むと、
 南風椎氏の『1000の風』の写真のアイデアを新井満『千の風になって』の表紙がパクっている
のだという。で、これを南風椎氏に見せたらしい。まあコンピュータ業界でいうところの
 look and feel
って奴だとすると、相当アレですね。
 旧知の人間の著作物を盗んで平気(新井満は「南風椎の本がなかったら自分があの詩に出会うことはなかったし、本も歌も作れなかった。これからは取材のときも講演でもそのことをかならず最初に言います」と言って帰ったと(6)には書いてあるが、本当にそれを実行してるんですか?)
というのだけでもアレだけど
 それをその本人に堂堂と見せる
という神経は全く理解出来ない。
 すげーよ、広告業界
というしかない。

以上のblogでの連載記事は去年の11月のものなのだが、話は更に続くことになった。
 朝日が「千の風になって」で商売を始めようとしている
からである。
『1000の風』と『千の風になって』 8

昨日のblogでは
 朝日の商売
について触れられている。
さようなら、朝日新聞。

朝日新聞が
 新井満を審査委員長にして行った「千の風になったあなたへ贈る手紙」体験募集
がそれで、全国から寄せられた善男善女の手記が3/5に発売された。

電通出身の新井満が手を染め、天下の特殊法人日本放送協会、そして朝日新聞が荷担した
 著作権無視の「感動で金さえ儲かればよい」プロジェクト
に、国民みんながダマされている、ってことね。

南風椎氏は、今後も
 何かあったらblogで報告
されるそうなので、この問題に関心のある方は、以下をブックマークしておくことをオススメしたい。
1000 winds

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コメント

「盗作」という話ですが、道義的・感情的な問題と、著作権の問題とは、切りはなすべきではないでしょうか。
ご本人が「ぼくもあれは完全なパクリだと考えている」とおっしゃっていても、あきらかに著作権法に触れるレベルの盗用かどうかは、本文を照合してみないと判断できません。
実際に全体を見比べてみれば「これはどう見ても全面的に盗用してるだろ」とか「だいたいは新たに原詩から訳してるっぽい」とかいろいろ感想は出ることでしょうが、全文を読まずに盗作と決めつけるのはよくない。

以前、パブリック・ドメインの文章を編訳した絵本『父は空 母は大地』から悪質な盗用をしていた国会議員を訴えました。
http://ryomichico.net/seattle.html
対照表つきの訴状はこちら。
http://ryomichico.net/seattle-complaint.html
もとのテキスト群はパブリック・ドメインだから、そこから誰かが新たな日本語テキストをつくるのは大いに歓迎。この絵本以前にも、別の編訳書が出ています。今後、独自に編訳した本が何冊出ようと、それをネタに誰かが大きな商売にしようと、何も問題ないと思います。でも盗用はいけない。
訴えられた岩井國臣氏は「鳥羽水族館の中村幸昭氏からもらった文章なので盗用ではない」と主張しましたが、事実上こちらの全面勝訴でスピード決着。

今回の件も、ネットで騒いでいるだけではすっきりしません。ほんとうに盗用されているなら、さっさと裁判で決着をつけてもらった方が、みんな安心すると思います。
盗用とまでは言えないレベルの巧妙なパクリなら、みんなで新たに最高の日本語テキストを作って『決定版・千の風になって』というタイトルで発表して、新井版を駆逐しちゃったらいいんじゃないでしょうか。

投稿: 松永洋介 | 2010-03-11 14:31

法的にどうなのか、ということではなくて、常識や良心に照らしてどうなのか、
ということだと思います。
裁判で白黒つけるのもいいですが、損害賠償という話になってしまうので、どうしても
利害関係の問題と考えられてしまい、普遍的な常識の問題としてとらえられなくなるような
気がします。

投稿: かめ | 2010-03-19 23:53

私も南風さんの主張は、感情的だと思います。
原詩があるのですから、それを翻訳すれば、同じような表現になるのは当然です。
それでも納得できないのならば、やはり法的手段に訴えればいいのです。
(金銭に結び付けられるのでイヤだと言うのは、いい訳だと思います)
それをせず、ネット上で一方的に非難するのは、卑劣だと思います。
差別関連の文化人(?)を巻き込んでの攻撃も、不自然な感じがします。

加えて、お亡くなりになった作家の言葉を引用して、新井氏が小説のアイデア盗用をしたというくだりは、
名誉毀損にあたるのではないかと気になりました。

南風さんのブログを読んで見えたのは、嫉妬心でした。
「自分が先に見つけ、翻訳したのに、光を浴びなかった、だから許せない。」
その怒りをいろいろなものに摩り替えているようで、見苦しく、悲しさすら感じました。

物書きは書いたもので勝負です。
南風さんの「1000の風」を再プッシュして、新井版を駆逐なさるのも一つのアイデアです。

最後に。
「千の風になって」がここまで広がったのは、活字だけの力ではなく、あの詩に曲が付いたからです。
南風さんの「「1000の風」では、この風は吹かせられなかったでしょう。
従って、あれほど多くの方々が癒される事もなかったと思います。
言葉(詩)は他人から発せられて初めて魂を持ちます。
私は、そう信じたいです。

投稿: kasugasan | 2010-03-25 11:00

パブリックドメインを私物化して権利登録するなんて行為が法に触れないとは決まっていませんけどね。
もし日本だけはこういう不埒な行為が合法だというならこれは著作権法等の不備なので法改正が急務でしょう。
まぁひどい話です。朝日も何をやってんだか。世界の常識は日本の非常識。

投稿: comap | 2010-03-31 12:37

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