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2010-04-05

遷都1300年なのに奈良時代の面白そうな歴史小説が出てこない理由

歴史マニアは、医師には結構多い。だからこそ
 医学史研究者の多くは医師
だったりするわけで、ほぼ奉仕に近い形で長年研究を続けてこられた先学がいらっしゃる。

ところで、
 遷都1300年なのに、新しい奈良時代の歴史小説があまり出てこない
という話になった。これも、話題を振ったのは産科の先生だったのだが、理由は簡単で
 奈良時代の歴史を書くには漢文が読めないと困る(日本語の漢字仮名交じり文が成立する以前の時代なので同時代資料は漢文か万葉仮名で書かれている)
 もっとも、小説を書くくらいの準備をするくらいなら、同じ材料で論文を書いた方が話が早いし生産的
という辺りで、ちょっと興味があります程度だと歴史小説に必要な資料の読み込みが出来ない分野である上に、文芸書が売れない昨今、奈良時代関連の一次資料が読める程度の漢文力があるなら、研究を続けていた方がマシと判断しているのではないかと思う。最近は、日本人の漢文力は落ちまくっているから、嘆かわしいことなのだが、漢文を読む力は特殊技能になってきている。いまは人文系の研究ポストも非常勤ポストも不足してるから、その内、研究者の前途を文筆業に変更しようとトライする博士持ち、修士持ちが出てくるかも知れないけど、すでにそういうヒトがいてもおかしくない状況なのに量産されてない理由は、やはり、古代史研究そのものの取っつきにくさにあるのではないかと思う。あとは
 従前は文献史学で済んでいた古代史特有の事情
というものもある。この頃は新しい発掘が
 史実と考古学的事実を結びつける
ことになったりしていて、実は奈良時代について、これまで漠然と考えてた枠組みは、もう一度考え直さないといかんのじゃないか、とか、動いている部分があるのも大きいだろう。
 分かっていたと思ったことは実は全然分かっていない
のが、古代史の場合は結構あるので、論文を読みながら、悪態をつく事態にもなるわけだ。

で、奈良時代の小説を書くなら、基本資料として『続日本紀』があるわけで、これは現代語訳もあるし、岩波の新古典大系本もあるから、取っつきやすいんだけど、ただ『続日本紀』から必要な事項をずらずら抜き出しても小説にはならない。抜き出しそのものは、技術さえあれば30分も掛からない。
制度については、膨大な研究があり、ウソを書くとすぐバレる。しかも、中国の律令制を輸入して、日本流にアレンジして使っている時代なので、これまたいろいろ面倒だ。
面白い人物がいるけれども、『続日本紀』を越える造形が出来るかというと、『続日本紀』は妙なところで律儀だから、結局は『続日本紀』に負けてしまう。で、あまり歴史小説にならないんじゃないのかな。
想像上の人物を混ぜて書けば、いいかもしれないけどね。それでも、例えば、『続日本紀』の孝謙・称徳天皇の宣命の迫力には負けるかも。まあ、孝謙・称徳天皇(当たり前の話だが、一人の女帝が重祚〈=二度皇位に就くこと〉している)の宣命がかなり凄い文章だ、ということに尽きる話でもあるのだが。読んだことのないヒトは、是非、岩波の新古典大系に入っている孝謙・称徳天皇の宣命をどれでもいいから、ちょっと長いけど、音読してみて欲しい。結構キますよ、これ。

そういう意味では、『続日本紀』を離れて書くことの出来る、鑑真和上に着目した井上靖はエラかった。
国際都市平城京を書こうとすれば、どうしたって、留学生・留学僧と中国・朝鮮の人々との関係を書くのがわかりやすいもんなあ。
土曜日のNHK「大仏開眼」は外出してたので見てないけど、吉備真備をメインに据えている。

もし、奈良時代の小説でこれまであまり有名じゃなかった人物をメインに据えて書くなら、何人か候補はいるけど、そういう小説を書く暇があったら、研究者ならたぶん論文が5本くらい書ける筈なので、売れるか売れないか全く謎な小説を書くよりも、論文を書くだろうなあ。

おまけ。最近の文芸書の悲惨な売れ行きについては以下に。
某有名出版社のリストラ対象社員の方のリアルなblog「たぬきちのリストラなう日記」より。
リストラなう!その1 リストラが始まりました
ごく少数の作家を除いて
 文芸書はどんなに売れても1万部
だとのこと。下調べに異常に時間の掛かる歴史小説でこの売れ行きだと、恐らく、最初は本を出して貰えても、作家専業では、その内、
 下調べの時間と費用が追い付かなくなる
だろう。そうなると、兼業作家(大学教員とかの)でないとやっていけなくなる。たぬきちさんの分析では
 半年掛けて書いた小説を1800円で売って、印税10%なら収入は180万円
とのことだけど、歴史小説で準備に半年というのは、古代のものだと短すぎるんじゃないかな〜。手間が掛かっても、売れないなら
 別な形で売る
しかないわけで、地道な大学院生なり研究者は、せっせと論文を書くことになる。それに論文を書くのと、小説を書くのでは、同じ文章でも全くアプローチが違うからな。大学では少なくとも、論文を書く技術は教えてくれる(筈。京大文学部では教えない。そんな当たり前のことは自分で身につけろ、という放任主義が京大流だ)。

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