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2010-04-10

佐々木俊尚『電子書籍の衝撃 本はいかに崩壊し、いかに復活するか』ディスカヴァー21 期間限定(4/14正午まで)ダウンロード版110円

(追記 4/17 職場に献本が届いてた。佐々木さん、ありがとうございます)

商業出版の電子書籍でトクをするのは誰か。ソンをするのは誰か。電子書籍を売るためにはどういう工夫をすればいいのか。
簡単に言うと、本書で佐々木さんが論じているのはその点である。

この議論に馴染めないのは、おそらく印税とか原稿料とは関係ない学術出版の世界で生きているからだろう。学術出版の世界では、相当な経費を掛けて調査し、何か論文を書いたら、論文の出版によって、掛かった費用を回収するという発想はない。研究論文は、論文の中に書かれた結論に価値があるからだ。わたしの所属する学会では、学術論文は、基本的に売り物ではなく、印税も発生しない。(そうでない学会もあるかもしれない)
わたしの学位論文は単行本になっているが、これは科研費の助成を受けて出版されたもので、一般の商業出版とはちょっと違う。書籍価格はついているが、その利益は、一定数以上売れれば出版社に還元されるモノであり、わたしの手元には一銭も入ってこない。定価1万円を越える専門の研究書という悪条件だったが、幸い、出版社が損しない程度には売れたので、編集者にも編集部にも迷惑を掛けずに済んだ。値段が高い書籍なので、売れればわたしが儲かると勘違いしているヒトがいるのだが、科研の助成出版というのは、初版を売り切らない限り、ある一定部数以上は売れたら売れただけ出版社の利益である。ただ、初版部数はせいぜい500部位までだ。
 著者であるわたしに印税が発生するとすれば、増刷が掛かったときだけである。当然ながら、高価な学術書がそう売れるはずもなく、300部刷った初版がまだ50部以上残っており、恐らくこの処女単著の印税を手にすることはなさそうである。
 もし、わたしたち研究者が書く研究論文が何か利益を生み出すとすれば、そこから副次的に生産されるモノからであったり、あるいは一般向けにリライトされた著作からである。大学出版会が時々学位論文を出版してるけど、あれはどういう契約になっているのか知らない。
 こうした「金にならない」学術出版の世界では、電子化は粛々と行われている。各大学や研究機関や学会がwebで公開しているリポジトリがそれで、わたしがこれまで書いた論文のいくつかは、世界中からタダでダウンロードできる環境下に置かれている。

 という特殊事情下で、佐々木さんの熱のこもった議論をダウンロード版(PC用)を読んだ。たぶん、普段
 文字が活字(というのもおかしいけど)にならないが、モノを書くことに憧れをもっている人達
へは
 エール
になっただろう。わたしだって、自分の論文が最初に活字になったときはうれしかった。(論文より先に戯曲が活字になり、アルバイトで書いていた書評が活字になったので、活字になったことだけがうれしいわけではなかったのだが)それどころか
 『哲學研究』に卒論題目が載った
だけでもうれしかった。一応哲学科卒業だから、哲学科の学生であれば、卒論題目ぐらいは載せてくれる慣習だったのである。もちろん、以後、『哲學研究』に名前が載ったことはない。

なんにせよ
 活字になる、本になる
ということには、ある種の魔力があるだろう。
 活字になる、活字にする
ことの敷居の高さは、書き手を出版主体が選別していた(佐々木さんが弾劾する、現在の出版社が抱えている構造自体はそう変わっていない)30年前とwebが書き手を呼び込む今ではかなり違うとは言え、やはり何のコネクションもないヒトには憧れかも知れない。その昔、本人はひいひい言いながらなんとか書き上げた卒業論文が誉められ、恩師二人に
 活字にしたらどうだ
と言われたとき、その当時はまだ研究者になるつもりがなかったのでお断りしたのだが、その後、
 あんた、バカじゃないの
と真顔で別な研究者に説教されたことがある。研究者であったとしても
 書いたモノを活字にする
のには、敷居が結構高い時代があったのだ。

で、本にする敷居が現状より格段に下がるであろう電子書籍は
 売れるか
というと、これまたいろいろ工夫をしないと簡単には売れない。わたしのような平凡な研究者は
 本にしても売れない
ことには慣れきっているので、何とも思わないのだが、
 これだけ努力して、受けないのは何故だろう
と、今後続出すると思われる「電子出版初心者」は思うかも知れない。そうなのだ。
 本はそうそう売れる物ではない
のである。

佐々木さんは親切だから
 どうやって売っていくか
というヒントまで、本書の中で懇切丁寧に語っている。その内容については、わたしがここで書いてしまうより、ぜひ110円でダウンロードするか、書冊体を1155円で購入して読んでいただきたい。
ですます体で書かれた本書は、電子書籍として読むと、あっという間に読めてしまう。

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