映画「のだめカンタービレ最終楽章 後編」(ネタバレあり)+フジ「のだめカンタービレ最終楽章 前編 特別編」@4/17 21:00〜23:10
昨日初日の
のだめカンタービレ最終楽章 後編
を、ワーナーマイカルシネマズ高の原で見た。
夕方四時前の回だったが、ほぼ満員。前列に70代とおぼしきご夫婦が来られていて、わたしの右隣には中学生と母親の2人連れ、左には友人たちで来たらしい女子大学生。年齢層は幅広い。
いまは
先着50万人にのだめグッズプレゼント期間
なのだが、入り口で券をもぎったときに渡された。中身は上記リンクにあるように
絵はがき4枚(二ノ宮知子のカラーイラスト1枚+映画の萌えシーン3枚)
コミックスから萌え場面抜粋(大川ハグ・お城でのキス・こたちゅー)
の2種類。
限定パンフレット(1000円)は初日で売り切れそうな勢いだったけど、在庫はないのかな。
以下ネタバレありの感想。
メンター(導き手)としてのシュトレーゼマンが強調されたのが「前編」だったが、後編ではさらにその傾向が強まる。前編が
千秋成長の物語
だとすれば、後編は
のだめがプロのピアニストに成長できるかどうかの物語
だ。
好きにピアノを弾いて、何が悪いんですか!
という無自覚の天才のだめが、
自覚的に音楽に正面に取り組み、飽くなき向上を目指す喜びを見いだす
ことが出来るかどうか、それが後編の主題だ。
原作では、その辺りに、複雑に登場人物が絡み合っていたのだけれども、映画化に当たり、登場人物を絞った関係で、物語の構造はわかりやすくなった。
わかりやすくはなったけど、アップ多用の画面作りは、映画としてはどうなのだろう。テレビのカメラ手法がそのまま映画になった画面は、映画としてみた場合、画面構成の荒さが気がかりになる。引きの画面で見せられない演技なのか、というところが気になるのだ。
実際には引きで撮っても、わかる内容でないと辛いのだが、脚本の問題だろうか、ともかくうるさいくらいにアップ多用なのが疲れる。やはり、映画としてみた場合には
ドラマの続編を映画化してみました
というところで終わってしまっている感は強い。丁寧に撮る時間がなかったのなら、現場がやっつけでいい、と思っていた、ってことになる。それは上映館に足を運ぶ観客には随分な仕打ちだ。
撮影開始時には、二ノ宮知子の原作はまだ完結していない状態だったので、エンディングは映画と原作では少し異なる。
映画では
芸術橋の上で、プロとしてやっていく覚悟をのだめの口から千秋に宣言させる
のだが、こちらの方がより説得力があるだろう。(原作では、リュカとの会話でその辺りが触れられるのだが、今回はリュカは登場しなかった)その後、長いキスシーンでこの映画は終わる。
ピアノの音源は
ラン・ランを起用
したことで、迫力が上がった。
のだめのすばらしい音
に説得力がないと、この映画はその時点で終わってしまうのだが、その点は良かったと思う。
ただ、
天才が持つ「狂気」の部分
が、映画で表現されたか、というとそれはやや疑問だ。上野樹里の演技が抑え気味だったこともあるのだが、脚本段階で
「狂気」≠奇抜な行動
と言う辺りが理解されてなかった。原作では
のだめの「黒さ」
が、
天才の持つ「狂気」
を裏支えしてたんだけど、今回の映画だとその部分が出てこない。その点、
なにかにつけて切れまくる
千秋はトクである。後編では
のだめの突き抜けた部分の丁寧な表現
が、なかった分、上野樹里ののだめは
ピアノの「秀才」
には見えるが、それはたぶん本来ののだめではない。上野樹里は狂気の表現ができる女優なのだが、その魅力を引き出せなかったのは、監督の責任だと思う。
一番印象的だったのは
走る千秋
だ。シュトレーゼマンとの共演後、目標を見失って幼稚園で子どもたちと遊ぶのだめを音楽の世界に連れ戻すために走る千秋の姿がすばらしい。
劇中、回想シーンが出てくるのだが、昨夜放映された
のだめカンタービレ最終楽章 前編 特別編
でも、同様のシーン構成が見られた。ちなみに、昨夜放映された「前編特別編」と
劇場公開された「前編」はほぼ別作品
だと思ってよい。
劇場公開版では今ひとつ伝わらなかった「メンターとしてのシュトレーゼマン」の役割
を、
昨夜の「前編特別編」は丁寧に説明し直し、わかりやすくした編集
になっている。シュトレーゼマンのシーンは撮り直して加えたモノなのかな。
シュトレーゼマンの回想部分に尺を取ったために、劇場版で使われたシーンがたくさんカットされている。
ウィーン楽友協会での演奏シーン
が、ほとんど使われなかったり、マルレオケのバスーンのオーディションが全部カットされたり。
後編上映前に前編をやるから、前編は見なくていい
という説があったのだが、
前編のDVDはちゃんと買って見てね
というフジからの
お願い番組でもあった
てことね。
ちなみに
フランスでは、ロシアの冬将軍にやられたナポレオン敗退を喜ぶ、ロシア人チャイコフスキーの作品「1812」はほとんど演奏されない
のに、
新任常任指揮者のお披露目のプログラムに「1812」を入れたわけ
を、シュトレーゼマンが解説してたけど、それはウソやろ〜。
なんか、昨夜の前編特別編は
能書きが多い割にはどうもな
な、編集だった。クラシック音楽にあまり馴染みのない人にはよかったのかもしれないけど。
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