芸能花舞台 伝説の至芸 井上愛子(四世井上八千代)@NHK教育(再放送) 4/25 23:30〜4/26 0:15
ザッピングしていて、たまたま教育(関西は12ch)に合わせたら、古谷アナウンサーが芸能花舞台の司会をしていた。あれま、と見てたら、今日は
伝説の至芸
で、各界の名人を偲ぶ趣向、NHK古典芸能が潤沢に持つVTRを駆使して、普段見られない映像を流すのである。で、取り上げたのが今年七回忌という
四世井上八千代
である。井上八千代お師匠さん、というと、やはり四世八千代を思い出す。いまの八千代お師匠さんは、孫の井上三千子が継いだ。最近、随分似てきたように思う。
解説は山田庄一で、まあなんて贅沢な、と事情を知る人は思うかも知れない。
NHKも京舞の井上八千代の資料は大量に持っている。
目を奪われたのが、まだ若い頃に舞った
長刀屋島
で、あの長い長刀を振りかざして踊るのである。京舞というと押さえた動きの渋い舞というイメージがあったのだが、下半身をぐっと低くして、長刀を振るいながら、激しく床を踏み、あるいは飛ぶというスペクタクルな舞で、これまでの印象がすっかり変わった。留袖で舞うものとは信じられないほど激しく動く。手は長刀と舞扇とを巧に使い、足はしっかりと身体を支えつつ、速い動きにも動じない。どんな動きを取っても、身体の軸線がまったくぶれない。驚くべき芸の力に圧倒された。
四世井上八千代は、何より立ち姿が美しい。立っている姿を見るだけでも、ほれぼれとする。どれほどの鍛錬がその肉体を形作り、芸を磨いてきたかは、立ち姿が証明している。
最後の方で、
ボリショイバレエの至宝 プリセツカヤとの邂逅
が、流れた。82歳の井上八千代が来日したプリセツカヤに京舞を見せる。その後、二人が芸について話し合うのだが、プリセツカヤが、井上八千代を絶賛する。すると井上八千代は
もう年がいって、不細工なものをお見せして
と謙遜するのである。たぶん、京都以外の人には分かりにくいだろうけれども
祇園で「不細工」というのは最悪の評価
なのである。祇園の芸舞妓がなにかあって
そんな不細工なことおやめやす
と言われたら、泣いてその場を立ち去らなくてはいけないほどの、いちばん堪える評価なのだが、その言葉を自分の舞の自己評価に充てるのである。白鳥を舞うプリセツカヤへの最大の謙遜だ。
そして、八千代が
若い内にうんときついものをやっておきませんと、年を取っても身体が動きません
というと、プリセツカヤが
肉体の鍛錬ですね
と受ける。最後に、八千代に舞を見せて貰ったことを感謝し、プリセツカヤが別れの抱擁をすると、八千代はちょっと照れた様子ながら
どうかお体をお大事に
と繰り返すのだ。舞踏の名手同士が
身体を大事にする
という言葉を発する意味は、わたしのような普通の人間とは自ずと異なっている。
鍛錬され、磨き抜かれ、あらゆる振付をこなし、その上で自分の舞を表現する人々にとって
肉体は何より大切なツール
である。ロシア(旧ソ連)と日本で、長年、踊りのために身体を鍛練してきた二人が、互いの健康を祈る姿は、胸を打った。
井上八千代81歳の時の舞
竹生島
では、伴奏に琴が入った。
琴歌は関西の女の太い声が合う
というのは、谷崎潤一郎の発見だ。竹生島は地唄だが、太い女声が美しく響く。
竹生島では、船を漕ぐ所作で、足をハの字に横に移動させていくのだが、解説で山田庄一が
あの動きは中国の京劇にもあり、中国から京劇が来たときには、そうした動作について京舞は一緒になって勉強会をしていた
という話を披露した。竹生島も、かなり激しい所作を伴うのだが、81歳の井上八千代は、びくともしない。容貌は確かに81歳の媼なのだが、踊っているのは、年齢を超えた
精神(spirit)
だった。踊りの精が、井上八千代の身体を借りて、天から舞い降り、竹生島を踊るのである。舞扇の上げ下げに、琵琶湖の光景が浮かぶようだった。
今回放映された演目は以下の通り。
芸能花舞台 - 伝説の至芸・井上愛子(四世八千代) -
[ステレオ][再放送]京都・祇園に本拠を置く京舞井上流の井上愛子(四世八千代)。98歳で亡くなる直前まで舞台に立ち、京舞の古格を守り伝えた至芸を紹介する。ゲスト:山田庄一(演出家)
今回は、京都・祇園に本拠を置く京舞井上流の井上愛子(四世八千代)を7回忌にちなんで振り返る。幼いころに三世に入門、内弟子として厳しい修練を積み、終戦直後に四世を継承。早くから舞踊家として高い評価を得た。家元としても祇園の「都をどり」を指揮し、京舞を全国的に広めた。2001年、孫の現・八千代に家元を譲るが、90歳を過ぎてなお凛(りん)とした舞姿を披露した。今回は、「長刀八島」「竹生島」などを紹介。
山田庄一,【司会】古谷敏郎,【出演】井上愛子,富崎春昇,富山清翁,中沢真琴,美与吉,桃子,鼓,福豊,まき栄,竹葉,【VTR出演】マリア・プリセツカヤ,井上八千代
「京舞“長刀八島”」井上愛子(四世八千代)、富崎春昇、富山清翁(初世清琴)
「京舞“竹生島”」井上愛子(四世八千代)、中沢真琴、美与吉、桃子
「京舞“虫の音”」井上愛子(四世八千代)、美与吉、鼓、福豊、まき栄、竹葉
いやあ、凄いものを見てしまった。
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