大暑
暦の上でも、実際にも
大暑
な今日。暑さは弱視の大敵である。
汗が目に入ると、それだけで視力がやられる。
高校回り(大学教員はリクルート活動もやる)をしたことがあって、その年も暑い夏で、かなり汗で視力を損ない、回復に時間が掛かった。
今年になってから、どうやら
毛様体の動きが鈍い
ようで、眼精疲労が凄いことになってきた。視力は一昨年同様、
いい方の左目が0.01で悪い方は「漢字で書く視力」
である。
両眼視力を足して0.02以下が社会的盲ということらしいんだけど、そのレベルはとっくの昔なわけで、
医学的には文字が読めないはずなのに読めている状態
に、実はもう随分前からなっている。こういう状態は
幼少時から弱視だった場合
には、そう珍しくはない。つか、
凖盲で0.04未満〜0.02以上
らしいんだけど、自分が該当すると思ったことはないぞ。幸せなことなのかも知れないけど。
中途失明の人達は、幼少時から弱視だった場合と比較して、低視力への順応期間があまりなかったりするから、いろいろ大変だろうと思う。喪失感が凄いだろうなあ。
人並みに見えたことがないから、視力が失われたことについては、あんまり悲しいと思ったことはない。
そもそも、生まれてから一度も両眼視を獲得してないから、立体写真だの、3DTVとか言われても、全く関係ない。
ステレオの訓練は、斜視の手術の後、イヤになるほどやったけど、一度も立体視はできなかった。子供用のステレオの検査は、
籠に小鳥を入れる
とか
輪投げの輪を入れる
とか、カラーの楽しい絵が左右で違っているものを見せて、どの角度でステレオができるかどうか見るんだけど、一度も、籠の中に小鳥は入らなかったし、輪投げの輪もちゃんとささったことがない。あと、ステレオの検査には
蜂の立体写真を見せて、羽を触らせる
というのもあったけど、立体に見えないとちゃんと結果が出ない。
結局、生まれてからずっと疑似ステレオの世界で生きているが、球技をやらない限りは、そう問題はない。
来月からは調査旅行に出かける。木簡を見たりする。
木簡を読むのは訓練が必要なんだけど、こっちの視力が落ちたから、せっかく獲得した技能を発揮できないのが残念だ。それでも、まだ見ればわかることはある。
弱視なのに、4歳の頃から文字を読むのに特化させちゃったから、ある意味、
パラリンピックの義足のランナー
と似たところがある。小学生の頃は、日曜の朝は寝床で漢和辞典を読んだり、雨の日は電話帳を読んだりしていた。子どもの頃から二十歳までにインプットした文字の形態情報を頼りに、この視力でもまだ仕事を続けられるのは、幸せなことだな。
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