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2010-11-28

北朝鮮砲撃(その5)10/22の答弁で「バッテンのついた日の丸に気がつかなかった」と言った岡崎トミ子国家公安委員長は、平成15年3/20の内閣委員会で「日の丸に付けられましたバッテンを早く取るように、日本政府も、私たちも努力すべきではないか」と発言済み 何でウソをつくのやら

超時空漫才さんから貴重なコメントを頂いたので、再掲する。


>「×印」付きの日の丸については「後方にあったので気付かなかった。日本の国旗国歌を尊重することは大事だと考えている」と弁明。
第156回国会 内閣委員会 第2号  平成十五年三月二十日(木曜日)
http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/sangiin/156/0058/15603200058002a.html
岡崎トミ子発言  日の丸に付けられましたバッテンを早く取るように、日本政府も、私たちも努力すべきではないか。

おもいっきり虚偽答弁ですよねw

超時空漫才さん、ご教示ありがとうございました。

で、問題の内閣委員会議事録。


第2号 平成15年3月20日

○岡崎トミ子君 このテニー教授に限らず、日本に謝罪や補償を求めている戦争被害者の方たちは決して全員が反日ではないというふうに私は申し上げたいというふうに思います。親日の方もとても多いんですね。
 被害者としての名誉回復、人権の回復というものを求めているのでありまして、日本が好きとか嫌いとかという、そういうレベルの問題ではないわけです。ですから、国家や企業が犯した犯罪や放置してきた重大な過失に対して人権回復を求めるというものでありまして、その点では共通しているわけなんですけれども、当然いろんな思いがあります。でも、こうした方々が決して反日ではないということをはっきりとさせておきたいというふうに思っております。
 さて、私は、一月末に再提出をいたしました戦時性的強制被害者解決の促進に関する法律案、この報告のために、二月にこの提出者とともに韓国を訪問いたしました。その際、日本大使館の前で毎週水曜日に行われております水曜デモにつきまして、私がその場所に出向いて法案の説明、報告を行ったことについて批判を受けておりますので、この場で説明をしておきたいというふうに思っております。
 昨年の十二月にこの内閣委員会で参考人を招致しまして、この法案の審議を行いましたけれども、その際、お二人の参考人、一人は与党側からの中央大学法学部教授でいらっしゃる横田洋三さん、私ども野党側は神戸大学大学院の戸塚悦朗助教授、この二人から、ともに被害者との対話の重要性が強調されました。被害者との対話を重ねることが謝罪と和解につながるというふうに戸塚助教授からも御指摘がございます。私自身もそう考えまして、被害者に直接法案のことを説明して、意見を聞くために出向いたものでございました。
 ちょうど一年前にこの内閣委員会におきまして、内閣官房長官、水曜デモを知っていますかと、あのときに質問をしたというふうに思っております。五百回をちょうど超えたときでございましたので、これはギネスブックにも出ております。一つのテーマで、ずっと継続して十一年も超える年月を、毎週水曜日に自分たちの持っている要求について言い続けてきたと。そういうものであって、小学生、中学生、高校生が、学校の先生が引率されてこの場で歴史の生き証人として学ぶことがあると。そんな雰囲気のあるものでありまして、水曜デモというより、水曜集会なのかなと思うんですね。
 でも、デモというと、何かその辺を歩くように皆さん思われているようなんですけれども、八十前後のおばあさんたち、被害者ですから座って、座ってそして、謝罪せよ、補償せよというふうに、ハングル語ですけれども、おっしゃっているということなんですね。
 反日デモに参加した岡崎はけしからぬという、そういう主張になったようでございますが、このデモは日本政府に慰安婦問題についての政策変更を求めるデモでありまして、反日を目的としておりません。主催者の、韓国の挺身隊問題対策協議会の主催者も明らかにしているわけでございます。
 そこで、先ほども述べておりますけれども、日本政府の政策に異議を唱えることと反日とは全く異なると思います。水曜デモに参加している被害者の中には、日本の演歌が好きな人もいれば、梅干し、塩ザケが好き、日本人の子供を産んだり育てたりした人もございます。日本の支援者と親戚同様の交わりを結んでいる人もございます。好きとか嫌いとかという話は様々で、いろんな思いがあると思います。だから、当然のありようだと思います。
 この水曜デモは、私は、あれは反日デモで、けしからぬと言うだけで問題が解決するのか。日の丸に付けられましたバッテンを早く取るように、日本政府も、私たちも努力すべきではないか。
○委員長(小川敏夫君) 岡崎さん、質問、ちょっと短めにまとめていただけますか、ちょっと事態が、緊急の事態がありましたので。
○岡崎トミ子君 そうですか。
 これで結構ですから、このことについて、それではお伺いさせていただきます。
○委員長(小川敏夫君) 速記を止めてください。
   〔速記中止〕
○委員長(小川敏夫君) 速記を起こしてください。
 暫時休憩いたします。
   午前十一時四十五分休憩
   〔休憩後開会に至らなかった〕

確かに
 バッテンのついた日の丸について言及
してますな。
で、この発言にある
 1年前の内閣委員会
の議事録。


第3号 平成14年3月19日
○岡崎トミ子君 岡崎トミ子でございます。よろしくお願いいたします。
 私ども民主党、そして共産党、社民党と、野党三党で戦時性的強制被害者問題解決促進法案を昨年十一月十四日に提出いたしました。そして、この通常国会に継続審議となっておりまして、その審議が始まります前に内閣官房長官にいろいろとお話をお伺いしておきたいというふうに思っております。
 九二年一月から、毎週水曜日、ソウルの日本大使館の前で、戦時性的強制被害者の方たちによって日本政府の公式謝罪とそして国家賠償を求める水曜デモが続けられておりまして、つい先週は五百回目を迎えたということなんですね。被害者九人が大使館前で座込みをしまして、そして謝罪と賠償、責任者の処罰などを求めました。およそ五百人も参加をしまして、盛大な集会とデモが行われたというふうに聞いております。
 この五百回のうちに、毎週毎週続けられてきて、たった一回だけ欠けております。それが阪神・淡路大震災の翌日の一九九五年一月十八日のみだったというふうに聞いております。ギネスブックにも、同じテーマによってデモが続けられてきたということで、世界記録にもなっているということでございますけれども、あした水曜日にも五百一回目、この水曜デモが行われるだろうというふうに思っておりまして、世界記録がまた更新されるんです。
 この水曜デモについて、官房長官、御存じでしたか。

○国務大臣(福田康夫君) 済みません、私、今初めて伺いました。

○岡崎トミ子君 実は私もずっと知っていたわけではございませんで、私も実は最近そのことは知りました。テレビでは毎回、大使館前で被害者の皆さんたちが座込みをされている、これはニュースで度々見ておりますけれども、そういうことを九二年からずっと毎週続けてきて、それが五百回を超えるような、そんな状況になっていると。
 これは実は、この間に年間一万七千人ぐらい参加をされているということなんですね。休みなんかになりますと、中学生、高校生だけではなくて小学生も参加をしている。もしこのことがきっちり公式謝罪あるいは補償、そして処罰、人間の尊厳の回復と、こういうことが行われないのであれば、これは五千回でも五万回でも、私たちの子供や孫たちもこのデモは続けられているだろう、いくだろうというふうに言われているわけなんですね。この問題が何とか解決してほしいというそういう思いで、官房長官、恥ずかしいじゃないですか、これがギネスブックになるなんて。私は恥ずかしいことだというふうに思うんです。
(以下略)

ちなみにこのときの
 岡崎トミ子国家公安委員長が「反日デモではない」という「水曜集会」参加を報道した『朝鮮日報』の記事
が、以下に保存されている。
 デモの先頭でスローガンを叫ぶ岡崎トミ子議員の写真入り
だ。
朝鮮日報 2003年2/12付 元慰安婦女性らの「水曜デモ」に参加した日本の岡崎トミ子議員(写真入り)

こちらは朝鮮日報の記事の魚拓。写真は落ちてる模様。
元慰安婦女性らの「水曜デモ」に参加した日本の岡崎トミ子議員

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