第14回チャイコフスキー国際コンクール ピアノ部門@6/27 本選第1日目 Trifonovの奇蹟の夜→アーカイブで視聴可能
今夜は、チャイコフスキー国際コンクール ピアノ部門本選第1日目だ。
いつも通り、live配信のサイトに繋いでおくと、音が聞こえてきた。本選のリハを流しているのだ。
見ると、Trifonovが弾いている。さっそく、巻き戻すと、今日演奏する
チャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番
をオケと合わせているところだった。ショパンのピアノ協奏曲1番はなかなか思うように合ってなかったが、さすがにロシアのオケ、チャイコフスキーは音が違う。
コンクールの伴奏オケ
という立場があまりうれしくないのか、演奏者によってはあからさまに流しまくるのが、この
ロシア・ナショナル管弦楽団
なのだが、今日はちょっと違った。Trifonovの特徴である美音に合わせる音があまりひどいと、自分の音がまるで
下手くそに聞こえる
というのに気がついたのか、少し慎重に音を出している。それでも1st Fluteはかなり音を絞っていた。
この曲の成否は
木管とホルンが旋律の受け渡しできっちり吹いてくれるかどうか
にかかっている。
本番はいい音頼むよ
と聞きながら思ったのだが、それにしても
リハでこの出来なのか
と驚く。
チャイコフスキーのピアノ協奏曲1番
は、これまで数え切れないほど聴いたはずなのに、
Trifonovは一度も聴いたことのない曲を弾いている
ように聞こえるのだ。本番が待ちきれない。
Trifonovの本番は日本時間28日深夜2時近くになって始まった。
日付が変わる0:00からはRomanovskyが同じくチャイコフスキーの1番を、続いて、17歳のSeong Jin Choがラフマニノフの3番を弾いた。二人共
オケと今ひとつ息が合ってない場面
が見受けられた。特に、最初の奏者Romanovskyの時は、
オケが重く
感じた。
ところが、Trifonovの演奏では
オケがまるで違う音を出している
のだった。冒頭、ffで始まるこの曲をTrifonovは荒ぶる音で、しかし乱暴ではない強い打鍵で始めた。音が伸び、オケの音に負けていない。
叩かなくてもピアノは鳴る
ということを、この曲を通して、Trifonovは実践してみせる。
そして、一段と進歩を見せたのが、オケとの合奏で、
Trifonovがオケの音をよく聞き、自分とオケとの音のやりとりのきっかけを目配せで合図する
ことが出来ている。ピアノとオケの旋律の受け渡しはつながり、ピアノとオケの音が融け合い、一つとなり、大きな音楽がホールに響く。
Trifonovはピアノを弾いているのではない。ピアノをきっかけに、オケと共に、音楽を造っているのだ。オケは、Trifonovの圧倒的なピアノの力にねじ伏せられ、彼のピアノに全力で奉仕する。Trifonovはオケに旋律を返すと、美音でその演奏を支える。まさに
協奏曲
なのだ。これまで、こんなチャイコフスキーの1番を聴いたことがない。
Trifonovの持つ音楽の力が、オケに
Trifonovと一つの世界を造りたい
という意志を与えた。いまや、オケはみな積極的に
いま、この場でしか作り得ないチャイコフスキーの1番
を奏でているのだ。Trifonovの長いカデンツァに、オケの全員が耳を澄まし、彼がどこへ行きたいのかを、理解しようとしている。
夢見るTrifonov。この表情から美しい音が生まれる。
第1楽章では2nd Fluteがいい演奏をした。このオケの1st Fluteは、ちょっと固い芯のある音だ。うまいんだろうけど、音質がTrifonovのピアノの音が求めているものとはちょっと異なる。その点、2nd Fluteは、Trifonovの美音から繋がる個所で、美しい、丸みを帯びた音で、メロディを吹いてくれた。
第1楽章が終わった時点で、
Bravo!
と叫びたくなるような、そんな演奏なのだ。
第2楽章に入る直前、なぜか指揮者のAlexander Dmitrievが一瞬
にやり、と口元を緩める。
そして、美しい第2楽章へ。弱音のピチカートから始まり、1st Fluteが主題を吹く。そしてピアノに受け渡されていくのだが、それぞれのパートが、Trifonovの美音と合うような、繊細な音を慎重に出している。特に1st Oboeは、全曲中で、よく伸びる美しい音を出していた。
第2楽章は、Trifonovの世界で、ホール全体が響き、聴衆は夢の中で揺られるような心地になり、物音一つ立てないよう、集中している。
一転、ティンパニーの一撃から激しい第3楽章へ。
のっけからTrifonovは軽快にオケの音に乗る。オケとピアノのやりとりは、切れ目なく続き、オケの音もいよいよ本気モード。ピアノの旋律にちりばめられる管楽器の音は冴え、舞曲風の弦楽器の旋律の装飾音はキレがよい。オケとピアノが互いの音を大事にしながら、絡み合い、Trifonovの音は更に磨かれ、終局へと向かう。
リハではなかなか合わなかった、ホルンに続く、ピアノのスケールからフィナーレに導く部分は、Alexander Dmitrievが指揮棒を一閃、ぴたりと合った。
そして喜びのフィナーレ。
ホールが喝采でどよめく。
指揮者と握手を交わした後、なぜかくるりと回されるTrifonov。
カメラが大きく拍手する聴衆を映し出すと、みな一様に幸せな表情をしている。
人を幸せにする音楽
これこそが、Trifonovの音楽の特質であり、みなに愛される所以だ。
今夜の演奏は、まさに奇蹟。
リハよりも更にすばらしいチャイコフスキーの1番をTrifonovとオケは作り上げてくれた。
期待以上の演奏だった。
そして、これが
コンクールでの演奏
というのが、更に奇蹟。
技術的には、ミスタッチ等もあり、コンクールでの評価(つまりは最終順位)はまた別の話だろうけど、
音楽を聴かせる
という音楽家の第一義的な機能からすると、すでにTrifonovはただのコンテスタントという立場からは一線を画している。
1人だけ次元の違うことをやってるんだよね。まあ、これこそが
ロシアが誇る伝統的な天才(あるいはヘンタイ)
である。フィギュアスケートのプルシェンコみたいなもんだ。しかもこの20歳の青年は
文字通り、日々演奏が進化している
最中なのである。
リハよりも本番が更に進化
しているのを、いま聴いたばかりだ。
不安の残る、ショパンの1番はどうなりますかね。これはTrifonovの演奏への不安というよりも
オケのやる気の問題
である。
コンクールの順位という観点で見るならば、
とりこぼさない演奏、という基準で1位を決める
なら、Yeol Eum Sonが有利だろうけどね。彼女は、情熱や情感という部分を抜きにすれば、技術的には文句がない上に
ファイナルの協奏曲は2曲ともロシアの作品
だ。
でも、恐らく確実だと思われるのは
今回のコンクールを最後にTrifonovはコンクールからは卒業する
んじゃないかな、ってこと。だからこそ、
あと1回(ショパンの協奏曲)しか聴けないのか
という気持になるのだ。
いつまで見られるか謎だけど、たぶん昼前までは巻き戻せば、今日の3人の演奏を見られるはず。
http://pitch.paraclassics.com/#/live/piano
と思ったら、本選は仕事が早い。すでにアーカイブでTrifonovを含め、1日目の3人の演奏が聴けるようになっていた。これはTrifonovの演奏。
http://pitch.paraclassics.com/#/archive/concert/271
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