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2011-06-18

東日本大震災 異国日本で生きていくということ 難民の瓦礫除去ボランティア志願止まず

素直に御礼を申し上げたい。
ありがとうございます、と。
中日新聞より。


難民らがれき拾いで恩返し 家や家族失う痛みを共感
2011年6月16日 10時18分

海辺の民家跡でがれきを拾う難民たち=岩手県陸前高田市で

 東日本大震災の被災地で、迫害や紛争を逃れて日本に来た難民や難民申請中の人たちが、がれき除去のボランティアに励んでいる。家や家族を失う痛みに自らを重ね合わせ、「第2の故郷のために何かしたい」と黙々と汗を流している。
 津波で壊滅した岩手県陸前高田市。週末になると、東京から約20人を乗せたNPO「難民支援協会」のバスが到着する。乗っているのはミャンマーやトルコ、アフリカなどから故郷を追われた人々や留学生など。市の災害ボランティアセンターに割り当てられた区域でがれきを拾う。これまで延べ200人が参加した。
 ミャンマー出身で2006年に難民認定を受けたニュン・シュエさん(62)は20年前、アウン・サン・スー・チーさんの民主化運動に参加し、軍事政権の迫害を逃れて日本にやってきた。「日本の皆さんに守ってもらってここまで来た。感謝の気持ちでいっぱい。津波のニュースを見て、居ても立ってもいられず、少しでも恩返ししたいと思った」と参加の理由を話す。
 今も母国政府の弾圧や強制送還を恐れながら、参加する人も。難民申請中のクルド人の30代男性は、普段は自由に移動もできない身。法務省入国管理局(入管)に「一時旅行許可証」をもらってまで陸前高田に来た。
 「住むところを追われる悲しさは私にも分かる。早く皆さんが元の生活に戻れるように、少しでもお手伝いがしたい」と、同じクルドの仲間と民家のがれきを一心に拾っていた。
 同協会広報部の田中志穂さんは「自分たちの生活も危ういのに、震災直後から『手伝いたい』という電話が数十件相次いで驚いた」と話す。3カ月以上たった今も、問い合わせはやまないという。田中さんは「社会の一員としてこの国で生きていく、という彼らの覚悟や責任感の表れなのかもしれない」と話していた。
(中日新聞)

難民の方達は
 国を喪った
方々だ。その方達が、
 住処を奪われた同じ痛みを共有する者
として、決して対応が十分だとは言えない日本での難民生活にもかかわらず、被災地に自ら赴き、瓦礫を拾っている。
 異国で共に生きる
ことの意味を考える。

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