第14回チャイコフスキー国際コンクール ピアノ部門 Daniil Trifonovの「卒業」優勝はTrifonov
日本時間の昨夜未明、Trifonovは、本選2曲目に選んだショパンのピアノ協奏曲1番の最後のリハーサルに臨んだ。前回のリハでは、思うように合わせることが出来なかったのだが、今回は思い切って、指揮者やオケに
自分のやりたい演奏
を訴えるTrifonovの姿を何度も見た。指揮者とコンマスとTrifonovが、協議する様子。
フルートとオーボエに、自分の希望を強く伝えるTrifonov。
リハが終わって、パパとタチアナ・ゼリクマン先生と会場を出ようとするところを、元『月刊ショパン』で「のだめカンタービレ」の「河野けえ子」のモデル、高坂さんに取材されているシーン。
この後も、Trifonovは更に研究を続けた模様。
昨日は、仕事で、日本時間18:00からのTrifonovの演奏に間に合わない。なんとか家に着いたら、ちょうど第三楽章の最後の20小節くらいを弾いているところだった。会場の反応を見ると、
弾けた
ようだ。ひとまずは安心した。
live映像を巻き戻して、聞き直す。
これまでTrifonovのショパンの1番は、ショパンコンクール、ルービンシュタイン国際ピアノコンクールと聞いてきたけれど、この2回では、特に第三楽章はテンポを速めに持って来て弾いていた。今回は、オケがなかなか動かない。Trifonovのこれまでのテンポでは、オケと絶望的に合わない。
では、どうするか。
Trifonovは、オケの音を聴いて、自分のピアノを合わせながら、最終的に
自分のテンポにオケを乗せる
ことに成功した。特に第三楽章では、やや過剰とも思えるほどルパートを掛けて、手の中にテンポを戻した。こうした演奏に好き嫌いはあるだろうけれども
目の前のオケと「やっていく方法」を身につけた
のである。
演奏家としての壁を一つ越えた
のだ。
幸せそうな表情で第一楽章を弾くTrifonov。
この表情から、聴く人を幸福感で満たす、美しい音を紡ぎ出す。
第二楽章は、Trifonovの特長である
弱音の美音
が、ホールに響き渡った。なんと表現したらよいのだろう、
透明な玻璃の器に盛られた西域の葡萄
のような、瑞々しさに満ちた音が弾ける。煌めく天上の音楽と言ってもよい。
20歳のいましか表現し得ない音楽
を、Trifonovはコンクール本選という難しい局面で表現して見せたのである。若々しく、生気溢れ、青春の陰影に富むショパンの音楽を、この夜、Trifonovは奏でた。
冷房が効かず、第一楽章では、プログラムでさかんに顔を扇いでいた聴衆の手が、はたと止まり、Trifonovの美音を一音たりとも聞き逃すまいと集中している。
そして、第三楽章。オケも乗り、Trifonovのピアノは冴え渡った。独奏部のルパートにうるささを感じる人がいるかもしれないけれども、これは
いかにオケと一つの音楽を造るか
という最後の難問に出した、Trifonovなりの答えなのだから、致し方ない。彼は、子どもの頃から始まった
コンクール人生の「卒業試験」
に
必ずしも、この曲を好まないオケとショパンの1番を弾く
という課題を選び、見事にクリアしたのだ。
そもそもが
チャイコフスキーの名を冠したロシアのコンクール
だ。その本選の自由曲に
ポーランドの作曲家の協奏曲を選ぶ
ことだけでも
大きな挑戦
である。普通はロシアの作曲家のものを選ぶ。Trifonovのレパートリーに、そうしたものがないわけではないのだが、彼は
ショパンコンクール、ルービンシュタイン国際コンクール、チャイコフスキー国際コンクール
という3回のコンクールで、ショパンの1番を弾いた。ショパンコンクールではショパンの協奏曲は必須だが、そうでない2つのコンクールでもショパンを選んだ。そして
演奏の都度、めざましい進歩を見せてきた
のがTrifonovであり、今夜の演奏も期待を裏切らなかった。
結果発表は、大幅に遅れた。
ヴァイオリンでかなりの悶着があったことが、発表会場でも見て取れるほどだった。
そして、最後はピアノ部門。最後に名前を呼ばれたのは
Daniil Trifonov
だった。おめでとう! Trifonov。
もっとも、相変わらずの不思議な行動が。
一位の金メダルを手にしたものの、首には掛けず。
優勝者のコメントは、最初ロシア語、最後は二言ほど、いま勉強しているクリーブランド音楽院の学友やスタッフに向けて、英語で。
で、やはりメダルは手に持ったまま。
後ろにいるのが、審査に当たったBarry Douglas。
Trifonovはすでに演奏家としての資質を開花させている。昨年10月の3位となったショパンコンクールから数えて8カ月という短期間で、Trifonovはめざましい成長を遂げた。
モスクワの大ホールが、ショパンの1番で満たされたとき、一瞬、ワルシャワの幻影が立ち上った。
Trifonovはどこへ行くのか。ピアニストという枠では収まりきらない才能を秘めている彼が、これからの人生をどう進めていっても、そこには必ず音楽の神からの祝福があるだろう。
1つ残念なことがあるとすれば、おそらくは、Trifonovの音楽の行方を最後まで見届けるのは叶わないだろうことだ。せめて、あと30年、彼の音楽を聴いていたかった。
今回のチャイコフスキー国際コンクールのガラコンサートは、9/8にサントリーホールで開かれる。当然、Trifonovも来る。チケットはすでに売り出されているが、今回の彼の優勝を受けて、あっという間に売り切れだろうな。
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