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2011-11-23

朝から『文選』

四時前に目が覚めて、『文選』の揚雄の作品を読んでいる。
読むと言っても、文学を捨てた男揚雄の文章が難解なのは、周知の通りで、そうそう簡単に読めるわけじゃない。いまやっているのは
 きちんと読むための下準備
で、『文選』李善注から注釈を集めている。『文選』の場合、
 同じ語についての語釈は繰り返さず、最初に出てきたものを指し示す決まり
なのだが、たまに該当するものがなかったりする。気持ち悪いな。
まあ、今ある李善注は六臣注を削った再生李善注だから、こうした
 誤り
は所々に残っている。

たまたま「東都賦」を引いてたら、
 諸夏、已見西都賦。其異篇再見者、並云已見某篇。他皆類此。
(諸夏、已に西都賦に見ゆ。其の異篇に再見する者は、並びに已に某篇に見ゆと云ふ。他 皆な此に類す。)
と書いてある個所に遭遇、つまりこれが上に書いた規則の明文である。

今読んでいる個所は
 高歩瀛『文選李注義疏』
では対応出来ない部分なので、まずは
 『文選』内で現物通し
をした後で、引用されている他書の現物を見、それらの書物に注釈がある場合は、更にその注釈を見、あとは各種古代字書や清代の各種コメント類を探す。やり方は三回生で卒論を準備していた頃と変わらない。違いがあるとすれば、三回生の頃は、『文選』や『漢書』等のテクストは自分で手で入れていたが、いまはデータベースが落ちていて、時間を大幅に短縮できる点だろう。

台湾・中央研究院のデータベースのおかげで、最初の作業は楽になったけど、そんなにオンラインデータベースを引ける環境ではないし、まだオープンアクセスのデータベースには出てない資料も使うので、半分以上は手作業になる。まあ、ゆっくりと、だな。

で、劉歆[音欠]の「移書讓太常博士書」にさっと目を通してたんだけど、こんなに筆が立つ奴だったのか、と改めて感心する。
どうも好きじゃなくてね。
三十年間、窓際おじさんとして宮中の秘書(朝廷の図書館)で黙々と書物を校訂し、その概要をまとめていたパパの劉向は好きなんだが、この息子の場合
 圖讖を信じ、自分が革命の盟主となろうとしてわざわざ「劉秀」と改名した大馬鹿者
である。秀は、後漢光武帝の諱であり、圖讖が正しいのだか、登極した光武帝の徹底した圖讖管理によってこの手のものだけが残っているのだか、まあ、たぶん後者なんだろうけど、劉歆[音欠]の場合は間抜けにも程がある。まあ、パパの劉向も若い頃は山っ気がありすぎて、手ひどい失敗をしているので
 似たもの親子
といえなくはないんだが、息子の方が遙かにタチが悪い。
その後、劉歆[音欠]たちが起こした騒ぎの巻き添えを食って、揚雄が天禄閣から身投げして大けがをすることになっちゃうのだが、揚雄の場合は、
 学者馬鹿
なだけなので、まだ同情の余地がある。

才が人並み以上に優れていて、さらに野心がありすぎるくらいあると、劉歆[音欠]のような仕儀になるのだと、『漢書』は1900年以上前から、教えてくれているのだ。
わたしが、学者が政治家になるのをよしとしないのは、劉歆[音欠]の生き方が嫌いだからに他ならない。

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