トヨタ vs. 個人(産婦人科医)の時間外労働を巡る戦い 「社会貢献」で設立された刈谷豊田総合病院時間外勤務賃金民事訴訟→補記あり
最近でも
医師は儲かっている
とか、マスコミは書いたりするのだが、
人間の命のやりとりをしている場で、長年の訓練を受け、日々鍛錬して技量を磨いている専門家に対する評価を、一般市民の「嫉妬」を煽る形で貶めている
のは、相変わらずだと思う。てか
激務のマスコミとは言うが、激務の医療従事者と「同じだけ人の命を救っているのか」
聞いてみたいですな。
人の命を預かる職業、それも10年でようやく一人前と言われる医師の
過酷な労働
について、マスコミは、あまり触れたがらない。
勤務医、ことに
外科・産婦人科・小児科・救急医療
等に携わる医師の
夜間勤務に対する報酬
は、
労基法違反
のところが結構ある。
最近、
産婦人科の夜間勤務を巡る民事裁判
で
和解
が行われた。
天下のトヨタ関連病院 vs. そこで勤務していた女性産科医個人
の戦いである。言い換えれば
トヨタ vs. 個人
という、何とも勝ち目のなさそうな戦いなのである。
舞台は、
刈谷豊田総合病院の産婦人科
で、その名称の示すとおり、トヨタ関連の病院である。刈谷豊田総合病院のサイトより。
ごあいさつ
当院は昭和38年に医療法人豊田会※によって刈谷豊田病院として開院いたしました。
刈谷市内に総合病院がなかったことから、当時刈谷市内に本社をおいたトヨタグループ7社が「社会貢献」を基本理念に昭和37年に医療法人豊田会を設立し、翌38年に当院が開院されました。設立当時は200床の病院からの出発でしたが、刈谷市をはじめ、周辺地域の発展と共に当院も発展を遂げ、現在では621床の病院となりました。
その間、医療の現場は大きく変化を遂げてきましたが、それでも全く変わらず、大切に持ち続けてきたものがあります。
それは「社会貢献」という基本理念を追求するためにもち続けてきた「患者第一主義」という想いです。「患者さんにとって本当にいいことなのか?」
私たちは常に自問自答を繰り返しています。
この想いは昭和38年の開院当時から40年以上を経た今でも変わることはありません。これからもこの基本理念と共に、患者の皆さんの立場に立ったよりよい病院を目指し、努力してまいります。
※刈谷市、高浜市並びにトヨタグループ8社(社名は現社名)により運営される医療法人。
株式会社豊田自動織機
愛知製鋼株式会社
株式会社ジェイテクト
トヨタ車体株式会社
豊田通商株式会社
アイシン精機株式会社
株式会社デンソー
トヨタ紡織株式会社
「患者さんにとって本当にいいことなのか?」
かが、刈谷豊田総合病院の「自問」らしいが
勤務する医師の労働環境は度外視
していたらしい。
12/16付中日新聞より。
時間外賃金訴訟で和解 刈谷の病院2011年12月16日 10時51分
通常の労働をする必要がない当直中に分娩(ぶんべん)や帝王切開手術などをさせられたとして、刈谷豊田総合病院(愛知県刈谷市)に勤務していた30代の女性医師が病院に時間外割増賃金の支払いを求めていた訴訟は15日、名古屋地裁で、医師が求めていたほぼ全額の280万円を病院が支払うことで双方が合意し、和解が成立した。
医師は2009年4~9月、この病院に勤務。夕方から翌朝までの宿直を月3~4回、休日の朝から翌朝までの日直兼宿直を月1~2回担当した。
医師によると一度の当直で複数の分娩の処置をし帝王切開手術をするなど、昼間と同様の仕事をこなした。しかし、賃金が3~9割増しとなる時間外勤務とはみなされず、より安い当直手当しか支払われなかった。
医師は、病院の就業規則で決められた時間外勤務の割増率に基づいて賃金を計算。受け取った当直手当を差し引いた280万余円を支払うよう求め、10年9月提訴した。
厚生労働省の指針では、医師の当直勤務は、病室の巡回や検温などの軽い業務に限るとし、昼間と同じ労働は時間外勤務として扱うことを求めているが、浸透せず全国で過重労働の実態が指摘されている。
女性医師は「病院が不当な労働を認識したと和解を受け止めた。全国では医師の労働環境が悪い病院が多く、環境改善につなげてほしい」と話した。刈谷豊田総合病院は「長期間の紛争を続けるのは本意ではない。円満な和解による解決をした」とコメントを出した。
(中日新聞)
請求額280万円というのは、俗に言う
ぶぶ漬け判決
に近いもので(22:04 補記 Med_Law先生がコメントでおっしゃってるのは「お金の性質」で、わたしが言いたかったのは「金額の大小」だが、説明が不足していた。)、金額の多寡がこの民事訴訟の眼目なのではない。
医師の当直勤務は、病室の巡回や検温などの軽い業務に限る
とする厚労省の指針を
天下のトヨタ関連病院がガン無視
した上、緊急帝王切開など
医師の特殊で高度の熟練を要する技術
を、
天下のトヨタ関連病院が、夜間に、時間外勤務の賃金をケチって、買いたたいた事実が認定されるかどうか
というのが、主眼である。大体
夜間に帝切
って
緊急帝切
でしょう。予定手術なら、昼間スタッフの多い時間帯に組みますって。つまり
救急搬送されてきた産婦さんの手術
が含まれているわけよね。母子二人(以上 多胎もあるから)の命がかかった手術だ。
まさか、その産婦さんのご家族は
手術してくれる先生が、そんな状態でこき使われている
とは、ご存じなかっただろう。
刈谷豊田総合病院の産婦人科は、
分娩数が多い上に、地域の中核病院として、ハイリスク妊婦や、産院等からの救急搬送を扱う重要拠点
である。産婦人科のページより。
<重要なお知らせ>近年、当院取り扱いの分娩件数が急増しており、このままの状態が続きますと、分娩の安全確保や当院周辺開業施設からの緊急搬送をお受けすることができなくなります。そこで平成22年10月から、異常を伴わない妊娠の分娩予約を月70件に制限させていただく事となりました。この数を越えた段階で、原則的に当院での分娩予約をお断りさせて頂きます。なお、何らかの異常を持つ妊娠、合併症のある妊娠、過去の妊娠に重篤な異常のあった場合、緊急事態による救急搬送等は、今後も可能な限り全力でお受けいたします。
上記のため当院での分娩を希望される場合は、当院または他院で妊娠が確認されましたら、早急に当院の分娩予約を行って下さい。その後の妊婦健診は当院でもかかりつけ医でも、どちらでも構いません。後者の場合は、妊娠34週頃までに紹介状をご持参の上で当院へ再度受診し、以後の健診を当院でお受けください。 いずれの場合も、当院の状況を知っていただくため、当院の母親教室(妊娠前半向け、後半向けの計2回)をお受けになることを強くお勧めいたします。
なお、妊娠内容、分娩時期、病床状況等によっては当院で対応できない場合もあり、大学病院等の更に高次の医療機関へご紹介、母体搬送、新生児搬送等を行う場合がありますので、予めご了承ください。当院の取り扱い分娩数の推移
平成17年度 534件
平成18年度 657件
平成19年度 824件
平成20年度 909件
平成21年度 992件
平成22年度 953件
診療内容
産婦人科には、妊娠や出産にかかわる「産科」と、女性特有の疾患を扱う「婦人科」の二つの分野があります。産科領域では、正常な妊娠分娩はもちろんのこと、妊娠経過に問題のある方、妊娠と同時に様々な疾患をお持ちの方についても、病院内の他科の医師とも協力し、最善の管理を目指します。生まれた赤ちゃんに何らかの問題がある場合は小児科医が新生児管理を行います。また、妊娠と分娩にはいつ緊急事態が起こるか予測不可能であり、常に緊急対応が必要です。当院には各種専門資格を持った多数の医師、設備が揃った手術室、集中治療室などがあり、ご安心いただけるものと思います。
(以下略)
総合病院で小児科もあるので、赤ちゃんに何か問題があったときは、すぐに新生児科が対応出来る。同じく、小児科のページより。
診療実績新生児入院は平成22年度194人あり、その内訳(重複あり)は低出生体重児、新生児仮死、呼吸窮迫症候群、一過性多呼吸、新生児感染症、先天性心疾患などでした。
そうすると、
刈谷豊田総合病院で平成22年に生まれた赤ちゃん953+α(出産件数には多胎も含まれるため)人
同年度の新生児入院194人
ということで、分娩制限を設けて、分娩数を減らしても
一日出産2.6件 新生児入院 0.53人
となる。新生児入院には、
他院からの新生児搬送
も含まれるだろうから、全部が刈谷豊田総合病院で生まれた赤ちゃんではないのだが、半分が自院での出産だとすると、4日に1度は
赤ちゃんにトラブルがあるお産がある
ことになる。上の小児科の紹介に書かれている
治療を要する低出生体重児
は早産がほとんどだろう。だとすれば、お母さんは緊急搬送されてきている。
今回の原告となった先生が勤務されていたのは
平成21年で992件の分娩があった年
で、この時はお産が特に多く
一日出産2.7件
の計算になるから、産科の先生は大忙しだ。新生児の入院も翌年とあまり変わらないだろうから、4日に1度ほどは、危険な兆候があれば、至急小児科医が呼ばれ、生まれた赤ちゃんを受け取って、治療することになる。お産は毎日決まった数があるわけではなく、
分娩が何人も重なる
時もあるから、そうなると
一度の当直で複数分娩の管理
が、どれだけ過酷な勤務になるか、想像は付く。産科医は基本的に
赤ちゃんもお母さんも無事でお産が終わってほしい
と思い、身を粉にして業務に当たっている。安産ならいいが、刈谷豊田総合病院では、ハイリスク妊婦のお母さんも診ているし、お産は終わるまで何が起きるかわからない。安産かと思ったお産が、急転することは珍しくない。
ちょっとお産が重かったけど、母子ともに無事
という場合、蔭では産科医を始めとする医療スタッフの、素人には伺い知れない、獅子奮迅の働きがある。
結果として、今回、
和解
という形にはならざるを得なかったのは、トヨタにしてみれば
280万円で済むならOK
なのかも知れない、というのが、Yosyan先生のご見解である。
詳細な分析をされているので、是非、Yosyan先生のblog「新小児科医のつぶやき」をご一読ください。
2010-09-25 刈谷豊田産科医時間外訴訟
2011-12-19 刈谷豊田産科医時間外訴訟2・和解の結末
それにしても
夜間の産婦人科では、スタッフが少ない分、赤ちゃんとお母さん二人の命がかかっている場合の危険性の高さは昼に倍する
わけなのに、
時間外賃金をケチった
って、天下のトヨタも何ですな。
医師の高度な技量は「安く買いたたける」
と考えているのかしら。
それが医療版「カンバン」方式
って奴なんだろうかね。確かに
コストは下がる
だろうが、
現場のモチベーションは下がりまくり
だと思うけどな。それとも
質の高い医療を維持するためには「医療者の犠牲」でコストを安く上げる
ってこと? 産婦人科医は、勝手に増えたりしないし、緊急帝切を無事にこなせるまでになるのには卒後何年もかかるわけで、
技能に対する不当な評価
は、病院全体の運営にも関わっていくと思うけどね。
(22:04)
Med_Law先生から貴重なコメントを頂いたので再掲する。
「ぶぶ漬け判決」とは、医療過誤裁判で患者側に過誤と結果の立証が出来ない場合、難癖を付けて、手切れ金相当の慰謝料を認めるものですが、これには当たりませんこの和解金額は、”支払われなかった正当な報酬”の全額に相当するものです
コンプライアンス重視の親企業からすれば、違法な労務管理を続けないといけない事業からの撤退が最善手でしょう
それと賃金をケチっただけでなく、法律上、働かせてはいけない長時間を働かせていたことが最大の難問です。お金では解決できない難題です。
Med_Law先生、コメントありがとうございました。ご指摘の通り
天下のトヨタの関連病院が不当労働行為に荷担していた
わけで、
こんな労務管理を病院で平気でさせていた、ということになると、親会社のコンプライアンスも当然疑われる
ってことですよね。
ま、どうするんだかな、トヨタ。
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コメント
「ぶぶ漬け判決」とは、医療過誤裁判で患者側に過誤と結果の立証が出来ない場合、難癖を付けて、手切れ金相当の慰謝料を認めるものですが、これには当たりません
この和解金額は、”支払われなかった正当な報酬”の全額に相当するものです
コンプライアンス重視の親企業からすれば、違法な労務管理を続けないといけない事業からの撤退が最善手でしょう
それと賃金をケチっただけでなく、法律上、働かせてはいけない長時間を働かせていたことが最大の難問です。お金では解決できない難題です。
投稿: Med_Law | 2011-12-19 20:27
「不当労働行為」は労組法上の概念なので、ここで使うのはチトおかしいのでは?
http://www.mhlw.go.jp/churoi/shinsa/futou/futou01.html
投稿: Ikegami | 2011-12-21 15:58