Daniil Trifonov Valery Gergiev指揮ウィーンフィルライブ(放送中)@1/15 19:03〜(ウィーン時間11:03)
さて、陽暦で小正月(って意味ないけど)の今宵、
Daniil TrifonovのピアノがValery Gergiev指揮ウィーンフィルと共演
をしているところで、ただいまライブ放送中。
http://oe1.orf.at/konsole?show=live
曲目は、以下の通り。
Sergei Prokofiev: Symphony No. 1 in D major, Op 25, "Symphonie classique"
Peter IljitschTschaikowsky: Concerto for Piano and Orchestra No. 1 in B flat minor, Op 23(transfer from the Great Hall of the Musikverein in Vienna).
Presentation: Sibylle north
(Transmission in Dolby Digital 5.1 Surround Sound)
他に何かドイツ語が聞こえてたのは、Trifonovのアンコール曲かな〜。ホフマンとか言ってたような。
プロコの1番は短いのですぐ終了。これからTrifonovでチャイコの1番.(19:23)
ということでライブ終了。(20:19)
ウィーンフィルと共演するのは恐ろしいことだ、というのは、クラシックに関わる楽器をやったことがある人なら、一度は先生から聞かされているエピソードだろう。わたしの知るバージョンは、ある若手の指揮者が初めてウィーンフィルを振る、というので、新聞記者だったか、どんな具合の仕上がりかを楽団員に尋ねると
あいつが何振るか知らないけど、俺たちは田園やるよ
と答えた、という話柄である。
指揮者が誰だろうと、音楽は作ってしまえる程度には俺たちはやれるよ
というのがウィーンフィルに在籍する楽団員の誇りで、そうした手練れ相手に指揮をするのも当然大変ながら
共演するソリスト
というのは、たぶんもっと大変だ。なまなかな腕では
おい、小僧(orお嬢ちゃん)、俺たちとやるには100年早いぜ
くらいは、びしっと音楽上の決着をつけられるだろう。
Daniil Trifonovの守護天使Valery Gergievが指揮者としてついているとはいえ、相手はウィーンフィル。そう事は簡単には運ばない。
第一楽章、どうも最初からTrifonovの左右のバランスが危なっかしい。緊張しているのかも知れない。もともとTrifonovは技巧派というほど超絶技巧でバリバリ弾くタイプではない。
一音一音の美しさを生かした演奏
を得意としている。並のオケなら、
ソリストの荒が目立たないような下支えをする演奏
もしてくれるかもしれないが、相手は天下のウィーンフィルである。ともかくオケは
第一楽章はお手並み拝見モード
という
京都のイケズもかくや
という演奏振りで、決して
Trifonovが崩れても助けてくれない
のである。その代わり
君の欲しい音はこれだろ、この音色で、この強さ、このテンポなら満足だろ
という音を、管も弦もきっちり返して寄越す。こうなったら、
自分の弾きたいのはこれだ
と、ソリストも全力で臨まねばならない。今夜のTrifonovは、やはりこうした
早い、難しいパッセージでの弱い部分につけ込まれる時間
が時々あった。並のオケとなら
ミスタッチも自分の音楽
と丸め込めるだけの美音と実力を持っているTrifonovだが、さすがにウィーンフィル相手では
正確なタッチと美しい音と両方を確実にする
以外方法がない。
第一楽章が終わると、かなりの咳が会場から漏れた。
そして第二楽章。弱音の美音、高音の美音を得意とするTrifonovは
緩徐楽章の美しさが身上
であり、今夜の演奏もその例に漏れなかった。第一楽章で時々感じた不安定さは影を潜め、すべてのパッセージでピアノとオケの美しい共演が聞こえた。こういう時のウィーンフィルは凄い。
ピアノの高音パッセージの裏にまできちんと管が乗ってくる
のである。第一楽章でもダブルリードやフルート群の美しさは際立っていたが、第二楽章ではそれが更にすばらしかった。そして、Trifonovも
ダブルリードの裏を弾くところでは、きちんと相手の音を拾って弾く
という、チャイコフスキーコンクール当時でも考えられなかったような高度な音楽的判断ができるようになっている。ゲルギーとの世界音楽修行の旅は、確実にTrifonovの身になっている。喜ばしいことだ。
これが出来ずに、自分勝手に演奏を続けていると、相手の奏者が
何だ、これだけいい音出してやってんのに、このソリスト、音拾ってくれないじゃん、つまんね〜
みたいな感じになって、音楽もダレちゃうんだよね。
一転ティンパニーの一打で始まる激しさを秘めた第三楽章では、
祝祭の音楽
がそこここに展開される。頭からピアノの難所が続き、オケは自分たちの持ち分で、きっちり音を出してくる。
上行するパッセージに絡んでくる木管、特にフルート群の音がすばらしい。
途中
あ、ゲルギー、ここから飛ばすか
と一瞬驚くテンポの箇所があったのだが、すぐに押さえた。
曲の終わりにあるパッセージでは、Trifonovは、いずれ劣らぬ名手揃いの弦や管と競争していた。ゲルギー、止めないんだな。どうなるかと思いましたとも。
曲が終わって、反応はまあまあかな。大絶賛ではなかったが、相当の絶賛を受けていた。
アンコール前の放送時間、残りは1分少々。ここでTrifonovは、あのちょっと小声で遠慮するような早口で
ムソルグスキー
と言ってたような気がする。めちゃくちゃな速いテンポで弾き始めて、聴衆の度肝を抜き、その後も自由すぎるテンポで曲を終わり、あまりの
自由さ
に、どうやら聞き手は脱力した様子。
おいおい、この子、とんでもない子だね
という感じで、拍手をもらっていた。
まあ、ロシアが伝統的に誇るヘンタイ(褒め言葉です)の天才の系譜に連なるTrifonovだからな。
ドキドキとにやにやと感嘆の入り交じる、スリリングな一時だった。
続き。(22:14)
アンコール曲はたぶんこれ。
Modest Mussorgsky "Hopak" from "Sorochintsy Fair"
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