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2012-02-25

弱い子どもはそのように育てるしかない

時々、特に高齢でパパママになった人達が
 うちの子はしょっちゅう病気している
と嘆いているのだが、それは
 その子どもがそういったちょっとデリケートな子どもだから
だと言うしかない。昔から
 子どもには手のかからない子と、手のかかる子がいた
のであり、少子化の現在、一人か二人しかいない子どもが
 たまたま弱い子どもだった
ってだけの話。まあ、高齢出産カップルだと
 自分が子どもの頃の話は綺麗に忘れている
わけで、ひょっとしたら
 自分自身が「育てにくい子」だった場合も、その事実すら忘れている可能性
がある。だから余計に
 頻繁に病気になる我が子が負担に感じられる
のだろう。
少子化では
 育てにくい子
という言葉が忘れ去られているが、
 子どもは決して同じように手がかかる訳ではない
のである。
 同じきょうだいでも、育てやすい子、育てにくい子がいる
のは、当然だと昔の親たちは受け止めてきた。そして
 育てにくい子は、手を掛けて育て上げる
のも、当然だった。そうしないと育たないんだもの。そういうものなのだ。

兄弟姉妹がたくさんいたり、しょっちゅう同年代の従兄弟姉妹と遊んでいれば
 世の中には、弱い子も強い子も必ずいる
ことに気づく。その経験を親となった今も覚えているならば、
 強い他の子どもをうらやむ
よりは
 いま目の前で懸命に生きている弱い子どものケア
をしてほしい。その子の「体質が変わる」としても、たぶん学齢以上だ。もっと時間がかかることもある。でも、それはその子の持って生まれた性質なのだから、親はどんと受け止めて欲しい。

あと、よくわからないのだけど
 乳児の内に中耳炎になった
場合、親はその後、この子は感染症にかかりやすいかもしれない、と特に注意するのが以前は経験として普通の態度だったと思うのだが、最近は違うのかな。エビデンスがあるかどうか知らないけど、
 赤ちゃんが中耳炎になった
となると、熱を出しやすくて、いろいろトラブルが起きやすい子どもであり、
 小学校に上がるまでは、できるだけ熱を出させないように気をつける
というのが、抗生物質がそれほど普及してない頃の人達はもちろん、少なくとも二十年前までは常識だったように思う。明治生まれの祖母の子育て話を聞いたことがあるのだが、祖母が産んで、育った(生まれてすぐ死んだ子どももいるので、産んだ数はもっと多い)、五人いる兄弟の中で、一人、乳児で中耳炎になった叔父がいて、
 この子は弱い
というので、慎重に育てた、と聞いた。それでも残念ながら、叔父は片耳が難聴になってしまった。祖母の時代はいうに及ばず、昭和末期になっても
 赤ちゃんが中耳炎
というと、
 この後は熱出させないように気をつけないとね
というのが、合い言葉みたいなものだったのを、しばしば聞いた。こうしたものは民間の経験的な知恵なんだろうけど、いまは継承されてないのだろうか。

弱い子どもは、細心の注意を払って、大きな病気に罹らないよう、またケガをさせないよう、見守って育てるしかない。
弱い子どもは、遠くや長時間の旅行はさせないのが、昔の子育て(昔といっても30年くらい前まで)は普通で、
 まあ、大きくなったらいくらでも旅行なんてできるんだから、小さい内は我慢しないとね
と、子どもを旅行に連れて行けないで悩むパパママに、祖父母やおじおば世代が慰めてくれたものだった。最近はそういう
 年長者のアドバイス
が少ないから、余計焦るんだろうけど、旅行先は逃げていかない。
よくハワイ旅行関連の掲示版などにいる、勘違いパパママの
 旅行料金が赤ちゃんや幼児だとうんと割引になるから、安い内に遠い旅行に連れて行きたい
なんてのは、言語道断だ。もし、急病になったら、かかりつけじゃないお医者さんに診てもらうんですよ? そんなの、子どもにとっては大迷惑だ。もちろん、これも時々耳にする
 子どもが熱を出してるけど、ハワイ等の旅行の予約を取り消すと損をするから、ムリヤリ連れて行く
なんてのは、話にならない。事実、これまでも
 水痘・麻疹等感染症の機内バイオテロを敢行した親子連れ
の話などを時々耳にしている。機内は逃げ場がないから、不幸にして同乗してしまった免疫のない大人がこれらに感染すると、重症化する上に、治るまでは帰国の飛行機に乗せてもらえない感染症だから、とんでもないことが起きるのだ。
大体において
 二、三歳までの子どもを海外に連れて行く
のは、転勤等どうしてもやむを得ない事情がない限り
 親の自己満足以外の何者でもない
のである。子どもはまず覚えてはいない。結局は、
 写真やビデオ、あるいは思い出の点景として「子ども」が欲しい
だけなのだ。そのあげくに、弱い子どもをわざわざ連れ出して、一生に関わるような病気やケガをさせたとしたら、
 親による「虐待」
といっても、言い過ぎではない。
この手の
 思い出づくりが好き
という人がいないわけじゃないのだが、特に最近増えている、高齢でやっと授かった我が子なのであれば、
 親のエゴでせっかく授かった子どもの生命を左右しないで欲しい
と思う。てか、最近
 遅くやっと授かった子どもを大事に育てる
ってのが常識じゃなくなっているよね。周りが高齢出産だとそのことをつい忘れがちになるけど
 次の妊娠はない可能性が高くなっていく
のだから、大事に育てて欲しい。親のエゴ主導の思い出づくりなんて、子どもの生命やこの後の人生に比べたら、取るに足らない問題だ。

たぶん、二つになっても三つになっても
 うちの子は病気をする
と嘆いているご両親は、自分の子どもが
 弱い子どもである
という事実が、受け入れられないのだろうと思う。大体、普通は
 この子は弱い
というのは、
 一歳くらいで見極めが付く
わけだ。一歳まで無事だったとしても、ふとした病気などがもとで、打って変わって弱い子どもになることだってある。子どもの弱い、強いは、いくらでも変わるものだ。
たった一人か二人の子どもが
 どちらも、あるいは片方が「弱い」
ということに耐えられないとしたら、それは
 平均値が自分にも適用されるという意識に毒されている
のじゃないのか。
 弱いのも子どもの個性
である。
まさか、35歳を過ぎたいいオトナが
 子どもはみんな元気
と勘違いしているわけじゃないだろうな。
 元気な子も、弱い子も、みんな子ども
だ。別に
 弱いからといって、特別に劣っているわけではない
のだ。そして
 弱い子を大事に育てる
のは
 決して過保護
ではないのだ。そういった昔から言われる「育てにくい子」は
 手を掛けるのが当然
であり、保護して保護しすぎることはない。

手のかかる子は、それだけ親の愛を受けられるのだから、もし、兄弟姉妹がいるのであれば、
 手のかかるきょうだいによって、手のかかない「おりこうな」子どもがうっかり放置されないよう
に、気を配って欲しい。たまにはぎゅっと抱きしめてあげて欲しいよ。たぶん
 手のかからないきょうだい
の方は、子どもながら、ずっと何かを我慢してきているはずだから。

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ただただ同意します(拍手)。

投稿: うんぽぽ | 2012-02-25 19:00

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