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2012-07-10

山田五十鈴死す

山田五十鈴が亡くなった。合掌。
 芸能
というものの凄まじさ、不可思議さを体現した女優さんだった。
NHKより。


女優の山田五十鈴さんが死去

7月10日 5時17分

70年余りにわたって映画や舞台の第一線で活躍し、女優として初めて文化勲章を受章した山田五十鈴さんが、9日、東京都内の病院で多臓器不全のため亡くなりました。
95歳でした。

山田さんは大正6年に大阪市で生まれ、6歳のころから唄や踊りを習い、昭和5年に公開された映画で映画女優としてデビューしました。
時代劇を中心に大河内伝次郎や片岡千恵蔵など当時の大スターたちと共演し、かれんな少女役として人気を集めました。
黒澤明や小津安二郎など日本を代表する監督の名作に数多く出演し、映画女優の第一人者としての地位を確立しました。
その後、舞台に活動の中心を移し、昭和49年に上演された「たぬき」では、三味線や小唄、義太夫など多彩な芸をみせる難しい役を演じ切り、その年の芸術祭大賞を受賞、舞台女優としても高い評価を受けました。
80歳を超えた平成12年にはNHKの大河ドラマ「葵~徳川三代~」に出演し、家康の母の役を熱演したほか、同じくNHKのドラマ「怒る男・わらう女」では森繁久彌さんと共に円熟した芝居を披露しました。
こうした長年の活躍が認められ、平成12年には女優として初めて文化勲章を受章しました。
山田さんは、出演する劇場に歩いていけるという理由で、長年、都心にある帝国ホテルを住まいにしていたほど、人生のほとんどを芸能にささげましたが、85歳だった平成14年に体調を崩し、この年以降、芸能活動が途絶え、療養を続けていました。

どんな芝居でも、テレビドラマでも、山田五十鈴が出ている、というだけで、ぴりっと場が締まった。
朝日放送制作の必殺シリーズでは、
 必殺からくり人
以降、女元締として登場し、仕事を請け負うシーンや殺しのシーンで、凄烈な色気を放っていた。いま年齢を調べたら、必殺からくり人では59歳、最後に出演していた必殺仕事人Vでは、68歳である。ある意味恐ろしい。

祖母が山田五十鈴が好きだったので、テレビで芝居の中継があったり、出演するドラマがあったりすると、つきあって見ていた。
74年に芸術祭大賞を受賞した
 たぬき
は、名人として鳴らした女芸人立花家橘之助をモデルとした作品で、山田五十鈴が三味線を始めとする、橘之助が得意とした音曲の芸を舞台で再現するので、猛稽古をした、ということで、幕が開く前から評判を取っていた。NHKでも舞台中継として放映したが、放映されるまで、じりじり待ったような記憶がある。(この「たぬき」には、後の六代目三遊亭円生が子ども芸人だった円童時代に機転を利かせて、橘之助に褒められたシーンがちゃんと入っている。立花家橘之助の話は、青蛙房から出ている、六代目円生の『寄席育ち』に詳しい。
青蛙選書5新版 寄席育ち
「たぬき」を見る前に、『寄席育ち』を読んでいたので、舞台中継では、円童が出てくるか、楽しみに見ていた。)

芸能人だけに許された、一般人とは違う世界の尺度で、山田五十鈴は生きていた。
わたしが子どもの頃でも、十分、もうおばあさんの域に近づいていたのではあるが、いつだったか、週刊誌に
 山田五十鈴に25人目(人数の正確な数は定かではない)の男!
という下世話な見出しで、今風にいうと
 新恋人との熱愛報道
が出たとき、もうたぶん50を越していた山田五十鈴は、自分が
 女優としてのスキャンダルで週刊誌に取り上げられた
のを喜んで、この週刊誌を買い集め、ちょうど撮影していたドラマだったか映画だったかの、共演者の楽屋に、手ぬぐいか何かを付けて、配ったという。山田五十鈴が常に
 女
であることを意識していたエピソードだ。

山田五十鈴の凄さを改めて実感したのが、
 「鬼平犯科帳」第四シーズン第二話「正月四日の客」
だった。このドラマについては、以下に。
2008-11-18 山田五十鈴@1992年1月13日初放映「鬼平犯科帳」第四シーズン第二話「正月四日の客」

70を過ぎてから、時々体調を崩して休養を取ることがあったのだが、ある時、かなりの大病とのことで
 これは、山田五十鈴ももうダメか
と思っていた頃に復帰、なんと
 前より若返っていた
ので、現場では
 あれはお化けだ
と噂されていたという。確かに、復帰後の山田五十鈴は、病気になる前より5歳も10歳も若返っていた。わたしの目には
 可憐さ
さえ、加わったように見えたのだった。

もうこんな大女優は出ない。
           

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