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2012-10-08

祝! 山中伸弥先生 ノーベル生理学・医学賞受賞!!!(その2)記者会見(途中まで)

先ほどまで日テレニュース24で
 京都大学での山中伸弥教授会見
を生中継してたので、聞き取れた分だけ、とりあえずアップ。一回聞いただけで、全部文字起こしができてるわけじゃないので、その点はご容赦を。


山中教授会見 日本の後押しがなければ、こんな賞はもらえなかった。まさに日本国、日本の国が受賞したものだ。
奈良先端科学技術大学院大学で初めて研究室を与えて貰った。独立したポストをもらって、国から支援を頂いて、研究を続けられた。
(そこで得た成果をもとに)京都大学に移って、・・・さらに大きな成果を得られた。
非常に大きな国からのご支援を頂いた。そうしたご支援がなければ、今日のストックホルムからの電話というのはかかってこなかった。
感想を一言で言えば、感謝という言葉しかありません。
感謝する対象は、日本のみなさん、京都大学の総長をはじめとするみなさん、研究を支えてくれている高橋和則くんを始めとする若いみなさん、支援してくれる友人、また家族に心から感謝の意を表したいと思います。
母が八〇を超えておりまして、母に報告できたのが、うれしいです。
義理の父は医師でしたが、今年初めに亡くなり、報告できなかったのが残念です。でも天国でわたしの本当の父とよろこんでくれているのではないかと思います。
喜びと同時に、大きな責任も感じています。・・・まだ医学や薬の開発に役立ったというところまで来ていません。代表して受賞したということは、光栄でありますが、さらにこれから研究を続けて、本当の社会貢献を実現させたい、という気持でいっぱいであります。
この何日間か、いつも支えていただいている国民のみなさまに、できるだけ自分の言葉に伝えたいと思っていますが、その後は速やかにわたしの仕事の場に戻って、来週からは研究室に戻って、論文も早く出さないと、学生さんも待っていますので、これがわたしの仕事ですから。
過去の成果に対する評価はこれからの発展への期待も大きいので、これからも現役の研究者として仕事を続けていきたいと思います。
今回J.ガードン先生と一緒に受賞できたのが一番うれしいです。カエルの細胞で、核移植といういまわたしたちのやっている研究のもとになったものです。その研究が出来たのが、わたしの生まれた年でした。ガードン先生はいまでも現役の研究者として活躍されていますので、わたしもそのように研究を続けていきたいと思います。
アメリカのグラッドストーン研究所からも推薦を受けての受賞と聞いています。わたしが研究者としてのトレーニングを受けた研究所です。毎月、渡米しては、最新の研究情報を得ているところです。グラッドストーン研究所からのサポートがなければ今回の受賞はありませんでしたので、そのことにも感謝の意を表したいと思います。

NHK記者からの質問。「どんな感想をもったか」
「どこが評価されたか」
受賞をどうやって知ったか。家におりまして、洗濯機ががたがた音をするので、洗濯機を直そうとしてたら、携帯電話が鳴りまして、それが英語でありまして、それで知りました。
感想はさきほども少し述べましたが、やはり、なんというか、日米をずっと往復しております。特にアメリカにノーベル賞に適する研究電話が掛かってきたというのが、本当に何か、電話でいっておられるのが本当かどうか信じられない、という気持でした。わたしも多少なりともノーベル賞の受賞の仕組みを知っていますので、今回の受賞は日本の国としての支援のたまものである、と思いました。
J.ガードン先生は、核の初期化を最初に示された先生です。まちがいなく、J.ガードン先生のお仕事がなければ、わたしたちの仕事もありませんでした。この50年間にいくつかのキーとなる成果がありましたので、先人、いまも活躍されている先生もいらっしゃいますので、そういった先生方のおかげである、と思いました。
10年くらいまえに、奈良先端にいたころですが、新聞にコラムを書いたことがあります。研究者の仕事は真理を明らかにすることだ。真理というのは何枚ものベールに覆われていて見えないものだ。何十枚ものベールに覆われている。真理を追い求めることが仕事だ。殆どの場合は、一枚だけベールをめくるだけなのだけど、ラッキーな研究者はたまたま一枚めくったら真理が見えることがある。どの一枚も大事なんだ。
J.ガードン先生が最初の一枚をめくられて、その後たまたま一枚めくったらiPS細胞が見えたのがわたしたちだ。
昔のその一枚一枚が大切だと言う気持は忘れていませんし、一緒に仕事をしている若い研究者の人たちにもそれを忘れて欲しくないです。
毎日新聞 総理からはどんな声を掛けられましたか。
総理大臣と直接話をするのは生まれて初めてで、緊張してましたので、覚えているわけではないのですが、野田総理の方から「おめでとうございます。日本国全員を元気づける受賞で、おめでとうございます」
毎年20億円以上いただいています。一つの成果として今回の受賞がありましたが、わたしたちの仕事はiPS細胞の医療応用だと思いますので、そちらの仕事を進めていきたいです。
(総理からは)「おめでとうございます。」と何度も。
自分は言えたかどうかわからないのですが、国からの支援をいただいたからこそ受賞できた、と。最初のiPSも国からの支援でできたことですし、その後も国からの支援できた仕事です。
毎日新聞 別な記者 (聞き取りにくい)
受賞の知らせを受けたときは、家族の何人かは家におりましたが、このような知らせは伝えてもぴんとこない。茫然としているというのが、私自身もそうでしたが。母親にもすぐ電話で伝えまして、母親もなにかきょとんとしていたようで。そういう印象を受けました。
(母親はなんと?) よかったなあ、と言ったような気がします。
J.ガードン先生とは最初にお会いしたのはまだiPSを作るのに成功する大分前、2002とか2003、日本に学会でこられて初めてお会いして。印象は、正直な印象は、J.ガードン先生はとっても美しい髪の毛をされておりまして、うらやましいな、と。第二印象はいまでも現役で、自分で実験をされていると聞いて驚きました。
常に論文を読んで居られて、常にディスカッションをするのですが、學者というのはこうじゃなくてダメだなあと教えられる方です。

ここで(20:29頃)真紀ちゃんから電話。中継はここでお仕舞いだった。

おまけ。
ここから、140字以内で
 山中先生とガードン先生に祝福の言葉
が送れます。
Greetings to the 2012 Nobel Laureates in Physiology or Medicine

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