Daniil Trifnovの幸せな午後 Daniil Trifonov recital@6/8 ザ・シンフォニーホール
誰しも、初めてピアノに触れた時は胸が高鳴り、おそるおそる下ろした指から響く音に感動したことだろう。
その
ピアノに触れる喜び
を常に体現してくれるのが
Daniil Trifonov
である。
Daniil Trifonovのピアノを直に聞くのは2年振りだ。
今回の日本公演は今日を入れて4公演が予定されている。大阪のリサイタルがその最初になる。
大阪では予約開始が早かった。初日の開始時間に速攻で予約を入れ、B-15/16という
Trifonovの運指と表情見放題席
を確保。
その時の話はこちら。
2012-11-25 Daniil Trifonov Piano Recital in Osaka@来年6/8 本日(11/25)10:00- チケット予約開始
http://iori3.cocolog-nifty.com/tenkannichijo/2012/11/daniil-trifon-1.html
プログラムは
前半
Scriabin, Sonata for Piano No.2 Op.19, スクリャービン:ピアノ・ソナタ 第2番「幻想ソナタ」
Liszt, Sonate für Klavier S.178/R.21 A179, リスト:ピアノ・ソナタ ロ短調
後半
Chopin, 24 Preludes Op.28, ショパン:24の前奏曲 (「雨だれ」ほか)
で、本日のアンコールは4曲。
1. Nikolai Karlovich Medtner, 4 Fairy Tales (Skazki), Op. 26, メトネル:4つのおとぎ話 から1曲
2. Schumann-Listz, Widmung, シューマン・リスト:献呈
3. Bach-Rachmaninov, Gavotte from Partita for solo violin No.3 in E major, バッハ・ラフマニノフ:ガボット
4. Stravinsky-Agosti, Infernal dance of King Kashchei from The Firebird, ストラヴィンスキー・アゴスティ:火の鳥から魔王カシチェイの凶悪な踊り
と盛りだくさん。てか
24 Preludesを全曲弾いた後のアンコール
のそれも
最後の最後に「火の鳥」を弾く
というのが、愛すべき天才にして「ヘンタイ(褒め言葉です)」のTrifonovならでは。で、その最後に弾いた
火の鳥が、ピアノが鳴りまくってて、凄かった
のである。
いや、凄いのは最初からだったんだが。
最前列に近い席に座った理由は
憑依系ピアニストであるTrifonovに「何かが憑く瞬間」を見たかった
からでもある。
どうやら、
スクリャービンとはお友達
のようで、ムリに呼ばなくても、すっとスクリャービンの世界に入っていった。
高音の弱音が美音
というのが、2010年のショパンコンクールで見せたTrifonovの特徴なのだが、それから2年半の時を経て
ヴァージョンアップしたTrifonov
が姿を見せた。
低音も太く、充実した音が出る
のである。
低音の支えの力を実感したのは
リストのピアノソナタ
で、この難解な曲を
Trifonovの解釈で弾いて見せた
のである。
ピアノの前に座ったTrifonovはやや時間を置く。
何かが憑いた
ように、表情が一変して、第1音を打鍵する。静寂。そしてまた1音。白紙に墨を置くように、導入部の音が置かれ、一転して主題が導かれる。このソナタでは、執拗に主題が繰り返される。その繰り返しと変奏を、1音1音を分解して解釈し直し、音と音との距離を計り、めまぐるしく音色を変化させ、注意深く音を組み合わせることで、これまで聞いたことのない、Trifonov独自のリストのソナタが構築された。最後の1音の打鍵は、最初の1音に繋がる。
聴衆は熱狂。拍手はなかなか鳴り止まなかった。
休憩後に
ショパン 24の前奏曲全曲通しの演奏
が始まる。Trifonovはこれまでに
Chopin, Etudes op.10, op.25
をそれぞれ通して弾く試みをしてきた。その時も
ショパンのエチュードを個々の1曲1曲としてでなく、12曲全体を一つの有機体として見た場合、どう演奏されるべきか
ということをやってみせ、それは成功した。
今回も同様に
すべての調性で書かれている24の前奏曲を通して弾くと何が見えてくるか
が、Trifonovの課題だ。
古典的なChopin弾きのピアニストが好きなら、この演奏は、
Chopinらしくない
という評価となるだろう。しかし、TrifonovのChopinは
21世紀のChopin
だ。彼がショパンコンクールで
マズルカ賞
を獲得したとき、少なからぬ聴衆が驚いたわけだけれども、その
マズルカ賞を得た時のマズルカを更に拡張していった形のChopin
が
今日の24の前奏曲
だろう、と感じた。
ピアノの前に座ったTrifonovは、ちょっと間を置いた。そして、また
何かが憑いた
のだった。
長短ばらばらな長さの24 Preludesは、Etudes Op.10, 25を通して弾くよりも、
更に扱いが難しい作品群
である。
Chopin弾きなら、絶対にそうは弾かないだろうパッセージの扱い、そして
音と音との距離の作り方
がすばらしい。左手の音色を
わざと曖昧にする演奏法
を用いて、
右手はこれ以上ない、マルカートの演奏
をしてみせる。左手の音色を操ることで
過去から音が近づいて現在と交差する
ように聞こえる。
音色を曇らせることも、輝かせることも、自由自在にできる。弱音はもちろん、大音量のfffも破綻なく響かせる。Trifonovは全身を巧みに用いて(見た感じは、前のめりになっているけれども)、音色や強弱を厳密にコントロールしている。その音がそう弾かれるのには、確固たる理由があるのだ。
Trifonovの音楽の力の凄さは、一般に知られている
7番(太田胃散のCM使用曲)や15番(雨だれ)
で、申し分なく発揮された。誰でも知っている曲だからこそ、易きに就きがちな楽曲だが、Trifonovは
自分のChopin
を実に楽しげに弾いた。こんな7番や15番、聴いたことがなかったよ。
24曲すべてを弾き終わり、一瞬間を置いて立ち上がったTrifonovはよろめいた。いかに彼が精魂込めて演奏していたかが、誰の目にも明らかになった瞬間だった。
拍手が鳴り止まない。何人もがスタンディングオベーションで称える。
いつものように、Trifonovは会場のすべての聴衆に向かって(今日は、後のパイプオルガン席もあるザ・シンフォニーホールだから文字通り四方に挨拶をした)丁寧にお辞儀をした。
アンコールは前掲の通り4曲。
メトネルをさらっと弾いて見せて、そして
6月8日が誕生日のシューマンへのリスペクト
だろう、
シューマン・リストの献呈
を美しく歌い上げる。一昨年、奈良で聴いたときより、一段と音色に磨きが掛かっている。
拍手に応え、3曲目は、Trifonovのアンコールでは、よく演奏される
バッハ・ラフマニノフのガボット
この小曲で今日の演奏を終えるのか、と一瞬思ったのだが、更に拍手は大きくなっていく。
4曲目をやるのか?
と思ったとき、Trifonovはピアノの前に4たび座り
Stravinsky-Agosti, Firebird
と告げた。まさかの火の鳥!!!! 前半からこれほどの密度で弾き切っているTrifonovが火の鳥を弾き始める。音のキレが素晴らしい。音色も確かで、今までで一番凄い火の鳥を聴いたように思う。難曲なのに、Trifonovの長く白い指は、鍵盤を、確実に打鍵しながら、めまぐるしく駆け抜けてゆく。音ももちろんだけど、
運指の見える席
を選べた幸せを堪能した。
今日のTrifonovは、いずれの演奏も
ピアノに触れる喜びに満ちた音楽
だった。
ありがとう、Trifonov。次に日本で会える時は、また必ず聴きに行くよ。
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コメント
東京(東京オペラシティ)の公演を最前列で見て参りました.息づかいもペダルを踏む足の音も聞こえるような席です.
題目は大阪と同じで,ショパンのソナタ24曲を弾き終わったとき疲労困憊だった(第24の最後の低音に指を下ろすときが特に鬼気迫る感じでした)のも同じです.
が,アンコール曲.最後の火の鳥以外の4曲は全然聞いたことがない曲で,実に楽しそうに弾いていました.何かを自分流にアレンジしたのかなと思っていたのですが,後で調べたらなんと自作の曲(ラフマニアーナ組曲)だそうで.なるほど,「いかにもTrofonovが好きそうな」パートの連続でありました.
緊張感あふれた正式演目と,一転して才能が喜びに満ちて歌ったアンコールの対比が楽しかったです.
「神に愛された」と「悪魔に魂を売った」の境目にいるような,そんなHENTAI(もちろん良い意味です)の人間離れした演奏に酔い痴れた夜でした.
投稿: KMnO4 | 2013-06-16 09:21