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2013-09-06

六草いちか『それからのエリス いま明らかになる鴎外「舞姫」の面影 』講談社 2013.9.3→加筆・訂正あり

前著
 鴎外の恋 舞姫エリスの真実
の続編として、ベルリン在住の著者が
 現地在住の強み
を生かして、
 日本から帰国した後のエリスの生涯
に迫ったのが本書である。

前著でエリスは、
 エリーゼ・ヴィーゲルト
であることを明らかにした著者は、
 日本から帰国した後のエリスの生涯
を、困難な調査から追い求める。その結果、
 中年に達したエリスとその夫の写真
を手に入れ、
 エリス結婚の経緯、夫の死、鴎外との文通等
を掘り起こしていくのである。ただし、
 エリスの墓

 エリスに子どもがいたかどうか
は今回も謎のまま残った。

本書は363頁と全体が長くなっている。これは研究書ならば省かれる、資料探索の行程に頁が割かれているためだ。内容的には半分くらいの分量で叙述は可能。というわけでさくさく読める。

著者はあちこちで
 偶然
あるいは
 誰かの引き合わせ
としか思えない幸運に遭遇するが
 資料掘り起こしの過程
というのは、えてしてそういう
 奇跡
が起きる。それは本書の例に限らない。

なお、序章で引用する鴎外の妹小金井喜美子の文章中の「祖母」を「鴎外の母峰子」に充てているけれども、これは鴎外や喜美子の祖母である「於清」の誤り。
著者は在ドイツなんだから、こうした基礎的な部分で、日本で確認できることは
 講談社の担当編集者がきちんと校閲すべき箇所
である。頼むよ〜。

(追記 9/9 15:50)
上記の
 祖母
なのだが、実は
 小金井喜美子『鴎外の系族』所収の「森於菟に」
があるので、これではないかと思い、
 祖母=於清(『鴎外の系族』では、小金井喜美子からみた親族呼称ですべての人物が登場する)
と書いたのだが、国会図書館の近代デジタルライブラリーで
 小金井喜美子『鴎外の系族』
を確認したところ、この版の「森於菟に」には、該当個所がないことがわかった。
従って上記の
 祖母
とは、
 峰子
で間違いない、『鴎外の系族』の「森於菟に」が書かれた後、まったく同名だが
 森於菟から見た親族呼称で「森於菟に」という新たなエッセイが書かれた
ということである。
この部分を訂正します。
なお、コメントでも市川万里さんからご指摘を受けた。ありがとうございました。

ところで、なんで
 二つ(以上)の「森於菟に」で混乱
したかというと、著者の注釈が
 長谷川泉編『鴎外「舞姫」論集』クレス出版
からの引用となっていて、
 著書が引用した小泉喜美子「森於菟に」の初出が明示されてなかった
ためである。つまり
 孫引き
のままの注釈が残った、ということになる。
 資料集からの孫引きの注釈が残っている
のは、やはり
 担当編集者の不注意
である。著者はドイツ在住で、資料調査をするには不便なんだから
 原資料をファックスして送るなり、初出を明示する
のは、担当編集者の仕事じゃないの?

(更に追記。14:10)
担当編集者の横山建城さんから、貴重なコメントを頂いたので再掲する。
横山さん、ありがとうございます。(なお、原コメント内の正字の「鴎」は、表示が通らない場合があるため、「鴎」に直しています。)


担当編集者の講談社の横山建城と申します。このたびは『それからのエリス』をお読みくださり、厚く御礼申しあげます。
ご指摘の点について一言申しあげます。
章末註については、本文引用がかなづかい等も含め、長谷川泉編『鴎外「舞姫」論集』(クレス出版)に拠っておりますので、その旨記しました。

なお、鴎外研究の第一人者である山崎一穎先生は『鴎外』第89号(2011年7月、森鴎外記念会)に、前著『鴎外の恋─舞姫エリスの真実』を評価する書評を寄せたときに、研究者の側の反省点として大要以下のように述べておられます。

1)六草さんの調査の発端は、小金井喜美子の「森於菟に」(「文学」第4巻第6号〈特輯 鴎外研究〉昭和11年6月、岩波書店)である。
2)喜美子は同じ表題で「冬柏」に書き、のちに単行書『森鴎外の系族』に「冬柏」掲載文のみ収載した。同じ表題だが内容は違う。この点に研究者は従来自覚的ではなかった。

このように、六草さんの調査の発端において、この問題はすでに俎上にあげられており、また功績の一つとして評価されております。また、本書『それからのエリス』においては参考文献として356ページに初出が明示してあります。
著者がベルリン在住で資料に接しえなかったということはございませんので、その旨お伝え申しあげるしだいです。
なお、章末註において出典を明示していなかった点についてはご指摘を重く受け止め、今後の編集に活かしてまいりたく存じます。
ありがとうございました。

ということなので
 章末注に初出を明示しなかった
とのこと。
 著者が孫引きしたわけではないが、表記の関係で、注釈の形がそう見えている
ということである。

これは出版社への要望だけれども、今回のように
 同じ筆者(小金井喜美子)で同名で内容の異なる作品が複数存在する
場合、
 必ず初出に行き着けるよう、注釈のスタイルに注意を払う
ようお願いしたい。

昭和11年の「森於菟に」(岩波「文学」4-6所収)ということは、
 昭和18年7月のあとがきがある『鴎外の系族』
とは、時間的な先後がある。
『鴎外の系族』の「後記」と「奥付」を文字起こししたものを掲載する。なお、漢字は文字化けする恐れがあるので、常用漢字に改めた。


後記
 私も七十路を越しまして、両親兄達よりもいつか生き延びて仕舞ひました。長兄と別れてから二十余年、次兄と別れてから三十余年となります。一人の弟もはや還暦を過ぎました。長兄の事は、世を挙げてともいふ様に、誰も誰もが長年の間に、言ひ尽し語り尽して下さるのを喜ばしく思ふにつけ、次兄の事は全く世に忘られて居りますので、私が朧気な記憶を辿つて書きましたのも、せめて幾分世に残したいと思ふからなのです。森一族、小金井一族の事も、知る限りは書いて置きました。大抵は與謝野両先生の御厚意によって「冬柏」に掲載したものなのです。最早両先生とも御逝去になつたことを誠に残念に思ひます。添へました小説三四篇は「昴」その他へ載せたので、皆はかない昔語りでございます。
 台湾に居ります森於菟が、本の出来ますのを喜んで、送ってまゐりました手紙を手紙を序にかへます。末ながら、装幀を給はりました石井拍亭氏と、種々御配慮を煩はしました横山重氏とに、厚く御禮を申し上げます。
 昭和十八年七月
pp.437-438

奥付
昭和十八年十二月十五日 印刷
昭和十八年十二月二十日 発行
と印刷されているのだが、発行日の横に
 十九 一 十二
とペン書きで訂正されている。

文中の「冬柏」は與謝野晶子・鉄幹夫妻が昭和5年3月に創刊した歌誌。鉄幹は昭和10年3月に、晶子は17年5月に死去している。

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コメント

こんにちは。
ご指摘の箇所、私も読みました。
たしかに、喜美子の祖母は「於清」ですが、この引用は「前出」とあるように、「森於菟に」からの引用で、これは於菟にあてて書いたもので、於菟を基準にしています。
ですからここでの「祖母」は、喜美子にとっての祖母ではなく、於菟にとっての祖母のことを指しています。
それは、於菟の祖母峰、つまり「鴎外の母峰」のことです。
ですから、誤りではありません。
気になったもので。

投稿: 市川万里 | 2013-09-09 11:05

担当編集者の講談社の横山建城と申します。このたびは『それからのエリス』をお読みくださり、厚く御礼申しあげます。
ご指摘の点について一言申しあげます。
章末註については、本文引用がかなづかい等も含め、長谷川泉編『鴎外「舞姫」論集』(クレス出版)に拠っておりますので、その旨記しました。

なお、鷗外研究の第一人者である山崎一穎先生は『鷗外』第89号(2011年7月、森鷗外記念会)に、前著『鷗外の恋─舞姫エリスの真実』を評価する書評を寄せたときに、研究者の側の反省点として大要以下のように述べておられます。

1)六草さんの調査の発端は、小金井喜美子の「森於菟に」(「文学」第4巻第6号〈特輯 鴎外研究〉昭和11年6月、岩波書店)である。
2)喜美子は同じ表題で「冬柏」に書き、のちに単行書『森鴎外の系族』に「冬柏」掲載文のみ収載した。同じ表題だが内容は違う。この点に研究者は従来自覚的ではなかった。

このように、六草さんの調査の発端において、この問題はすでに俎上にあげられており、また功績の一つとして評価されております。また、本書『それからのエリス』においては参考文献として356ページに初出が明示してあります。
著者がベルリン在住で資料に接しえなかったということはございませんので、その旨お伝え申しあげるしだいです。
なお、章末註において出典を明示していなかった点についてはご指摘を重く受け止め、今後の編集に活かしてまいりたく存じます。
ありがとうございました。

投稿: 横山建城 | 2013-09-10 04:36

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