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2014-02-05

佐村河内守さん 別人に作曲を手伝って貰っていたことを明らかに Nスペ等で大きく取り上げブームを作ったNHKは謝罪 Nスペ制作等一連の企画の中心は元TBSのフリーD古賀淳也氏(速報)

7時のニュースで、NHKが大きく取り上げ、謝罪したのでびっくり。残念なニュースだ。高橋大輔のSPの使用曲は、佐村河内守さん作とされているのだが、これも
 自分では作曲してない
という。ソチ五輪開幕直前という
 大変微妙な時期

 こうした報道が出る
こと自体、極めて影響が大きい。大丈夫か、高橋大輔。
 フィギュアでは「曲に気持ちを乗せていく」のが大事
なだけに
 今回の報道が与えるショックの大きさ
が気がかりだ。
しかも、これまで佐村河内守氏の物語に共感し、応援してきた人はたくさんいる。心が痛む。

現在、昨年、佐村河内守さんを取り上げたNスペのサイトは次のような内容に変わっている。


魂の旋律~音を失った作曲家~

初回放送 2013年3月31日(日)
午後9時00分~9時49分

NHKスペシャルでは、去年3月31日、「魂の旋律~音を失った作曲家~」と題し、両耳の聴力を失った作曲家として、佐村河内守氏を紹介いたしました。
しかし佐村河内氏が、NHKに対して、自らは作曲しておらず、代わりに作曲していた人物がいることを明らかにしました。佐村河内氏は、「曲の全体構成や曲調などをその人物に伝えたが、自分では曲を作っていない」と話しています。
NHKは、放送当時、本人が作曲していないことに気づくことができませんでした。
視聴者の皆様や、番組の取材で協力していた方々などに、深くお詫び申し上げます。

以前の内容。一部略。


魂の旋律~音を失った作曲家~

“現代のベートーベン”と呼ばれる日本人がいる。佐村河内守(サムラゴウチ マモル)、49歳。14年前に原因不明の病で両耳の聴力を失いながら、クラシック作品の中で最も困難とされる交響曲を書き上げた。現存作曲家の交響曲が演奏される事がほとんどない中、彼の「交響曲第一番“HIROSHIMA”」は、広島、東京、京都、大阪など5回も演奏されただけでなく、一昨年発売されたCDは、音楽チャートでTOP10入りを果たしJ-POPと上位を競うなど、“偉業”とも言える空前のヒットを記録した。
そんな彼が、今取り組んでいるのは、東日本大震災の被災者へ向けたピアノ曲「レクイエム」。彼の曲に勇気づけられたと、多くの被災者から声が届いたことを受け、“鎮魂”の思いを強く願うようになったのだ。しかし、震災を体験した訳でもない自分に、納得できる鎮魂曲が作れるのか…。被災地を訪ね、被災した人たちとの交流を深めるなど、佐村河内の格闘の日々が続いている。
番組では、音のない世界の住人、佐村河内がいかにしてレクイエムを完成させるのか。3月上旬に予定されている宮城での演奏会に向けた制作現場に密着。さらに、彼の交響曲に救いを見いだした被災者たちの取材も加え、“命を削り、音を紡ぐ”作曲家・佐村河内守の実像に迫る。

放送を終えて
私が佐村河内さんと出会ったのは5年前。以来、激しい耳鳴りや偏頭痛に苦しみながら作品を生み出し続ける佐村河内さんをずっと見続けてきました。大量の薬を服用し、生きていくだけでも困難な中、なぜ、作曲を続けるのか。この問いに対し、佐村河内さんは「人生は苦である。苦難、闇の中にいるからこそ、真実の音をつかむことができる」と、折に触れお話されてきました。同じ“ものを作る人間”として、その姿にいつも勇気をもらい、そのことを視聴者の方にも届けたいとの思いで、今回の番組を制作しました。
佐村河内さんは、「自分の作品を聴くことができない悔しさとみじめさは、今も乗り越えられていない」と語ります。それでもコンサート会場には、足を運ばれています。理由は、お客さんの拍手の振動を感じることができ、それが唯一の救いだからとのことです。私はこの先も佐村河内さんの音楽に、拍手を送りたいと思います。

ディレクター 古賀淳也

「自分にできることは、まずは彼女の、そして彼女のママの魂を救うこと。僕は1人しか救えませんよ。」 東日本大震災で、母親をなくした少女にささげるレクイエムの作曲にあたり、佐村河内さんが発したことばが、特に印象に残ったという声を、放送後、多くの方からいただきました。
佐村河内さんは言葉通り、膨大なメールのやりとりや、石巻に何度も足を運ぶなかで、少女の喪失感と対じし、レクイエムを作曲されました。そして完成後も、交流を続けています。
まだ10歳の少女は、ふだん悲しみを口に出したり、泣いたりすることはほとんどありません。ただ、夜、祖母(略)と手首をひもでつなぎ合わないと眠ることができない姿を見ると、その悲しみの深さを突きつけられます。
取材中、震災で失われたすべての命の背後に、こうした深い悲しみが横たわっていることに、改めて身がすくむ思いでいました。佐村河内さんが、たった1人のために生み出した音楽が、今も悲しみのうちにある多くの方々に届くよう願っています。

ディレクター 木下千種

上記Nスペは、書籍化されている。アマゾンより。


魂の旋律-佐村河内守 [単行本]
古賀 淳也 (著)

内容紹介
音を失った作曲家が紡いだ「いのちの調べ」

18万枚を超える大ヒット「交響曲第1番“HIROSHIMA"」と、大震災の被災地への鎮魂の思いを注いだ「レクイエム」の誕生。全聾(ぜんろう)の作曲家・佐村河内守の被災者への共感の背景にあるものとは――。佐村河内に5年間寄り添い、番組を制作してきたディレクターの著者が、いのちの作曲の軌跡を綴る「NHKスペシャル」の出版化。

内容(「BOOK」データベースより)
あまたの人々の心を震わせた「交響曲第1番“HIROSHIMA”」と、大震災の被災地の人々への鎮魂の思いを注いだ「レクイエム」の誕生。全聾の作曲家・佐村河内守に5年間寄り添った著者が、いのちの作曲の軌跡を綴る。大反響を呼んだ「NHKスペシャル」の出版化!

著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
古賀 淳也
1977年、愛媛県今治市生まれ。2002年から7年間、「筑紫哲也NEWS23」や「シリーズ激動の昭和 最後の赤紙配達人」などTBSのニュース番組や報道特別番組を制作現在はフリーランスのディレクターとして主にNHK「あさイチ」などの情報番組の制作を担当(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

NHKの一連の
 「作曲家佐村河内守」クローズアップ
は、そもそもはこの
 古賀淳也氏の持ち込み企画
だったようだ。

共同の一報はこちら。


佐村河内さんの曲は別人作 広島市出身の被爆2世

 広島市出身の被爆2世で、両耳が聞こえない作曲家として知られる佐村河内守さん(50)=横浜市在住=の「交響曲第1番 HIROSHIMA」などの主要な楽曲は、別の音楽家が作ったものだったと、佐村河内さんの代理人の弁護士が5日未明、明らかにした。
 フィギュアスケートの高橋大輔選手がソチ冬季五輪のショートプログラムで使用予定の楽曲「ヴァイオリンのためのソナチネ」も、佐村河内さんの作品ではないという。
 代理人によると、十数年前から佐村河内さんが別の人物にイメージなどを伝え、曲にしてもらっていた

2014/02/05 02:05 【共同通信】

要するに
 作曲家というよりは、音楽プロデューサーだった
ってことなのだが。
実は、
 佐村河内守さんは自分では作曲していないという噂
は、一部にあり、わたしも耳にしたことがある。ただ、これまでは、あくまでも
 噂
のレベルに終わっていた。

ところで、佐村河内守さんが大きくクローズアップされたきっかけは、先ほども言及したが、Nスペ等
 NHKの番組
だった。スポニチより。


佐村河内氏のゴースト疑惑 NHKは知っていた?高橋への影響は…

 聴力を失った作曲家で「現代のベートーベン」と呼ばれる作曲家の佐村河内守氏(50)の代表作「交響曲第1番 HIROSHIMA」などの楽曲が別の人物が作ったものだったことが分かった。代理人の弁護士が5日未明に明らかにした。佐村河内氏はNHKで紹介されたのがきっかけで脚光を浴びており、番組制作者が事実を把握していたのか問題化するのは必至だ。

 佐村河内氏は、35歳で完全に聴力を失いながらも作曲家として活動。4歳からピアノを習っており、そこで身につけた音感を生かし、メロディーを楽譜に書いていくとされる。
 最初に注目されたのは、2012年11月に放送されたNHK「情報LIVE ただイマ!」。放送後には1年以上前に発売していたCD「交響曲第1番“HIROSHIMA”」に予約が殺到。インターネット通販大手「アマゾン」の音楽ソフト総合チャートで1位に急浮上した。
 人気を後押ししたのが昨年3月31日に放送されたNHKスペシャルのドキュメンタリー番組「魂の旋律~音を失った作曲家~」。朝の人気情報番組「あさイチ」でも取り上げ、CDは累計18万枚というクラシック作品では異例の大ヒットとなった。

 NHKは制作したフリーのディレクターに詳しい制作過程を聴くなど調査を開始。スポニチ本紙の取材でも「確かに共同制作者的な存在はいる」と、いわゆるゴーストライターの存在を認めていた関係者もいるだけに、問題化するのは必至だ。

 また、ソチ五輪フィギュアスケート男子代表の高橋大輔(27)がショートプログラム(SP)で使う予定の「ヴァイオリンのためのソナチネ」も同氏の作曲ではないといい、こちらも波紋が広がりそうだ。
[ 2014年2月5日 06:30 ]

上記の
 フリーディレクター
というのが、Nスペを書籍化した
 古賀淳也氏
だ。で、
 情報LIVE ただイマ!
というのは、古賀淳也氏が携わっている
 あさイチ
の兄弟番組である。佐村河内守さんを取り上げた回は
 2012年11月9日の回
である。一部略。


「情報LIVE ただイマ!」- 知っていますか?“奇跡の作曲家”佐村河内守 -

奇跡の作曲家・奇跡の旋律 (バラエティ/情報)
先月大阪で行われたコンサートで日本人の聴力がない作曲家・佐村河内守が作った、交響曲HIROSHIMAが演奏された。彼は現代のベートーベンと世界で呼ばれ、ネット上でも天才と称されている。佐村河内守は耳鳴りが酷く、週の半分は寝込んでいる。体調がよくなる僅かな時間だけが彼の作曲時間である。
佐村河内守さんは1963年に広島県広島市で生まれ、両親は共に被爆者で被爆二世として誕生した。幼い頃から母親による英才教育を受け、音楽の基礎を叩き込んだ。夢は作曲家だったが、高校2年生の頃に聴覚障害の前兆が起きた。
高校を卒業後は上京し、譜面を音楽業界に持ち込んだが相手にされなかった。耳の変調を抱えながら工事現場などでアルバイトをし、一人で作曲を続けた。28歳の時に転機が訪れ、知り合いの紹介でテレビ番組に使う作曲を頼まれた。これがきっかけで映画「秋桜 コスモス」やゲーム「バイオハザード」の楽曲などの依頼が舞い込んだ。
作曲を始めた佐村河内守は、ある日両耳が全く聞こえなくなっている事に気がついた。その後は、作曲が出来るか自分にテストするために譜面を書いた。そこで絶対音感がそなわっているのを確認しゲームの作曲を続けた。懇親のテーマ曲は世界的評価を受けた。演奏会では、作った本人が聴けない悔しさから音楽会から姿を消した。
(略)
佐村河内守さんは小学生の頃から書き溜めてきた2万枚にも及ぶ譜面を破棄し、夢だった交響曲の作曲に取り掛かった。作曲は2年間にも及び、2003年に「交響曲第1番 HIROSHIMA」を完成させた。
先月、広島に帰省した佐村河内守さんは原爆ドームをスケッチする子供達と出会あった。子供達からたくさんの「光」を貰い「交響曲第1番 HIROSHIMA」は完成した。
(以下略)

NHKの7時のニュースでは
 実際に作曲した人物のコメントが取れてない
ということだったのだが、何が起きているのやら。

しかし、ヘンなのは
 昨年3月のNスペで「作曲」
しているわけで
 取材Dの古賀淳也氏と木下千種氏
が、作曲の現場を見ていたら
 自分で作曲してないのを「知らないはずがない」
のである。
どう考えても、おかしいだろう、NHK。

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