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2014-03-06

東寺百合文書(とうじひゃくごうもんじょ)が公開されている件

3/3を期して、京都府立総合資料館が
 東寺百合文書のweb公開
を開始した。
東寺百合文庫について。上記サイトより。


東寺百合文書とは
東寺百合文書(とうじひゃくごうもんじょ)は、京都の東寺に伝えられた日本中世の古文書で、現在は京都府立総合資料館が所蔵しています。8世紀から18世紀までの約1千年間にわたる膨大な量の古文書群で、その数はおよそ2万5千通に及びます。中でも、もっとも充実しているのが、14世紀から16世紀あたりの文書です。
名前の由来は、江戸時代に遡ります。加賀藩の第5代藩主だった前田綱紀が百個の桐箱を文書の保存容器として東寺に寄附し、その後はこの箱に納められて伝えられてきたことから、「東寺百合文書」と呼ばれるようになりました。
東寺百合文書は、1967年(昭和42年)に京都府が東寺から購入し、現在は、京都府立総合資料館の収蔵庫で保管されています。史料的価値がとても高いということで、1997年(平成9年)には国宝に指定されました。
(略)
文書が今に伝わった理由
和紙や墨は保存性に優れていて長く残りうるものですが、文書が時代を超えて伝わるには、そういった「物」としての性質だけではなく、人がどのように文書を取り扱うかということも重要になってきます。
文書が現実に利用されていた中世(文書がまだ生きていた時)には、東寺の僧侶によって厳密に管理され、寺僧組織の責任者の手許、西院御影堂の文庫や宝蔵に保管されていました。寺僧組織の責任者の手許に置かれていた文書は、日々の事務や会議の運営のために必要なものだったのです。たとえば、権利を証明するような重要文書の写しや、会議の議事録である評定引付などがそうで、「手文箱」と呼ばれる文書箱に入れられて保管されていました。
西院御影堂の文庫には、奉行が写しを作成して手文箱で保管していたような重要な文書の正文(オリジナル)が納められていました。文庫では、寺僧組織ごとにいくつかの文書箱が設けられ、納められた文書についての、整理分類されて目録も作成されていました。
江戸時代に入ると、それまでの「荘園制」に代わって近世的な土地制度が導入されました。社会の状況が変化すると、それ以前の文書を使って権利・特権を主張しても、もはや通らなくなってしまいます。つまり、文書が実際の役にたたなくなり、使われることもなくなっていった訳です。そうなると、これらの文書は本来の用途とは別の目的で利用されるようになります。江戸幕府をはじめ諸大名は学問を奨励し、歴史書や地誌の編纂を行います。加賀藩の第五代藩主前田綱紀も、学問に強い関心を示し、日本各地に家臣を派遣して書物を求めましたが、東寺からも文書を借り出すなどして目録の作成や文書の書写を行いました。

1685年(貞享2年)、綱紀は、文書の整理を終えるとともに膨大な数の文書を保存するための桐箱を百個、東寺に寄進しました。古文書となっていた文書群は、この桐箱に納められて今に伝わることになります。


というわけで
 前田綱紀が寄進した100個の桐箱に収められた東寺の古文書

 東寺百合文書
である。

調査が始まった頃
 100年はかかるんじゃないの
などと、やけ気味な声も聞かれたのだが、
 IT革命バンザイ
ということで、
 webで一部資料のデジタル高精細原色画像公開が始まった
ところ。今後も、次々公開される資料が増える予定で
 ・3月3日には約4万4千画像、4月下旬までに全画像を公開予定
 ・4月下旬までにスマートフォン対応画面を公開予定
 ・インターネット上に約8万画像を公開
とのことだ。エライぞ、京都府立総合資料館。

今のところ
 最古の文書

讃岐国山田郡司牒案 ル函/1/ 天平宝字7年(763) 300×385mm
だ。かなり傷んではいるが、普通に読める奈良時代の文書である。その次に古いのは、現在画像準備中の
沙弥空海戒牒案 追加之部/28/6/ 延暦14年4月9日(795)
である。
以上が8世紀の文書。あとは東寺が創建された9世紀の文書がぱらぱらとあって、徐々に点数が増え、中世文書が最も充実している。簡単な釈文もついているから、
 中世文書の解読の勉強
には、大変役に立つ。

少し中世文書を勉強して読めるようにしようかな。

ともかくも
 デジタル高精細画像で現物を公開
してくれる、太っ腹な京都府立総合資料館に感謝。

で。
 古文書の解読
なのだけど
 時代別・分野別に読む訓練が必要
だ。
たとえば
 出土文物の木簡・墨書土器
という特殊なものから、
 中世の消息
 江戸時代の御家流
等等、
 標準フォントが存在せず、場合によっては「文字を書く順番に規則がある」文書
は、現代の
 活字・フォントによる文書に慣れてしまった目
には
 読み方を訓練しないと「読めない」
のである。
 読めないのが悪い
のではなく
 読めないから訓練して新しい世界を体験する
というポジティブなスタンスで臨んだ方が、古文書読解は楽しくなる。すぐには読めないけど、日々訓練していくと
 薄紙を剥がすように
読めるようになってくるのだ。

時代ごと、文書の性格ごとに、
 書式が決まってくる
ので、国史の専門家だからといって
 自分の専門分野以外の文書が読めるとは限らない
のが、古文書の怖いところだ。

ま、日々鍛錬鍛錬。

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